第10話 宰相フリッツ
「どいつもこいつも理想論ばかり言いよって」
宰相のフリッツ・リーベルトは自室に戻ると一人忌々しげに愚痴を漏らした。
先の会議で国内に悪魔が入り込んだ。それを何とかするのは王宮魔術師の仕事だ。悪魔が国内の、しかも王宮内に入り込むなど自分がこの仕事に就いてから初めてのことだが、国内でも優秀な魔術師が王宮魔術師として従事している。すぐに解決する問題だと会議の序盤では考えていた。
しかし、王宮魔術師は何と言ったか。
侵入してきた悪魔を邪神に捧げる生贄の身代わりに立てる、などと言い出した。
提案の中心は王宮魔術師のロザの様だ。彼女は優秀な魔術師ではあるが、いかんせん若すぎる。若さゆえにそんな理想論を立ててしまったのだ。
一番に反対したのは自分だった。この国でずっと行われてきた儀式がもうすぐまで迫っている。無事にやり遂げるのはこの国の義務ではないか。
悪魔を身代わりに立てるなんてそんな危険で何が起こるか分からないことが何故決まってしまったのか。
国王だ。
国王は自国の安全よりも娘を優先してしまった。
若い娘の戯言に耳を傾けてしまった。この国の最高権威者が。
どうしてこうなった。
自分よりも年齢の若い国王にも苛立ちが募る。
若さ故か。しかし、国王であるならば、常に国のためを思ってもらわねば困る。本日の会議の決定はこの国を滅亡させてしまう恐れのあるものだ。
どうにかしなければ。焦りや恐怖は膨れる一方だが、会議は終わってしまった。
あんな若い娘に王宮魔術師の上位の立場を与えたのは間違いなくこの国の損失だったのだ。
後悔しかない。そもそも王宮魔術師の年配の者も今回のことに何故同意をする。
この国の安全を心から考えているのは自分しかいないのか。
自分が宰相でありながらこのような事態になったことに頭を抱えるしかない。
悪魔の制御ができずに歴史通り第一皇女を生贄に捧げるといった筋書きが上手く作れないものか。
しかし、悪魔の制御ができないのはそれはそれで国の危険分子となる。
今の自分が怖いものは何か。この国の危機だ。邪神の怒りだ。悪魔の存在だ。
これらを解決するにはどうすれば良い。
「くそ!」
部屋のテーブルを拳で殴りつける。
中身が中途半端に入ったグラスが跳ね、床に落ちて割れた。破片と液体が床に散らばる。それを見ているとこの国の近い未来を予言しているような気がして不安や恐怖はさらに膨れた。
グラスの片付けもしないままフリッツは部屋を出る。
会議では何人か決定に表情を曇らせている者がいた。その者らと話そう。反対の意を集めることで国王を説得できるかもしれない。
みすみすこの国を滅ぼしてなるものか。
今日の仕事を終えた従業員が廊下を行き交う。その中を怒りと共に大股で進む。従業員が怯えて道をあける。
従業員の休憩所をいくつか覗くと王宮魔術師のロルフ・ヒーマンを見つけた。
彼は会議の中で終始顔を曇らせていた者の一人だ。
「ヒーマン、少し良いか」
宰相の呼び出しにロルフは慌てて立ち上がるとフリッツに駆け寄った。
「リーベルトさん、いかがしましたか」
ロルフは生真面目な性格だ。心配性で自分と考えも合うだろう。
「今日の会議のことで話をしたい。私の部屋まで来てくれるか」
今日の会議のことは会議に出席したメンバーのみに伝えられることだ。従業員に情報が漏れたりでもしたらパニックを引き起こす。休憩所では話せない内容だった。
フリッツの言葉にロルフの表情も引き締まる。
「私もお話ししたいと考えておりました」
フリッツはにやりと笑う。少なくともこの会議の結果を憂いているのは自分だけではないようだ。
「君のほかにも今日の会議について異を唱える者はいないか。もしいるなら一緒に部屋まで来てもらいたいのだが」
「心当たりがあります。その者たちに声をかけてからリーベルトさんのお部屋に伺ってもよろしいでしょうか」
ロルフの答えにフリッツは満足して頷いた。
その後30分ほどしてフリッツの部屋には5名の王宮魔術師が集った。
「まず初めに、私は今回の会議の結果に納得していない。生贄の身代わりを立てるなど国の安全を思えば決して許されない行為だと考える」
フリッツの言葉に集った王宮魔術師達は一斉に頷く。
「だが、私の反論は会議では聞き入れてもらえなかった。王宮魔術師のロザは危険を考えず理想論を掲げているし、国王は国の安全よりも娘の命を取るような判断を下された」
この言葉には王宮魔術師達も簡単にうなずくことはできなかった。
国王の判断に反論できるほど集った王宮魔術師達は地位が高くない。
「大丈夫だ。人に聞かれないようにこの部屋に集ってもらった。皆、先の会議で言えなかった意見を聞かせてほしい」
王宮魔術師達が顔を見合わせる。
ロルフが手を挙げて口を開いた。
「今集まった我々も、リーべルトさんと同じ意見を持っています。確かにロザさんの提案が上手くいけば第一皇女様の命は救われ理想的な結果になるでしょう。しかし、この国が代々行ってきた儀式を変えてしまうのはあまりにも危険ではないかと」
「その通りだ」
ロルフにかぶるようにフリッツが声を上げる。
「しかし、会議の決定を下したのは国王陛下です。私たち王宮魔術師の下位の立場では会議の参加は許されても陛下に異を唱えることは難しいです」
「だから私がいる。会議の決定に異を唱える者が私を含め少なくとも6人いることを、陛下に伝えたい。君たちが反逆に問われることはないと私が責任を持つ。君たちの名前を出してもかまわないだろうか」
フリッツの言葉に王宮魔術師達の表情に緊張が走る。
「生贄の身代わりを立てることで邪神の怒りを買い、最悪の場合、この国は滅んでしまうのではないかと私は考えている。そんな結末を阻止したい。私ならば陛下と直接話せる。君たちの正義を、私の責任の下、伝えたいのだ」
再び王宮魔術師達が顔を見合わせる。そのうち二人が不安に眉根を寄せながら手を挙げた。
「申し訳ありません。私も確かにリーベルトさんと同じ考えを持っています。しかし、陛下の決定に異を唱える勇気がどうしても持てません。私はこの場を辞退してもよろしいでしょうか」
「私も」
フリッツは沈痛な面持ちで二人に視線を向ける。
「そうか。それならば仕方がない。悩ませて悪かった」
「申し訳ありません」
二人は再度謝るとフリッツの部屋を後にした。
「残る三人は私が陛下に意見申し立てをするときに名前を出しても良いだろうか」
二人が部屋を出た扉から振り返り部屋に残った三人に視線を向ける。
「はい。もし叶うのでしたら陛下に直接謁見することも考えております」
答えたのはロルフだった。迷いのない目をしている。残りの二人も同様に決意を固め、頷いた。
「勇気ある君たちに感謝する」
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