第8話 リアの恐怖2
シャルロッテが一度部屋を退室する。その間に棚にしまった私物を取り出してテーブルの上に並べた。
私物をあまり置いていないことが幸いした。櫛や化粧品を並べていく。読みかけの本は一冊のみ。他の本は元々住んでいた部屋のほうにある。日記帳など人に見られたくないものは、引き出しから宝箱と称した小箱にしまう。
簡単に荷造りをしていると、シャルロッテが第一皇女付きである侍女達と一緒に戻ってきた。
「姫様、本当に良かったです。今後も姫様にお仕えしたく存じます」
侍女の一人にそう言われた。
「まさか、他の生贄が見つかるだなんて思いもしませんでした」
別の侍女が言う。
どこまで話したのだろうか、分からずシャルロッテに視線を向けるとシャルロッテが目配せした。きっと後にどう説明したのか教えてくれるだろう。とりあえず話を合わせることにした。
「私も急なことでまだ戸惑っているのだけれど。助かった後でも私に仕えてくれれば嬉しいわ。でも無理はしないでね、仕事を辞める予定で動いていた者もいるのだろうし、そういう人はその予定通りに動いても決して咎めないから」
侍女に声をかけると皆笑顔を向けてくれる。それは純粋に嬉しいことだった。
着るものや化粧道具などを侍女の手を借りてまとめると、部屋の引っ越しはすぐに終了した。
部屋の移動といっても、自分が元々使っていた部屋に帰れることはないらしい。王宮魔術師によって指定された部屋はあまり遠くない場所にあった。
部屋の作りは先程いた部屋と大きく変わるところはない。部屋の大きさもあまり変わることはなかった。置いてある家具も大きく変わらず、凝った装飾がしっかり施されている。普段使われない部屋であっても、王宮の名は伊達ではない。掃除もしっかり行き届いている。
あらかた私物を引き出しや棚に入れ終えると、侍女達は下がっていった。シャルロッテが一人残る。
「どの程度、他の侍女に話したの」
先程の質問を投げかける。
「身代わりになる生贄が現れたと説明しました。それが悪魔であることと、私が悪魔と契約したことは伏せております。今後姫様が生きていくのに親しんだ侍女の存在は大きいと思いまして」
あまり実感はわいていないが、そうか、生き残った後のことを考える必要もあるのか。
「ねえ、シャルから改めて悪魔さんについて教えてもらってもいい?悪魔さんとの契約についても。あなたが今どのような状況にいるのか知りたい」
そう言って部屋にある椅子の一つを勧める。
「はい。そうですよね。まずは勝手な行動をもう一度謝罪いたします。本日日の入り頃、私は教会の中で、お祈りをしていました。姫様を失いたくない。それが私の願いです。どうすればその願いを叶えられるのか分からないまま居ても立ってもいられず、かといって何ができるわけでもなく、私のした行動はただ、祈ること。そうしたら、アルトゥールと名乗る悪魔が私に声をかけたんです。アルと契約したら、願いを叶えてくれると」
アル、はその悪魔の愛称だろう。
「契約とは、どういったものなの」
「願いを叶えてもらう代わりに代償を差し出すこと、だそうです。代償は金や品、一番重いもので魂だそうです」
自分の不安が的中したかのような気分だった。
「魂、を差し出すって具体的にはどうなるの」
「死後、契約した悪魔のもとで働くことになるらしいです。眷属というらしいのですが。でも、寿命を全うするまで待ってくれるそうです。代償は基本悪魔の言い値で決まるそうで」
金や品だったらどんなに良いか。父に頼んで工面してもらえば、シャルロッテは悪魔の眷属にならずに済むのではないか。自分は王族なのだから、使用している物も一級品揃いだし、王家ご用達を作っている腕の良い職人だって何人も知っている。
「代償は何になったのかもう決まっているの」
「いえ、願いが叶った後に言われるのではと思います。願いが叶えられなかったら契約は無効と言っていましたし、アルの言葉をそのままいうと、めんどくさいとその分代償も重くなる、と言っていました」
願いが叶えられなかったら契約は無効になる。自分が助からなければ、シャルロッテは代償を何も払わなくて良い。そう考えてしまった。
しかし、それはシャルロッテの命を懸けた行動を踏みにじることになる。王宮も、王宮魔術師も皆、危険を冒して自分を助けようとしてくれている。
安全を推すのなら今まで通り第一皇女を生贄に捧げるのが一番良い方法なのだと誰でも思うだろう。しかし、周りの行動は違っている。それなのに、自分一人が助からない道をすすんで進むのはこうした周りの行動をすべて踏みにじることにもなるのだ。
そういえば、生贄の身代わりに悪魔を差し出すのは、悪魔が命を落とすことになるのではないだろうか。
「悪魔さんが、生贄の身代わりになって命を落としてしまったら、契約はどうなるのかしら」
今浮かんだ疑問をシャルロッテにぶつけてみた。
「アルはまだ、アルが生贄の身代わりになることを知りません。契約をしたところでロザに見つかり、拘束され、意識を失ってしまいました。アルがどうやって姫様をお救いする算段だったのか分かりませんが、状況が動いたことで契約がどう動くのか、私にもまだ分からないことだらけで」
シャルロッテの状況を知りたかったが、シャルロッテ自身も分からないのだから仕様がない。不安や疑問が残れど、今は手詰まりなのかもしれない。
「シャルが私を救おうとしてくれたことは嬉しい。でもね、私にとってもシャルは大事な存在なの。シャルがこれからどうなるのか、私は正直今、不安と恐怖でいっぱいなのよ。もっと自分を大事にしてほしいわ」
もう過ぎたこと。それでも、叱らずにはいられなかった。
「申し訳ありません。でも私、儀式が近づくにつれ、姫様を失う未来が怖くてたまらなかったのです。これは、私のための願いです」
今までは自分が儀式とどう向き合うかのみを考えていればよかった。儀式と向き合うのだって怖いことだ。
でも、今、シャルロッテが悪魔との契約でどうなるのか不安でたまらない今、シャルロッテはこういう思いをずっと抱えてきたのかと知った。
自分が犠牲になる恐怖はもちろんある。生きる人間なのだから当たり前にある。しかし、自分の大切に思っている存在が犠牲になることもまた、確かな恐怖だ。
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