第5話 身代わり
油断した。ああ、油断した。油断しました。言い訳の余地もない。アルトゥールともあろう悪魔が二十歳手前の小娘に一本取られるとは。ただの侍女かと思ったが違ったらしい。いや、魔力は持っていた。ある程度の魔力を感じておきながら余裕をかました自分が悪い。シャルロッテとの契約ですっかり機嫌を良くして、油断した。結局どれだけうだうだと思考しようとこの一言で反省は終わる。眷属たちにどんな嫌味を言われるだろうかと思うと彼は気が重かった。
アルトゥールは意識を戻すと目を瞑ったまま言い訳とも反省ともつかぬ独り言を心の中でぶつぶつ唱えた。気持ちでは今寝ている場所を転げまわりたいような気分だ。
その後、身体の感覚に集中する。
どうやら柔らかいベッドに寝かされているらしい。てっきり牢屋とかに転がされていると思った。いや、そもそも殺されているかと思っていた。悪魔を殺すのはそれなりに知識と技術と魔力が必要だが。
次に両手首と足首、頸部に冷たく硬い感触。服装も変わっているだろう。気配から周囲に人がいないことを確認するとゆっくりと目を開ける。
教会の隣にあった大きな城のどこかの一部屋だろう。起き上がると窓に近づく。窓から見える景色で自分の居場所を確認した。大分高い階層の部屋だ。空はすっかり漆黒に染まっていた。教会に来た時点で日が暮れていたから当たり前か。自分の寝ているベッドの他にはサイドテーブル、間接照明などの最低限の家具がある。最低限といっても立派な城に見合う家具だ。細かい装飾が凝っている。
ベッドに戻ると次に自分の身体を確認する。両手首に鎖の繋がった枷がある。両手首どうし鎖でつながれ、鎖の中央部分と首枷から伸びた鎖が繋がっている。足枷も嵌められ足首どうし鎖で繋がっていた。しかしどの鎖もベッドやその他家具と繋がっているわけではない。枷同士で繋がっている鎖も長さが十分あり動きを制限させる働きは最小限だ。ハイキックだってできそうな長さだ。重いのはどうしようもないが。
服装は簡素な白いチュニックとパンツに代わっていた。髪に触れるとヘアアクセサリーは全て取り外され、編んでいた髪も解かれていた。いかにも捕虜か囚人といったファッションだった。その割には部屋が不釣り合いだ。
恐らくロザと呼ばれていたあの子の仕業だろう。
人の気配と足音が近づいてくる。部屋の扉が開いた。
入ってきたのはシャルロッテだった。
「アル!目が覚めたのですね。良かったです」
シャルロッテは安堵した笑顔を浮かべる。
アルトゥールはベッドの上に胡坐をかいたままシャルロッテに声をかける。
「あー、おはよう、あのロザって子に苛められなかった?すごい形相で睨んでいたから心配したよ。これ、あの子の指示でしょ」
じゃらっと音を鳴らし両手を持ち上げて枷と鎖を見せる。かっこ悪いところを見せたせいか若干気まずい。思わず多弁になった。シャルロッテは鎖を見ると表情を曇らせた。ベッドの隣に椅子を持ってきて腰かけた。
「ロザは私の同僚です。あの子は王宮魔術師として採用されたので退魔とかそういうの詳しくて」
なるほどプロフェッショナルというわけだ。
「それで、その枷で拘束して服も変えてアクセサリーも全部没収しろって言われて。ロザは拘束だけしたら自分の部屋に閉じこもってしまったので服を変えたのは別の人ですけど」
シャルロッテが申し訳なさそうに俯く。
「正しい対処法だね。悪魔は服装やアクセサリーにも魔力を保存しておくから、没収すると魔力の貯えが減ることは確かだよ。でも髪が全部解けているのは落ち着かないな。髪留め貸してくれない?」
女の子なら髪留め一式くらい持っているだろうと思った。いや、望み薄かもしれない。シャルロッテはアルトゥールより短くショートカットに切りそろえた髪型だ。ヘアピンぐらいだったら持っているだろうか。
「後で持ってきますね」
あ、良かった。そう思ったところで部屋の扉からノックの音が聞こえる。少しして扉が開いた。
青年が一人入ってくる。前下がりの黒髪、シャルロッテより少し年上だろうか、シャツの上にベストを着用し、スラックスを履いた従者の格好をしている。瞳の色は青みがかった灰色だ。
「目が覚めたのか」
青年の声を聴きシャルロッテが椅子から立ち上がる。
「アル、こちらレーゲン。私の同僚です」
レーゲンと呼ばれた青年はベッドの傍まで来るとアルトゥールと目を合わせ、口を開く。
「この王宮に仕える使用人のレーゲン・シュナイダーだ。暫くあんたの世話係を命じられた。シャルにはリア様の侍女という役割もあるしな」
世話係という言葉が引っ掛かった。
どうもおかしい。出会った瞬間のロザの瞳は確かに俺に対する敵意があった。敵意の通り攻撃もしてきた。アルトゥール一人を昏倒させるのにある程度の魔力は必要だったはずだ。先ほどシャルロッテの言ったロザが指示だけ出して部屋に引きこもったのも恐らく魔力を消耗したからだろう。王宮内に入り込んだ悪魔を王宮魔術師として攻撃する、拘束する、その行動は正しい。枷には魔力を封じる力が働いているようで暴れまわることもできない。しかし、思った以上に厚い待遇を受けている。何故だ。
「ねぇ、なんでこんなにもてなしてくれるんだ?部屋も用意してくれて服もくれて、世話係まで用意してくれて。この拘束がなかったらまるでお客さんじゃないか」
その言葉を聞いてレーゲンがシャルロッテの方を見る。
「まだ説明してなかったのか」
レーゲンに言われてシャルロッテの表情が心痛に耐えるようにゆがむ。
「まぁいいか。俺が説明する。シャルから契約の経緯を聞いたロザは、あんたを殺さないと決めた。そもそもあんたを殺すのって難しいらしいな」
それは確かだ。並みの魔術師や聖職者じゃ殺されてやらない。こうみえて悪魔の中でも地位は高い方だ。
レーゲンは続ける。
「この国で第一皇女様が生贄にされる理由は魔力の高さ故らしい」
こんなところで重要な情報が手に入った。
「だからロザは姫様の代わりにあんたを生贄にしてみてはと考えた。どうなるかはわからないけど試してみる価値はあるのでは、というのが王宮魔術師たちの判断だってよ」
ベッドに視線を落としたまま固まる。見開いた目を数回瞬きさせるとアルトゥールは口を開いた。
はぁーーーー。
わざとらしく大きなため息をついて頭を抱えるが許してほしい。
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