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身代わり悪魔の悪くない仕事  作者: つきろ


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第3話 契約

「私はこの国の第一皇女様にお仕えしている侍女です。願いは、私の主人、第一皇女様を助けてほしいのです」


端的に彼女は言った。


礼拝堂の最前列の椅子に浅く腰掛け、きつく結んだ手を膝の上に置いている。


「続けて?」


説教台に座ったまま先を促す。


「この国には昔から怖い邪神様が住んでいらっしゃいます。この場所に人が住むよりずっと前からこの土地を守ってきた神様だそうです。この教会が祀っているのもその邪神様です」


この国に入った時に何かしらの加護は感じた。この城の敷地内に入った時の少し痺れた結界とは違うものだ。その神様とやらの加護だろうか。入ってきちゃってごめん。これは、軍勢で押し寄せたら入れなかったのかもしれない。


「この国の先人たちがこの土地に移り住んだ時に、先住の神様と契約をしたそうです。この土地に住まわせていただく代わりに、この国の王族の長女が成人したら生贄として邪神様に捧げなければならない」


しっかり邪神やってるな。それまでずっと、生贄なんてない生活を送ってきただろうに、なぜ急に生贄を欲するようになったのか。


「ここは良い土地で、作物も実りやすければきれいな水も豊富にあります。周りの山からは鉱物などの資源もとれます。近隣の国に攻め込まれることもせず、静かに、しかし確かに栄えてきました。生贄の儀式は昔から、続く一度も欠かしたことのないものだそうです」


住民の繁栄を加護によって支える代償の生贄といったところだろうか。


「その儀式のことは、国民なら知っているものなのか?それとも、王宮の関係者しか知らないものか」


質問を挟む。


「儀式のことは国民なら誰でも知っています。八つの時、私が侍女として入職した時も、私がお仕えする方にいずれ儀式の時が訪れることは知っていました」


随分幼い時から働いているんだな。この国はそれが普通なのだろうか。


「でも私は、姫様をお助けしたい。そのような運命で失いたくないのです。私は姫様に幼い時よりお仕えしてきました。命に代えても守りたいお方です。アルトゥールさん、姫様を助けていただけませんか。どうか、どうかお願いします」


唐突に少女が椅子から降り、床に頭をつけて伏した。


邪神か。面倒くさそうではあるけど恐らくなんとかできるだろう。


正直なところやってみないと分からないが。


「良いよ。君の大事な姫さん助けてあげよう。どうする?契約する?」


顔を上げた彼女の目から怯えが消えた。彼女がずっと怯えていたのはアルトゥールが悪魔だからはなく、彼が願いを叶えられるか分からないからだった。


アルトゥールが思っていたよりも彼女は肝が据わっている性分だった。


「契約します」


少女が強い意志の宿った瞳でアルトゥールを見据える。五月の木漏れ日を反射させるようなペリドット。良い目だ。


儲け。思わずにやりと笑う。たまには散歩に出てみるもんだな。


「じゃあ君の名前を教えてくれる?」


「シャルロッテです。シャルロッテ・ダンナー。シャルと呼ばれています」


腰かけていた説教台から飛び降りるとそのままシャルロッテに近づく。


「じゃあ俺もアルで良いよ。ちょっと立って。ごめん、少しじっとしててね」


シャルロッテが緊張したように静止する。


アルトゥールの人差し指と中指だけ突き出した手がシャルロッテの胸部に伸びる。


シャルロッテが軽く顎を上げた。


そのまま彼女の胸部を軽く突く。そのまま指先に魔力を込めた。契約の大事な工程だ。


「心臓に俺の名前書いた」


シャルロッテが己の胸部に視線を落とす。


「心臓に名前、ですか?」


「他の悪魔に取られないように、自分の持ち物には名前を書きましょうってね。これで、君は俺の契約者、俺のものだ。その心臓があれば、ほかの悪魔や魔獣は寄ってこない。よほどの怖いもの知らずじゃなかったらね。それが悪魔のルールなんだ。これで契約完了」


うん。中々豊満なものをお持ちで。そのセリフを飲み込んだ。心臓が胸部にあるのがいけない。


さて、ここは教会だ。いつまでも敵陣に居座るわけにはいかない。どこかに移動しようか。


シャルロッテの服装はどうみても制服だ。今は仕事中ではないのか?そうアルトゥールが疑問に思ったところで案の定シャルロッテが青ざめて言った。


「あ、まずいです、休憩時間とっくに過ぎています」


斜陽のオレンジは暮れ、藍色の割合のほうが強くなっている。


この後仕事に戻るのか。悪魔と契約したばかりだというのに、当たり前のように日常に戻ろうとするシャルロッテに呆れ半分、感心半分の感情を抱く。


しかし彼女の願いは第一皇女の救出だ。第一皇女に仕えている彼女が仕事に戻りたいと思うのは当然か。


それならシャルロッテの仕事が終わるまでこの国を散策でもしようか。先ずは邪神の伝承調査とかから始めればいいかな。情報収集は仕事の基本だ。どこかで件の姫さんにも会っておかないと。しかし、生贄といっても第一皇女だ。会うのは苦労しそうだが、どうするか。


そう今回の仕事のプランニングをしていると、突然礼拝堂のドアが音を立てて開いた。


視線を移すと、シャルロッテと同い年ぐらいの少女が立っていた。ぴょんぴょん跳ねる栗色の癖毛をおさげに編んでいる。瞳は暗い赤茶色だ。髪は長くおさげは彼女の太ももまで伸びていた。シャルロッテとは少し違う制服を着ている。黒の重そうなワンピースにエプロンをつけていた。この子も侍女だろうか。


「ロザ…」


シャルロッテが呟く。来訪者の名前だろう。その声には焦りが滲んでいた。


ロザと呼ばれた少女がアルトゥールに視線を移すとギロリと睨む。そのままシャルロッテに向かって底冷えするような冷たい声を放つ。


「あなたまさか、悪魔と契約したの?…愚かね」


お?と思ったところで不意にアルトゥールの意識が途切れた。



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