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身代わり悪魔の悪くない仕事  作者: つきろ


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第2話 ナンパ

悪魔アルトゥールが少女に声をかけたのはただの気まぐれだった。


その日はどうにも机仕事が飽きてならなかった。急ぎの仕事はすでに片付いていたが、生真面目な側近のレオンハルトは先の仕事も次々に持ってくる。いつまで経っても仕事机の上がもぬけの殻になることはない。そんな状態にすっかりモチベーションも下がっていた。


頭をがしがしとかくと立ち上がる。仕事机の上の終えた仕事とこれから取り掛かる仕事を入れ替えようとしていたレオンハルトがアルトゥールの顔を見た。気分転換に散歩でも行ってくるとレオンハルトの顔を見ずに一声かける。


返事を待たずに自分の住居を飛び出してきた。ちらりと肩越しに見たレオンハルトの表情は呆れていたが、最低限仕事を進めていたせいか追いかけてくることはなかった。長年一緒にいるため、主人が仕事に飽きていることは数刻前から気づいていたのだろう。


魔界と人間界の境界まで飛んでいく。魔界の空の一部にその境界はあった。空に境界を繋ぐ魔法陣が貼り付けられている。境界に向かって天を昇っていくと、いつの間にか重力が逆転する。そうしたら人間界に来た合図だ。


鼻歌交じりに空を飛ぶ。人間界の上空を散歩することは好きだった。今は姿を隠しているため人間に見られる心配はあまりない。霊感の強い者や子供にはたまに見られてしまうが、悪魔を見た子供のたわごとを常識ある大人は真に受けない。


今日はあまり行ったことのない方向に行ってみようか。そう思い、海を一つ、山を二つほど過ぎると初めて見る国が姿を現した。


小さいがそこそこ栄えている。夕日に染まる城下街には仕事を切り上げ帰宅しようとする者、夕食の支度を進め食べ物のにおいをさせる家、下ごしらえを済ませ開店する飯屋と夜に移行する街の様子が見える。


噴水のある広場で遊んでいた子供たちが解散し、各々の住処に帰っていく。玄関先まで母親が迎えに来ている家もあった。窓や扉から明かりが漏れる。建物の壁に屋根に、沈む夕日の金色が反射していた。


国は山と海に囲われており、山を背にして大きな城が立っている。高い城壁に囲われていて城門がぴったりと閉じている。


いくつかの棟に分かれており、それぞれ渡り廊下でつながっているもの、完全に別離しているものとあった。壁は白く、城下町の建物と同様、沈む夕日を反射させている。白い壁は金色に染まっているように見えた。


視線を城下町の人間の様子から大きな城の敷地内に移し眺める。


「神様」


ふいに声が聞こえた。祈りの声だ。音として聞こえるのではない。悪魔が人間の欲望を拾う習性が人の声をアルトゥールに届ける。


声の出所を探すと城壁に囲まれた城の敷地内の西の端の建物からだ。煉瓦の壁、尖った屋根、ステンドグラスのはまった窓、ぶら下がる鐘。恐らく教会だ。ほかの建物と隔絶するように離れた場所にある。教会の周りに人間は見当たらなかった。


教会に近づく。城壁の中に入ると身体にピリッと刺激が走った。電気風呂に入った時のようなむず痒い痺れ。一秒ほどしてすぐに消えた。


恐らく退魔の結界でも張ってあるのだろう。しかし、アルトゥールにはその程度では効かない。低級悪魔や魔獣除けくらいにはなるだろうが。


祭壇近くの窓から教会を覗くと少女が一人、ひざまずいて両手を固く結んでいた。歳は十五くらいといったところか。金髪を短く切り、ヘッドドレスを乗せている。紺色の長いワンピースの上にフリルのついたエプロンをつけている。


声の主はあの子か。


数分様子を見たが同じ姿勢をとり続けて動こうとしない。気づいたら、彼女に興味を持っていた。


窓を開け音もなく教会の中に入る。


いたずら心に火が付いた。驚かせてやろう。


登場は派手な方が良い。祭壇を背に少女の数メートル上空に留まる。彼女を見下ろして口を開いた。


「その願い、俺が叶えてあげようか」


教会の天井は高い。静寂に包まれた教会にアルトゥールの声が響く。


声をかけると弾かれたように少女の顔が上がった。大きく見開かれた瞳は宝石ペリドットのような緑色だ。


ここで、悪魔と人間の契約について説明する。


普段悪魔が人と行う契約は、主に召喚された悪魔が召喚した人間の願いを聞き叶える代わりに代償を貰うというものである。それが悪魔の主な仕事だ。


召喚されるのを待つばかりではなく人の欲を自ら探しに行き声をかける悪魔も多い。誘惑も立派な仕事である。悪魔にもフィールドワークは重要なのだ。


そもそも召喚されるにはある程度悪魔として名が売れていないといけない。数でいったら誘惑に精を出す悪魔のほうが多いともいえる。


しかし一応は敵陣である教会に乗り込んで、神に祈りを捧げている人の願いを横取りするような行為はアルトゥール自身も初めて行うことである。しかし、如何せん彼は退屈していたのだ。


爵位持ちの悪魔であるアルトゥールは、フィールドワークなどしなくても召喚されることは多い。召喚に応じるかどうかはアルトゥールの好みによるが。しかし、人と関わることが好きだったりいたずら好きな性格が災いして、こうして、つい人間に声をかけてしまう。


好き嫌いは激しいのだが、この少女は惹きつけるものを持っている。つまりは恋愛とは違うがひとめぼれってやつだ。


「神様じゃなくて、悪魔だけどさ」


しかし、声をかけた少女もまさか悪魔が声をかけるとは思わない。ましてやここは教会だ。


しかもアルトゥールは今少女の数メートル上で浮いている。案の定少女は「空中浮遊している人なんぞ初めて見ました」というような表情を張り付けていた。目を見開き口を少し開けている。混乱と警戒、恐怖が彼女の瞳を震わす。よってこの軟派行為のような誘いは、相手に逃げられるか断られるか結果はその二通りといったところだろう。失神するかもしれない。まぁたまには人に声をかけるのも暇つぶしにはちょうど良い。派手な登場を心掛けたアルトゥールにとっては良い反応をもらえて満足だった。


そう思っていたのだが。


「ど、どちら様ですか」


上ずり、震える声で少女が問う。顔を上げてこちらを凝視する少女の目には怯えこそ含まれていたが、今すぐ逃げ出すという様子でもなかった。


祈りの両手は解かれ、両ひざは地面からわずかに離れていた。当たり前だが警戒はされている。


「はじめまして。俺はアルトゥール。逃げちゃうかと思ったけど、お嬢さん、意外と肝座ってるね」


なるべく人当たりの良い笑顔を作って名乗る。


そのまま少し降りて説教台に腰かけた。


「願いを、叶えてくれるというのは本当ですか?」


少女はそのまま立ち上がる。声の震えを必死に押さえつけようとしているのが伝わる。


「本当だよ。俺と契約してくれるならね。代償を貰う代わりに叶えられる願いは叶えよう。まぁ、座ったら?」


説教台の上からたくさん並ぶ椅子を勧める。


少女は俺から目をそらさずに恐る恐る最前列の椅子の端に座ると口を開く。


「代償?」


「一番重いもので君の魂かな。まぁ俺は優しい悪魔だから?たとえ魂が代償だとしてもそれを貰うのは君が寿命を全うするまで待ってあげよう」


おもむろに説教台に置いてある立派な燭台を手に取る。凝った装飾が施され丁寧に磨かれている。植物の蔓を模した飾りを指でなでる。


「あとは、価値のあるものと交換も多い。金だったり宝石だったり。洋服、家具、調度品。金だったら人間界に遊びに来た時に使えるし、物だったら生活の中でそのまま使える」


燭台を元あった場所に戻す。


「人間界の金品をコレクションしている悪魔もいたな。悪魔は派手好きが多いからな。威厳を持つのに装飾品は手っ取り早い。金や宝石は欲の象徴だ。それらを好む悪魔は多い。そいつらと交渉するのに優位だ。魔界でも価値になる。従者に下賜することもある」


言いながら、袖元のカフスを見せびらかす。窓から入ってくるわずかな光に反射してカフスに付いた宝石が光る。


「願いによってそこら辺の代償のさじ加減は変わってくる。面倒くさい願いだったら代償もその分重くなる。そして、基本的に代償は悪魔の言い値だ」


もし契約するなら魂が良いな。そろそろ新顔を増やしたかった。


「魂を代償に支払うと、具体的にはどうなるのですか?死ぬこととは…違うのでしょうか?」


「君が死んだら僕の下で働いてもらうよ。眷属ってやつ。君の雇い主はこの王宮だろう?その雇い主が俺になるイメージかな」


そこまで説明して相手の出方を待つ。服装を見る限り彼女は侍女の様だ。他人に仕えたことのある人間は眷属にしやすい。もしこの話に乗ってくれれば儲けものなのだが。


「叶えられない願いだったらどうなるのですか?」


「そうしたら契約は無効だ。俺は君から何も貰えない。俺もタダ働きはしたくないから契約の前に願いの内容くらいは聞くよ。まずはその願いを話してみるかい?」


そこまで言うと彼女の目から警戒心が消えた。ここまで話をもってこれば契約できそうだ。思わず舌なめずりをする。あとは願いの内容が魂をもらえる程度に、かつ、簡単なものであれば良いなと密かにアルトゥールは欲張った。


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