第1話 出会い
「神様」
斜陽が差し込む礼拝堂に少女の声が響く。声の主、シャルロッテは説教台前の床に一人ひざまずいている。うつむく彼女の顔には影が落ちる。
眉頭はわずかにしわが寄り、閉じた瞼に力がこもる。
「どうか、お願いします」
両手の指を組み固く結ぶ。
この国の王宮の敷地内、西の端に建つ礼拝堂は、今の時間、人が来る気配もなくシャルロッテ一人の空間となっていた。
礼拝堂の扉は閉められ、彼女の声のみが響く。
祈る彼女のか細い声は高い天井に伸び空中で霧散するように消える。
礼拝堂の中はおろか周辺にも人の気配はない。静寂が続くと、自分の血液が体内に巡る音が聞こえてくる。
礼拝堂の管理は王宮魔術師の仕事だ。
この国では王宮魔術師が聖職者として教会に従事する。
日常的に礼拝を行う風習はなく、礼拝堂もこの国特有の儀式の時以外はあまり使われない。それでも、鍵をかけることなく常に礼拝堂は開かれた場所になっている。
儀式は数十年に一度行われるものであり、今この国はその儀式が差し迫っていた。
普段から丁寧に掃除をされているが、来る儀式に向けて特に念入りに掃除がされているように思う。埃一つ見つからない清潔な場所だ。スカートと白いエプロンを巻き込んで床に接地された彼女の膝にも、泥汚れ一つつかない。
シャルロッテは普段礼拝堂に立ち入ることはないため、普段の清掃の行き届き方は分からないのだが。礼拝堂に入ったのも、入職の時以来である。
この礼拝堂に来るには王宮の城門をくぐらなければならない。開かれたといってもこのように中に入れるのは主に王宮の関係者のみだ。
シャルロッテもこの王宮で働く侍女の一人である。
現在跪いて必死に祈っている彼女であるが、普段は信仰に関して熱心とは言い難い振る舞いであった。
この国には熱心に神に祈るような宗教形態はない。神とは畏れるものであり、あがめるものではなかった。
しかし、この時の彼女は真剣だった。
「助けて」
この国にも神と呼ばれる存在はいる。しかし、彼女の悩みの原因がその神そのものであった。よって彼女はどの存在に頼れば良いか分からないまま祈りの姿勢をとっている。真似事といってもよかった。それでも真剣だった。祈りを聞いてくれるのならば、問題を解決してくれるのならば、誰だっていい。
この礼拝堂に入って以降、シャルロッテはもう二十分近く同じ姿勢を取っていた。斜陽は山の向こうに沈み、ステンドグラスを通して入ってくる光も少しずつ光量を落とす。オレンジ色の光に紺色が混ざり始める。物音ひとつしない礼拝堂の中で不意にその静寂が破られた。
「その願い、俺が叶えてあげようか」
若い男の声だった。心臓が跳ねる。弾かれたように顔を上げると青年の姿があった。
ずっと目をつむっていたため、瞳孔が開いている。
礼拝堂に入るときにはまだ明るかった室内が宵に移行するためにいくらか暗くなっていても、声の主の姿はよく見えた。
上質な服を着ている。シャツにベスト、ネクタイにスラックス。ボタンの一つ一つが高価そうだ。カフスには宝石も使われている。裾の長いジャケットがふわりと揺れる。ベストやジャケットにあしらわれた刺繡は職人の仕事を思わせる。貴族だろうか。
年季の入った宝物のようにくすんだ金色の髪を一部伸ばしており、編んでいる。前髪の一部をかき上げて留めているため、表情がよく見えた。覗く瞳がいたずらっぽく揺れている。
おかしいのは彼がいる場所だ。床に跪いているシャルロッテから数メートル上空にふわふわと浮いている。笑顔でシャルロッテの顔を覗き込む。
「神様じゃなくて、悪魔だけどさ」
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