第22話 ロザの夢
両親は王宮魔術師だった。現在は二人とも引退して街で薬屋を営んでいる。
そんな両親のもとに生まれたロザは当然魔力も優秀な子供として生まれた。将来は自分も王宮魔術師になるのだろう。それは将来の夢というよりは物心ついたころから当然としてロザにもこの家にもある一つの常識、将来設計であった。
子供の時分より勉強漬けの生活だった。家の中に教材は溢れているし、両親も懸命に勉強を、魔術を教えてくれる。
両親にとってロザは確かに誇りであったし、ロザも両親のことが誇りだった。厳しいながらも愛のある家庭だった。
自室の窓に面した机で勉強していると、家の外から子供の遊び声が聞こえる。子供の声は良く通る。楽しそうな笑い声、友人の名前を呼びかける声、たまに喧嘩する声だったり啼泣する声が聞こえてくる時もある。
羨ましくないと言えば正直嘘になる。友人もいなければ遊ぶことのない勉強漬けの毎日。たまには遊びたい。同年代の子供と話してみたい。友人ができたらどれだけ嬉しいだろうか。そう思う日もあった。
しかし、自分は優秀な両親の一人娘。将来はあのお城で両親のように王宮魔術師になる。その夢も確かなロザの夢なのだから。努力は必ず報われる。優秀な魔術師になってみせる。
ある日、母に連れられて近所の本屋に買い物に行った。
いつも近所で遊んでいる子供の顔を初めて見る。ロザと同じ年代の子供が五人ほどで遊んでいた。日光を浴びながら体を動かし、楽しそうにはしゃいでいる。遊びの内容はわからなかったけれど、ボールを使って共通のルールの中でゲームをしているようだ。
子供の一人がロザの存在に気付いて近づいてくる。自分のあちこちはねる癖毛と違いまっすぐな金色の髪を短く切っている。瞳は日に照る若葉のように明るい緑色だ。光のような子だと思った。
そして気づく。気づいてしまう。まじめに勉強していたからこそ、人の持つ魔力の強さに気付いてしまう。
この子、私よりも強い魔力を持っている。
「薬屋さんの家の子だよね?もしよかったら一緒に遊ばない?」
声をかけられた。今まで同年代の子に話しかけられることがなくて戸惑ってしまう。
「えっと…」
情けない声が出る。
買い物を終えた母が戻ってきた。
「あら、近所の子?初めまして」
何を言えばいいか分からず口ごもるロザの隣にきて母がその子に話しかける。
「はじめまして。シャルロット、五歳です」
行儀よく挨拶をするその子に母は笑顔を向ける。
「おりこうさんね。私の娘とおしゃべりしてくれていたの?この子はロザ。シャルロットちゃんと同じ五歳よ。よろしくね」
母の口から自分の名前を聞いたシャルロッテと名乗る子は目を輝かせた。
「ロザちゃん!一緒に遊ばない?」
もう一度誘いを受けた。困って母の顔を見る。
「良いのよ、たまには遊んできても。いつもお勉強ばかりだもの」
母から許可をもらってもロザはどうすればよいのか分からなかった。
遊びたいと思ったこともあった。勉強しながらこの子たちの遊ぶ声を聞いてきた。でも、我慢してきた。
この勉強の日々が、自分の努力がいつか実を結ぶのだと信じて、子供ながらの欲を律して過ごしてきた。
同年代の子供たちが遊んでいる中、遊ぶのを我慢して勉強をしている自分は偉いのだと思っていた。
それが自分の価値観だった。
だから、今、自分がどうすればよいのか分からない。ずっと遊びたかった。同じ子供と。でもこの子たちが遊んでいる中勉強をしている私は偉くて、だから…
「私、大丈夫、帰って勉強の続きする」
そう一方的に言って家の方角へと駆ける。
「あら、ごめんなさいね、また、誘ってちょうだいね」
母がその子に謝っているのが聞こえる。しばらくしてロザの横に追いついてきた。
「本当に良かったの?」
問う母にロザは無言のまま頷いた。
「それにしても今の子、すごい魔力だったわね。それなりの教育を受ければ優秀な魔術師になりそうなのにもったいないわ」
母の言葉に青ざめる。自分もすぐに気づいた事実だ。当然母もわかるだろう。
母が、両親があの子を娘にすると言い出したらどうしよう。自分は要らない子と言われたらどうしよう。不安が押し寄せる。自分の誇りが揺らぐのを感じた。
もっと努力しなければ。自分は優秀な王宮魔術師の両親の間に生まれた。それが自分の誇り。あの子には勉強する環境がない。魔術の知識だってなにも持っていない。自分にはある。大丈夫。もっと勉強をしなければ。
その後もロザは必死に机にかじりついた。実践にも精を出した。知識をつけ、体力も付けた。両親の間でその後シャルロッテの話題が上がることはなかった。
数年後、八歳の誕生日を迎えて二か月経ったころ、両親から王宮魔術師の採用試験を受けてみないかと提案された。
もっと大人になってからの話だと思ったから驚く。しかし断る理由はない。
勉強を教えている両親が言うなら、挑戦してみる頃合いなのだろう。
両親に連れられ、王宮を訪れる。両親は嬉しそうに「懐かしいな」と言い合っていた。
両親の教え方も良かったのだろう、信じていた通り自分自身の努力も実ったのだろう、程なくして採用通知が王宮から届いた。
両親は涙を流して喜んでいた。母に抱きしめられる。その上から父が母と私をまとめて抱きしめた。
「この歳で王宮魔術師なんて前代未聞だ。お前は本当にすごい。よく頑張ったな。私たちの誇りだよ」
信じて努力してよかった。この両親の子供でよかった。夢は確かに叶った。自分の夢が家族の夢が、確かに叶ったのだ。私は今確かに幸せだ。
誇りとともに弾む胸を抑えロザは私物をトランクに詰め込んで入職するために王宮に向かった。今日からここが自分の住む場所だ。自分の働く場所なのだ。
王宮には貴族や有力者、王宮従業員などしか足を踏み入れることのできない場所だ。その場所を今私はくぐるのだ。この間のように受験者としてではなく、王宮従業員として。ここで働いた賃金は一部両親にも届く。懸命に勉強を教えてくれた両親に親孝行できる。王宮で働くことはこの国では大変誇らしいことなのだ。ロザは王宮魔術師としては最年少らしい。
同時に採用された従業員が何人かいるらしい。城門をくぐって中庭に行くと、ロザと同様私服姿に鞄を下げた人物が数人集まっていた。その中に、見知った顔があった。
短く切った金髪に緑の瞳。ロザと同い年の女の子。
「なんで」
かすれた声が口から洩れる。
シャルロッテだった。
少し不安そうに周りを見回していたシャルロッテはロザの存在を認めると笑顔を浮かべて駆け寄る。
「あなた、確か薬屋さんのところの…ロザちゃん!あなたも王宮に入職したの?」
「なんであなた、ここにいるの」
声の震えを必死に抑え何とか言葉を紡ぐ。
「私今日から第一皇女様つきの侍女?になるんだって」
相変わらず光の様な笑顔を浮かべる。
努力は裏切らなかった。夢は叶った。
でも運はあるのだ。
この子は良い子なのだろう。遊びに誘ってくれた。あれ以来話すことも顔を合わせることもない自分に今もこうやって笑顔で話しかけてくれた。でも、どうしても、憎くて仕方がなかった。
唇を嚙んだ。
王宮魔術師になることが私の夢だったのに。
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