第20話 最後の夜
翌日の夜20:00。アルトゥールの部屋の近くの廊下でアリスはいつも通りアルトゥールを待っていた。
程なくしてアルトゥールが姿を現すとアリスが駆け寄る。
「こんばんは、お兄ちゃん」
「こんばんは、アリス」
毎夜のごとく今日学んだ内容を復習がてら報告したり、歌を歌ったりして過ごす。
「今日は引き算を教わったの」
考え方やどう教わるのかをアルトゥールも興味を持って聞いていた。人間の学習の仕方を学べるのは良い機会だった。いつもアリスと会う時間は一時間程度と決めている。あまり遅くなっては睡眠の妨げになる。
「ねぇ、アリス、今日はちょっと話さなきゃいけないことがあってさ」
いつもなら、このあたりの時間で「じゃあ今日はこの辺で」とアルトゥールが声をかけるタイミングだった。
「なに?」
「俺、明日からはここに来れない。アリスに会えなくなっちゃうんだ」
突然の言葉にアリスが固まる。
「なんで?」
「ちょっと儀式のことで忙しくてさ。ごめんね」
アルトゥールは儀式の関係でこの城にきていると最初に出会った夜に言っていた。
儀式まで残り半月を切っていた。
「儀式が終わったら、また会える?」
アルトゥールは答えなかった。困ったように笑う。
「約束はできない。会えたらいいなとは思うけどね」
アリスの目から涙がこぼれる。
「嫌だよ」
最初にあった時も泣いていた。それをアルトゥールが止めてくれた。
アルトゥールがアリスを抱きしめる。
「ごめんね。アリスと話せて楽しかったよ。それに、アリスの話が俺の仕事の役にも立ったんだ」
「そうなの?」
「儀式のこと、教えてくれたでしょ。この国に伝わる歌も教えてくれた。ありがとうね」
最近は第四皇女様がアリスに歌をせがむことがある。第四皇女様の前でも緊張せずに歌うことができるのはアルトゥールのおかげだった。この時間、アルトゥールに歌を聞いてもらう中で人前で歌う度胸が身についていた。
第四皇女様とも出会った当初より仲良くなれたと思う。それはここでアルトゥールと過ごした時間のおかげでもあるようにアリスは思う。
暫くアルトゥールの胸の中で泣く。これで最後だなんて思いたくはなかった。
アルトゥールは儀式を終えたらこの王宮から去ってしまうのだろうか。もうこの王宮を訪れることはないのだろうか。もしかしたらこの国から出て行ってしまうのかもしれない。
寂しかった。
いつの間にかホームシックの感覚は薄れていた。勉強も、その晩にアルトゥールに報告できるのだと思うと自然と集中できた。
明日からはそれができない。毎日のルーティンを一つ奪われたかのような不安だ。
アルトゥールは自分の身体からアリスを引き離すと腰掛けた窓辺から降り、アリスも降ろす。
「ほら、今日はもう寝る時間だよ。部屋に戻りな」
「嫌だよ」
「頼むから」
アルトゥールに言われ渋々背を向けると何度も振り返りながら自室のある棟の方角に伸びる廊下を歩き始めた。曲がり角で見えなくなるまでアルトゥールはその場に立ち止まって見送ってくれた。
部屋に帰っても寝支度を整えてもベッドに入ってもアリスは眠れる気がしなかった。それでも子供の体力だ。日付が変わる前には眠りに落ちていた。
次の日、仕事を終え、いつもの時間夜八時にいつもの廊下に行ってみたけれど、アルトゥールは姿を現さなかった。
次の晩もその次の晩も暫く廊下に通っては少しの時間待っていたが、アルトゥールは一度も姿を現すことがなかった。
日が経つにつれ、城内は儀式の準備で忙しくなっていった。
お仕えしている第四皇女様の衣装の仕立てや自身の正装の準備、儀式当日の流れや仕事の内容の確認に追われ、廊下に通うこともなくなった。
普段の勉強や職業訓練、仕事に加え儀式の準備も加わり、一日の終わりには子供の体力はすっかり消耗してベッドに潜るしかなくなっていた。
面白いと思ったらブックマークと下の☆で評価をお願いします!




