第19話 落下
情報収集も完全に行き詰ってしまったため、最近はシャルロッテ、レーゲン、リア、アリスと駄弁るのが日課になっていた。
アリスは歌うのが好きなようで、夜20時にアルトゥールの部屋の近くを訪れては歌を聞かせてくれる。
ホームシックも一つ目の山を越えたようで、最初の数日は実家の話を話している途中で泣き出してしまったこともあったが、ここ数日は涙を見せずに仕事の内容を話している。
顔色を見るに眠れてもいるようだ。
悪魔が軟禁されている部屋の付近ともあって、近くに人は近づかないし、歌うことが好きなアリスにとってはちょうど良い息抜きの場になっているようだ。
アリスの歌う歌はこの国の童謡が多い。その中には邪神にまつわる歌も伝わっているようだ。
少し不気味な短調の旋律に、やはりこの国には邪神は怖い存在として伝わっていることを推察した。
ここに来て半月程が経過している。
夕食は済んでいた。何故か毎食キノコが出る。恐らくレーゲンの仕業だ。今日も食べさせられた。レーゲンに敗北しているようで気に食わない。
窓を開けて外に出る。リアにこのことを愚痴らせてもらおう。
そう思っていつものように手すりを乗り越え――――――――――――――――――――――――――――落ちた。
身体が重力に従って落下する。
「え」
腹部に冷たい風が突き抜ける感覚。胃が浮く感覚ってこの事か。
赤ん坊の反射のように慌てて手を伸ばすと何かが触れた。一階下、リアの部屋のバルコニーにある柵だった。その柵にぶら下がる形で何とか落下を阻止した。腕に力を込めて何とか柵を乗り越える。身体が重い。腕の筋力のみで己の体重を支えるのはこんなにきついことなのか。
「アル!大丈夫ですか!」
驚いた表情で姫さんが駆け寄ってきた。
「足を滑らせちゃって。びっくりさせてごめん」
適当に言い訳をしたが、アルトゥール自身完全に混乱していた。
気づけば手に汗をかいていた。柵から滑り落ちないでよかった。
浮遊は物心ついた時からできていた。どんな低級の悪魔でもできる初歩中の初歩の魔法だ。できなくなるとすれば大きく体調を崩した時くらいだ。落ちた。悪魔である自分が。さすがにショックだった。
この高さから落ちても人間ではないので死にはしない。だが、痛いものは痛い。
リアの部屋に入り、椅子に腰かける。アルトゥールの表情はすっかりいつも通りに取り繕っていたが、リアはまだ心配そうにアルトゥールの様子を窺っていた。
「早速だけど、姫さん聞いてよ」
いつも通りの態度で話し始めたアルトゥールを見て、リアももう一つの椅子に腰かけた。
「どうかしましたか」
「毎食、食事にキノコがでてくるんだ」
「キノコ…ですか?」
リアが目を丸くして聞き返す。話を始めるアルトゥールの第一声が不満の色を含んでいた為、話の内容は愚痴であるとリアにも想像できた。アルトゥールには重そうな拘束具がいくつも付けられているしそもそも命の危険のある生贄の身代わりという立場である。どんな不平不満が出てくるかと思いきや、内容はキノコであった。
「そう!俺、キノコ苦手なんだよね。食感といい傘の裏といい。なのに毎食出てくるんだよ。あれはレーゲンの嫌がらせだと俺は思う」
椅子の上で腕を組み「ふん」と鼻息を荒くするアルトゥールにリアが思わず笑った。
「ふふふ」
「最初の食事にキノコができてきたのが大きい。あれで俺の好き嫌いがバレたんだ。最初の晩はシャルロッテが食べてくれたんだよ。なのに最近はレーゲンに無理やり食べさせられるんだ」
当初の予定通りリアにキノコに関する愚痴を暫く駄弁ったのち、いつもは窓から部屋に帰るのだが、今日は扉を出て廊下から部屋に戻った。
廊下で数回浮遊を試してみたが、身体は重力に従うのみだった。軽く地面を蹴ってもふわりと浮き上がることがない。大きく地面を蹴ってもする人間がするように数センチ 跳ね上がってそのまま着地するのみだ。茫然自失の表情で自分の足元に視線を落とす。
唯一残った空中浮遊までも使えなくなってしまった。
面白いと思ったらブックマークと下の☆で評価をお願いします!




