第14話 アリス
数日経過した夜。
あれからアルトゥールは毎晩リアの部屋に遊びに行っては駄弁っていた。
リアも退屈しているようで、毎回嬉しそうにお喋りしてくれる。
元々アルトゥールは人と話すのが好きな方だ。今回の仕事、結構楽しいな、そう感じているほどだった。この窮屈な枷が無かったら、尚良かったのだが。
しかし今夜は行っておきたい場所があった。図書室だ。
前に探索した時に場所だけ把握したままだった。
今は夜も更け廊下には誰も見当たらない。
ゆっくり情報収集といこうではないか。
角を曲がったところで誰かとぶつかった。
「やべ」
思わず声が漏れる。
人がいるのに気づかなかった。本当になまったな。
しかし、ぶつかったのは十歳にも満たないであろう、子供だった。髪を高い位置で二つに結んでおり、淡い青色のワンピースに白のエプロンをつけている。
「ひっ」
子どもは恐怖を顔に浮かべる。
現在の時刻は0時を超えている。こんな夜中に子供を働かせているのか、この城は。
固まっている子供に目線を合わせてしゃがむ。
「ごめんね、ぶつかっちゃって。びっくりしたよね」
これで警戒を解いてくれるかな、そう思って顔を覗き込むとその子はボロボロ涙をこぼしていた。
「あれれ、ごめんごめん、そんなに怖がらないで、どこか痛いのかな」
子どもと話すのも久し振りだ。それが遭遇して早々こんな泣かれたら、さすがに焦る。
泣いている子を放置することはできない。仕方がないから廊下の隅に並んで座り込んで泣き止むのを待つことにした。暫くすると嗚咽が小さくなる。
「落ち着いたかな」
声をかけると、子供はうつむいたまま頷いた。
「君、こんな時間まで働いてるの」
そう聞くとその子は顔を上げる。
「違うの。おうちに帰りたくなっちゃって、寝れないの」
ホームシックってやつか。
「俺はアルっていうんだ。お嬢ちゃんお名前は」
「アリス。アリス・ライト。八歳です」
シャルがこの城に来た時も確か八歳だったな。
「アリスはここにきてどれくらいなの」
「七日。仕事の勉強をしたら、第四皇女様に仕えるの」
一週間か。確かに子供がホームシックになりやすそうな時期だ。
「お家はどんなとこ」
「お家は、お城のふもとの町にあるの。お父さんとお母さんは料理屋さんをしていてご飯がとってもおいしいんだ」
アリスがまたうつむき加減になる。
「お父さんとお母さんは優しい人?」
「とっても!お父さんはあまり喋らないんだけどいつも私の話を聞いてくれるの。料理屋さんでご飯を作るのもお父さんのお仕事なの。お母さんは明るくて、私にもお客さんにもいつも笑顔で話してくれる」
うつむき加減だったアリスはアルトゥールの問いかけにパッと顔を上げると両親の話を始める。表情は明るくなっていた。
アルトゥールに対する警戒心もすっかり解けたようだった。
「王宮に来てからは、どんな勉強をしているの」
「最初は文字と計算を習うの。あとは、お部屋のお掃除のやり方。もう少し後になったら姫様のベッドの整え方とか、身支度のお手伝いの仕方を教わるって言ってた。今はまだ、簡単な文字と足し算、お掃除しかできないの」
「一週間で文字や足し算をマスターするなんてすごいよ」
正直人間の子供の学習能力はよく分かっていない。でも、八歳ならまだ、寝具の整えも身支度も、本来なら親に世話をしてもらう側のはずだ。
十までに近侍を選ぶといった王族のルールは、選ぶ方も大変だが、選ばれた方も苦労するのだろう。
「お兄ちゃんは、何してる人なの」
何と答えるのが正解なのだろうか。幼い時に悪魔を身近に感じるのは危険だ。低級の悪魔に憑り殺されたら面白くない。
「お兄ちゃんはね、シャルロッテっていう、君の先輩のお友達なんだ。第一皇女様のことでいろいろお仕事してるの」
「儀式があるって聞いたことある。その儀式の人?」
「そうそう。ほら、もう涙は出てこないね。早く部屋に戻りな。子供はもう寝る時間だよ」
アリスは素直に頷くと立ち上がった。
「お兄ちゃん、明日もお話ししてくれる」
「良いけど、こんな遅い時間じゃ駄目だ。二十時、この場所に来れたらおしゃべりしよっか」
今いるこの廊下は俺の部屋に用事がなければ通らない廊下だ。ここなら、めったに人は来ないだろう。毎晩こんな夜中に8歳の子を起こしていたら成長の妨げになる。
アリスは了承し、自分の部屋へと戻っていった。明日あの子は起きられるのだろうか。
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