第13話 二人の生贄
今日はついに激しい攻防の末、レーゲンに無理矢理キノコを食べさせられた。どうもあの食感が苦手だ。傘の裏を見ると二の腕が粟立つ。
「はぁー、くそ」
悪態をつきながら身体を起こす。部屋は消灯され、光源は窓から入る月明りが主となっている。
ベッドから降りて窓を開ける。ふわっと涼しい風が部屋の中に入ってくる。窓は小さいバルコニーに繋がっている。暫くバルコニーに立って暗くなった庭園を眺めていた。
カタン
近くで音がする。誰かが窓を開けたのか。
気になったので手すりを乗り越えた。
久し振りに浮遊したせいか、いつもより身体が重く感じた。なまってきたかな。
真下の部屋のバルコニーの手すりの数センチ上を浮遊して訪室した。
一階下の部屋の窓際に女の子が一人いた。歳はシャルロッテと同じくらいであろう。引きずるほど長いネグリジェを着て金髪の長い髪を下し、就寝の支度が済んでいるといった格好だ。俺と目を合わせて固まっている。
まず感じたのは強い魔力。
「こんばんは。はじめまして。君、もしかして、第一皇女様?」
レーゲンからの情報だと、確か第一皇女様は強い魔力を持っているから生贄にされるはずだ。
少女がネグリジェのまま軽くカーテシーをする。
「はい…リアと申します。あなたは……もしかして、シャルと契約した悪魔さんですか?」
姫さんが警戒を解き笑いかける。
おお、お姫さんって初めて見るな。
「いかにも。アルトゥールと申します。気軽にアルって呼んでね」
片手を胸に、片手を広げて礼をして見せた。俺の自己紹介に姫さんがまた笑う。
どこかで会っておかねばと思っていたが、こんな近く、まさか真下にいたとは。
「なんか姫さんの部屋って感じがあまりしないね」
部屋の中を覗き込むと、自分が今借りている部屋と大きく変わらない。
「ええ。私の部屋は別にあります。儀式が近くなってくるとこの棟に移される決まりがあるらしくて」
魔力使って暴れられたら困るから魔力対策を施した部屋に入れておく、大体こんな理由だろうな。生贄であっても第一皇女、姫さんに枷つけるわけにもいかないだろうし。リアに会いたかったアルトゥールにとっては好都合だった。
「アルさん、申し訳ありません」
おもむろにリアが直角に腰を倒して頭を下げる。
「え?」
いきなり謝られた。
「シャルは思いやりのある良い子なんです。しかし、私の為に、あなたが巻き込まれてしまった」
そのことか。自分の身代わりに生贄にされる予定の人物を前にして罪悪感でも持ってしまったか。姫さんの侍女をたぶらかしたようなものだから怒られてもいいのに。
「シャルには俺から声をかけたんだ。願いを聞いて、なんとかできるかもって俺が判断して契約した。巻き込まれたんじゃない。俺から首を突っ込んだんだ。だから気にする必要はないよ」
アルトゥールの言葉を聞いてリアが頭を上げた。
「悪魔さんって、もっと怖い方なのだと思っていました」
「勿論、俺は怖い悪魔だからご注意くださいね」
その後、小一時間程、リアとシャルロッテがどのように出会ったか、どんな月日を過ごしてきたかの話を聞いた。
「わが国には代々、自分の近侍は自分で選ぶというルールがあります。王族の人を見る目を養う一環だそうで」
「ああ、世話をしてくれているレーゲンから聞いたな」
ロザとシャルロッテの仲を聞いたときに説明してくれた内容だ。
「将来生贄になることが生まれた時から決まっていた私も例外ではありませんでした」
どうせ生贄になるのに、王族という理由だけでルールが適用されるのか。成人までしか生きられない主人に仕えるのは選ばれたものにとっても思うところがありそうだ。声には出さないがそんなことを思いながら話を聞く。
「何度も街に通う人、一度街に出てその機会に決める人、一度選んでも解雇して選びなおす人様々です」
それでもこのシステムは理に適っているように思う。
アルトゥール自身も今まで何人も将来従者となる契約者に声をかけてきた。人を選ぶというのは難しい。人同士の相性はもちろん、王族であったら暗殺や裏切り等にも用心しなければならないだろう。それでも自分が選んだ者なら責任は自分にある。
「八歳の時、街に行った際にシャルを見かけました」
「随分幼い頃からの出会いだったんだな」
「はい。シャルはその時、広場で同年代の子供数人と遊んでいました。シャルが遊んでいる広場のすぐ近くのお店に用事があったのですが、気づけば楽しそうに遊ぶシャルを目で追っていたのです」
思わず幼いシャルロッテを想像する。
「私の視線に気づいたシャルは、おそらく私が王女だと気づかなかったのでしょう。笑顔で話しかけてくれました。あなたも一緒に遊ぶ?と」
「想像できるかも。シャルは人見知りしないよね」
「そうですね。誰とでも仲良くなれるような子だと私は思います」
リアの言葉を受け、ロザと仲良くなりたいと寂しそうに笑うシャルロッテの顔を思い出す。
「その時、私はこの子にそばにいてほしいと思ったのです。近侍は十歳までに決めなければならない習わしなので私は少し早い方でした」
八つや十の子供に従者の採用を任せるとはこの王族のルールは理にかなっていても多少厳しい気がする。
だからこそ一度選んでも解雇することもできるのだろうが。
しかし、その年齢だからこそ、暗殺や裏切りのリスクは少なくなるのだろうか。
「その次の日にはシャルに王宮に来るように採用通知が届きました。出会ってから一週間くらいでこの王宮に入職に来てくれました。シャルも私と同じ八歳でした。心細かっただろうに、私には泣き言一つ言わずに仕事を覚え、私の侍女としてずっとそばにいてくれています。年に二度実家に帰ることができますが、大変な仕事です。シャルには本当に感謝しているんです」
シャルロッテは八歳からリアに仕えてきたわけか。命に代えても守りたいといったシャルロッテの言葉を思い出す。
ただ広場で遊んでいたら自分の人生を大きく変える出会いがあった。十にも満たない子供がこの城で働くことになるのだ。そして悪魔と契約するほどに守りたい主人となった。
リアとシャルロッテは良い主従関係なのだろう。
儀式についても情報収集したかったが、シャルロッテやレーゲンと同じ程度の情報しか持ち合わせていなかった。当初生贄になる予定だったリアくらい、もう少し知っていても良さそうなのだが、知らない方が幸せだとわざと伏しているのだろうか。
ロザと話せたら一気に情報量が増えそうだが、話してくれる気はしない。寧ろ拘束が増えそうだ。
ロザの冷たい視線を思い出し思わず首を振る。
「王族に直接スカウトされた近侍は仕事を一通り覚えた後、近侍頭になります。シャルも数年の研修を終え、今では侍女頭です。私についてくれている侍女は今では十五人いますが、その侍女たちをまとめ上げてくれているんです」
侍女頭はもっと年齢が上の者が務めるものだと勝手に思っていた。それこそ、乳母のような侍女がいるのではと思っていたが、この国ではそうではないらしい。
「じゃあ姫さんの侍女はみんなシャルと同い年か年下なの」
「いえ、シャルや私より年上の人もいます。母様と同じ年代の方もいますよ」
年功序列や能力よりも、王族が直接選んだ者が近侍頭になる。興味深い制度だ。
シャルロッテのこの王宮での立場の参考にもなった。
面白いと思ったらブックマークと下の☆で評価をお願いします!




