第7章 次の名前
第7章 次の名前
次の日、俺は森本先輩に電話をかけた。
——もう、どう思われてもいい。本当のことを話そう。
この状況なら、きっと信じてもらえるはずだと思っていた。
「森本さん、話があるんです」
『湊谷くん。予定は週末じゃなかったのか?』
「今晩、空いてますか? ダメなら明日でも」
『すまん、今晩通夜に来ていて、こっちにいないんだ。明日は葬儀で、帰るのは遅くなるんだよ』
「……えっ」
なぜか分からないが、嫌な予感しかしなかった。
しかし、俺の思っていたより、状況は悪かった。
『湊谷くん、覚えてるかな? 集落にいた田原さん。集落を出た後も、親父の付き合いでたまに会ってたんだが』
『先日、酔っぱらって駅のホームから転落して……』
「……田原さん」
名前を聞いた瞬間、背中が冷たくなった。
三好夫妻、田原、吉村、本田、森本、紗和、そして俺。
帳面に並んだ名前が、着実に『過去』へとスライドしている。
何かの法則で順番が入れ替わるのか? ……それとも、条件が違うのか。
もしかしたら、三好夫妻は回避する方法を見つけたのかもしれない。
いや、三好夫妻が既にこの世を去っているのだとしたら、もう『吉村』という人物か、あるいは森本先輩の二つ前まで迫っていることになる。
『急ぐなら、明後日でもいいか?』
「はい、……明後日で」
用意していた言葉が全部飛んでしまい、通話を切ってしまった。
電話でも、話しておけばよかったのか。
紗和にこのことを連絡するか、迷った。
なぜか、『今じゃない』そんな気がしていた。
スマートフォンを握りしめ、時間だけが過ぎた。
*
何もできないまま、先輩と会う日になった。
仕事終わり、駅の近くの居酒屋で落ち合うことになった。
「お疲れのところすみません」
「大丈夫、気にするなよ」
「いきなりですが、集落の三好さんや吉村さんを知りませんか?」
「……三好さん、ああ、あそこは随分古い話だなあ。家の近所にいたよ」
「夫婦二人とも集落の出身で、村を出たがっていたって話だ」
「……それで」
「俺が小学校の時、引っ越したな。もう少し住んでれば移転の損失補償ももらえたのにな」
「吉村さんは?」
「……吉村、吉村商店さんか?」
「吉村商店? 森本さんのところは、俺の家からは遠かったから」
「街に移転してスーパーになったんだよ。奥さんがやり手でさ。ほら、商店街にある『スーパーヨシムラ』」
「ああ、見たことあります。……旦那さんは?」
「旦那さん? ああ、あそこはもう何十年も前に病気で亡くなったよ」
帳面にあったのは、奥さんの名前じゃない。
ということは……。その死は無関係な死になる。
だめだ、思っている以上に早すぎる。
「どうした、湊谷くん、顔色悪いぞ。飲み過ぎか?」
「……森本さん、信じてもらえないかもしれないけど。俺が知ってること、全部話します」
あの、産子の帳面に書かれてる名簿のこと。
そして、順番のこと。
既に『過去』になった人たちの名前を、俺はひとつずつ手繰り寄せるように話した。
「……じゃあ、本田さんの次が俺か?」
森本先輩は、ジョッキを置いた。その顔から、それまでの余裕が消えかけていた。
「順番だとそうなります」
「考えすぎだよ、偶然、偶然。だって三好夫妻だってまだ分からないんだろ」
先輩はそう言って笑ったが、その声はどこか強張っていた。
「……そうですね。でも、森本さんも気をつけてください」
「ああ、本田さんには俺が連絡取ってやるから」
「お願いします。また何か分かったら……」
三好夫妻の死が確定していない今、この話の信用性は低い。
できることなら、ただの偶然であってほしい。
俺の話を親身に最後まで聞いてくれた、森本先輩を亡くしたくなかった。
そして紗和も……。




