第4章 名簿の刻限
第4章 名簿の刻限
帰りの車の中、あの名簿のことが気になった。
隣に座る紗和は、自分の名が名簿にあることを知ってどう感じているのか。
そして、一番下にあった、俺の名前。
「気にしてる?」
紗和が不意にそんなことを言った。
「……偶然だよ」
それを肯定することは、俺より先に彼女の順番が来ると認めることになる。
そう思うと、そんな言葉が出ていた。
窓の外を流れるダム湖の景色が、先ほどよりもずっと冷たく、深い場所から自分を覗き込んでいるような錯覚に陥った。
*
紗和を駅まで送り、連絡先を交換しようとした。
「ごめんね。なくしてしまって今、携帯持っていないの。」
「じゃあ、俺の番号だけ渡しておくよ」
車にあった、何かの紙の裏に番号を書いて渡した。
「また連絡するね」
そう言って彼女は背を向けた。
何の根拠もないが、また会えそうな気がしていた。
なぜかは、分からなかった。
*
そして、数日が経ったある日。
よくある交通事故のニュースが流れていた。
『見通しの良い直線で何かを避けて急ハンドルを切ったようです』
遠く離れた地の高速道路での死亡事故。
テレビに映った名前。
名簿の並びが、頭の中で勝手にめくられていく。
父の名前のその下。
あの名前だった。
俺は、あの名簿の中で連絡が取れそうな名前を思い出した。
確か、俺や紗和の上にあった、同校の4歳上。
——彼の連絡先ならわかる。
そうだった、一度、仕事で訪れた会社で、声をかけられた。
俺の名札を見た彼が、驚いた顔で話しかけてきた。
『湊谷って、あの集落にいた湊谷くんか?』
『懐かしいな。今度、飲みに行こうぜ』
そう言って彼は名刺の裏に携帯電話の番号をメモして渡してくれた。
今はない集落の思い出は、懐かしい顔だけになっている。
電話をかけてすぐに、戸惑った。
どう説明すれば、信じてもらえるか。
あの名簿を見ていない人間に、どう説明すればいいのか分からなかった。
迷い、言葉を探すうちに、彼の声のほうが先に届いた。
「おう、どうした。飲みに行く日にち、決まったか」
「急にすみません。実は集落のことで」
「ああ、俺も葬儀で、このあいだ帰ったところだよ」
「実は、俺の親父も先日」
「そうか、大変だったな」
——言い出せない。
……言葉が思いつかない。
結局、一週間後に飲みに行く約束をして、通話を切った。
彼を連れて神社に行き、あの名簿を見せるのが、一番早い方法かもしれない。
待て、それまでに順番が来る人は、どうする。
見殺しにしてしまうのか。教えたところで、この連鎖を止める方法はあるのか。
——どちらにしろ、もう一度、あの名簿を見る必要がある。
車のキーを握りしめ、マンションの玄関を出た。
そこに、女性の後ろ姿があった。
ゆっくり、こちらに振り向いた。
紗和だった。
「真一、会えたね」
「……紗和。なんで分かった?」
手に持っていた紙を、ひらひらとさせた。
車検の見積書の写しだった。
あの時、メモ代わりに渡したものだった。
それよりも、俺は彼女が現れる気がしていた。
「そうか、ニュース見たか?」
「……うん」
彼女も確信している様子だった。
「今から、もう一度神社に行って、あの名簿を見ようと思う」
「あと、6人でわたし」
紗和は、まるで電車の到着時刻でも確認するみたいに言った。
「……覚えているのか」
「次は、三好さんのところのご夫妻」
言われて、思い出した。
名簿に連なる苗字があった。
*
紗和を乗せ、実家のある移転先の町へ向かった。
——三好夫妻の居場所を確かめる必要がある。
車を走らせながら、そう考えた。
「……そうだ、あの人なら」
葬儀の席にいた老婆なら、夫妻のことを知っているかもしれなかった。
ハンドルを握る手には、焦りがあった。




