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沈まない祠 ―最後の産子―  作者: 空白朔名


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第11章 最後の|産子《うぶこ》

 第11章 最後の産子(うぶこ)



 ダムサイトを過ぎ、周回道路を走った。

 街灯の下、人影が見えた。

 近づくと、その人影は道路の真ん中に出てきた。

 急ブレーキをかけた。


「真一、だめっ!」


「えっ?」


 手を振りながら、寄ってきた。

 若い男性だった。口元には笑みがこぼれ、優しそうな目をしていた。


「森本くんから聞いたよ」

「……順番のことだよ」


 見覚えはなかった。声にも聞き覚えがなかった。

 清潔感のある服装で、髪もまとまっていて好印象だった。


「驚いたよ、正直びっくりしたよ」


 明るく、身振り手振りを加えて話した。


「誰ですか?」


「本田だよ。話聞いた時は、心臓が止まるかと思ったよ。……本当に」

「……本当に止まっちゃったけどね! あはっあはっ、あはは」


「……本田さん」


「出して!」


 紗和の声が響いた。

 アクセルを床まで踏み込んだ。

 バックミラーに映る彼は、まだ街灯の光の下で、愉快そうに笑っていた。

 その場で足踏みをする彼の足に、歪みがあるのに気づいた。

 膝が人間とは反対の方向へ、不自然に折れ曲がっていた。

 数十メートル離れた時、彼は笑いながらこちらを追い始めた。


「湊谷くん、持ってるんだろー、あははっ」


 夜の静寂を切り裂く叫び声。

 車のスピードメーターは60キロを超えていた。


 ——俺が何を持っているというんだ。


 数分後、ようやく彼の姿は闇に溶け、ミラーから消えた。


「なんなんだ、あれは。本田さんも三好夫妻も森本さんも、もう……」


 そこから先の言葉を、口にすることはできなかった。

 俺は隣を見た。

 助手席の彼女は、何も言わず、ただ無機質なヘッドライトが照らす夜の路面を凝視していた。


「……紗和」


「気がついた?」


「いや、……本当はずっと前から、分かっていた気がする」


「……そう」


 彼女は小さく頷いた。


「紗和なんだろ?」


「『紗和』は……入れ物」


「……いつから?」


「真一、思い出さない?」


「えっ?」


 『紗和』を思い出そうとした。

 幼い頃、家のすぐ近くにあった彼女の家。

 集落で歳の近い彼女とは、よく遊んでいた。

 二人で桜の木の下で遊んだり、花火をしたり、雪だるまを作った。

 一緒に魚を捕まえたり、水晶を探したりした。

 仲が良かった。

 俺の記憶はそこまでだった。それ以上、彼女の顔は思い出せない。

 10歳ぐらいまでの記憶の中にしか、彼女はいなかった。


*


「……そこよ、停めて」


 紗和の声に引き戻された。

 そこは、ダムの周回道路の展望所のような場所。

 新しい小さな祠のある場所だった。


「わたしは、産土神から預かったものをあなたに渡しに来ただけよ」


 俺の手を取り、何かを握らせた。

 肌が触れ合い、皮膚の質感はあるのに、そこには温かさも、冷たさも感じなかった。

 質量のない影に触れているような、奇妙な感覚だった。


「わたし自身はもう数百年前に龍神様の元に……」


「……龍神様」


「あなたが恐れないように『紗和』姿を器にしたの。この土地の産子だった、彼女の記憶を借りて」


「じゃあ、君も……」


「龍神様はいつしかこの地の産土神になり、この地で生まれたあなたたちを守っていた」


「じゃあ、今回のこれは……」


「祀る者が絶え、忘れ去られた神は、もう己の重みに耐えられなくなっているの」

「最後の産子であり、最後に祀ったあなたが」

「……戻してあげて」


 彼女の手が離れた。そこには触れられていたはずの余韻すら残らなかった。

 握らされていた手を開くと、小指の先ほどの、白い小さな石があった。

 半分は透き通った、あの『半分水晶』だった。


 彼女が視線をやった先には新しい小さな祠があった。

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