第7話『紅蓮の臨界』
夜空を焦がす爆炎を背にして、漆黒の巨神マジンオーは再び戦場へと降り立った。
「……始まったな、マジンオー。」
「また俺の心臓と、お前が溶け合っていく」
仁が操縦桿を握ると、肌に直接繋がった生体触手から情報の波が流れ込んでくる。二度目の接続。あれほど異物だった痛みが、今は不思議なほど身体に馴染んでいく。
目の前では、量産型の狼型兵器が無数に暗闇を蠢いている。国防軍の戦車大隊が十字砲火を浴びせ、一機を爆破せしめたものの、圧倒的な物量による進軍を止めるには至らない。
『全軍、マジンオーの射線軸から退避せよ! 邪魔をするな!』
指令車のマイクから、鷹宮少佐の指示が飛ぶ。
「少佐、下がってな。あんたらの装備じゃ防戦一方だ…俺がまとめてブチ抜く!」
仁がレバーを強く引き絞ると、マジンオーの前腕部が高速回転を開始した。空間そのものが小刻みに震え、周囲の空気が歪んでいく。
「喰らいやがれ……『ブーストナックル』ッ!!」
ロケット推進によって射出された質量兵器は、一直線に狼型の群れへと突き刺さった。高速回転する鉄拳が、空間ごと敵の装甲を削り取り、目前の狼型を瞬時に粉砕して爆発の連鎖を引き起こしていく。
しかし爆炎を割り、さらに五機、十機と新たな狼型が牙を剥いて飛びかかってくる。
『仁!お願いだから無茶しないで!』
道場の奥に隠れているはずの深雪の声が、鷹宮の軍用回線に割り込んだ。
『……待て、これは軍用回線だ。どうやって割り込んだ?』
『そんなの道場に置きっぱなしの端末からに決まってるでしょ』
『何? いや、どうやって認証を——』
『ちょっと鍵を開けただけよ! そんなこと今はどうでもいいでしょ!それより……』
「大丈夫だ、深雪。お前がいる街は、俺が絶対に壊させない!」
マジンオーは腰部の大剣「魔神剣」へと手を伸ばした。仁がコックピットの中で正眼に構えると、マジンオーもまた、大剣を中央に真っ直ぐに構えた。
「剣谷流――!」
飛びかかる狼型の群れに対し、仁の目がその正中線を鋭く捉える。
「『魔神・唐竹割り二連』ッ!!」
凄まじい風圧を伴う踏み込み。魔神剣が振り下ろされ、最前列の一機が眉間から文字通り真っ二つに裂けた。その刃を止めることなく、背後に回り込んだ敵機を瞬時に切り裂く。
だが、その直後だった。両断された機体の内部から、不気味な緑色の光が漏れ出た。
『何だと……!?……奴め、自爆する気か!』
研究所の車いすからモニターを凝視していた如月博士が切迫した声をあげる。
破壊された量産機のコアから放出された高エネルギーが、周囲に残る他の機体、そして術中に囚われたマジンオーの魔神石と「共鳴」を始めた。
『まずい…奴ら、自分たちのコアを共鳴させてマジンオーを暴走させる気だ!』
耳を裂くような高音が周囲を満たす。
緑の光が連鎖し、マジンオーを包囲するように閉じていく。
「う、あ、あああああッ!!」
仁は激しい胸の痛みに絶叫した。胸の奥の心臓が、まるで沸騰したマグマのように熱く脈打つ。自分の皮膚の下で、赤い何かが蛇のように這い回るのが見える。今にも脳が焼き切れそうだった。
『仁! これ以上共鳴が進めば、東京湾一帯が消滅する! 距離を取るんだ!』
如月博士の必死な声がスピーカーから響く。
しかし、周囲を囲む狼型の残党は、マジンオーを逃すまいとさらに折り重なって迫る。
視界が赤く染まり、全能感が冷たい絶望へと変わっていく。
(ここまでなのか……。結局、俺はこのわけのわからない力に呑まれて、街ごと……)
意識が遠のきかけたその時、鋭い砲撃音とともに通信が飛び込んできた。
『動きを止めるな、剣谷仁! 命じられるまで勝手に死ぬことは軍紀が許さん!』
鷹宮少佐の声だった。
仁が混濁する意識の中で視線を前方に向ける。鷹宮が率いる国防軍の装甲車部隊が、マジンオーの周囲に防衛線を展開し、臨界突破のエネルギーの渦中へと決死の援護射撃を敢行していた。戦車砲の一斉射撃が、マジンオーに肉薄していた狼型の足を強引に止める。放たれるエネルギーの余波で自らの装甲が融解していく中、鷹宮は通信に向かって叫び続けた。
『君は私に、下がっていろと言ったな!国防軍では防戦一方だと!ならば見せてみろ!その傲慢な言葉を証明するだけの、君の価値を!』
「……チッ、相変わらず偉そうに……!」
仁は、薄れかかる意識を反発心と共に踏みとどまらせる。なぜこの男が、ここまで自らの命を懸けてまで前線に踏みとどまっているのか、仁には全く理解できなかった。
だが、それよりも。
「おい、少佐……!勝手に値踏みするんじゃねえよ。価値だか何だか知らねえが、俺は深雪を泣かせたくねえんだ!」
仁の瞳に、闘志が宿る。それに呼応するように、マジンオーの魔神石が眩い光を放ち、折り重なる狼型の群れを弾き飛ばした。
(この高熱も、狂った鼓動も、すべて俺のエネルギーとしてネジ伏せる……! )
「俺の心臓が何でできていようが関係ねえ! 街を、アイツらを傷つける奴らは……この俺が、まとめて消し飛ばすッ!!」
その瞬間、マジンオーの両肩から、真紅の輝きを超えた、白色の熱波が放たれた。
「焼き尽くせ……! 『ツイン・ブラスター』ッ!!!!」
大気が爆鳴をあげた。
マジンオーの両肩から照射された白熱した閃光が戦場を薙ぐ。
一瞬で狼型の群れが――光の中へ消えた。
光が収まった後、戦場を支配したのは、完全なる静寂だった。その場にいる誰もが言葉を発せない。
湾岸の冷たい海風が、熱せられたアスファルトの煙をさらっていく。周囲の狼型は全滅し、マジンオーの輝きも、静かに真紅の微光へと落ち着いていった。
「……こいつは、強力すぎるぜ……」
コックピットの中で、仁は激しく震える手で操縦桿から手を離した。生体触手から解放され、凄まじい倦怠感と引き換えに、自分の人間の身体が戻ってくる。胸の奥の鼓動は、まだ熱く脈打っている。
ハッチが開き、夜風が仁の汗ばんだ顔を叩いた。見れば、少し離れた場所で煙を上げる装甲車から降りてきた鷹宮少佐が、無言のままマジンオーを見上げていた。
ただ、仁は気づいた。鷹宮が、酷く強張った指先で自身の胸元を強く握りしめているのを。
仁が不審そうに眉をひそめると、鷹宮はすぐにいつもの無表情へと戻り、冷たく、しかしほんの僅かに声を和らげて通信を繋いだ。
「……悪くない立ち回りだ。少々やりすぎだがな」
一瞬の沈黙の後、鷹宮はフンと鼻を鳴らし、いつも通りの堅物な少佐の口調に戻って言い捨てた。
「任務完了だ。ただちに機体を降りて車に乗れ。……帰還する。あの騒がしい民間人をこれ以上、待たせるわけにはいかんからな」
「へっ……人使いの荒い少佐殿だ。……帰ったら、深雪の飯、たらふく食わせてやるからな」
遠くから、パトカーや救急車のサイレンに混じって、自分を呼ぶ深雪の泣き叫ぶ声が聞こえた。
仁はマジンオーの頭部バイザーの向こうに広がる、暗い夜空を見上げた。
(……この先、いったい何が起こるってんだ……)
静寂の中、漆黒の魔神は月明かりを浴びて佇んでいた。
第一章「黒き魔神」、ここまでお読みいただきありがとうございました。
ようやく仁とマジンオーの物語が、本格的に動き始めました。
次章からは、彼らを取り巻く戦いも少しずつ大きくなっていきます。
次章「戦火の中へ」も、ぜひお付き合いください。
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