第26話『赤き皇帝、新生』
廃坑道の仮想戦闘空間で、シャドウカイザーが放った、一寸の無駄もない突きによって二機の魔神機がなすすべなく弾け飛んだ。
「――そこまでだ。時間切れだな」
鉄仮面の宣言と同時に、仁のマジンオー、エミリーのエンペラー・ルージュのシミュレーションが強制終了される。コックピットの中で仁は激しく息を乱し、魔神石の過負荷による鈍い胸の痛みに耐えていた。
「仁、お前は刃の恐怖を克服しつつあるが、未だ魔神石の出力に身体を委ねている。エミリー、お前は型の正確さに囚われ、石との真の同調を恐れている。二人とも、あの『クリムゾン』にはまだ遠い」
鉄仮面は機体から降りることなく、淡々と告げた。
「だが、敵はお前たちの成長を待ってはくれない。……アース・クローラーのレーダーが、地上の敵影を捉えた。ヴァイスマンの新型が集団でこちらに向かっている。お前たちの刃が本物かどうか、実戦で証明してみせろ」
その言葉の直後、廃坑道の天井から不気味な地鳴りが響いた。ヴァイスマンが放った、アース・クローラー追撃部隊。カモフラージュを破られた地下空間へ、無感情な魔神機の群れが岩盤を穿って侵入しつつあった。
「仁、エミリーさん、出撃準備を! カタパルトへ急いで!」
ブリッジの深雪の悲痛な叫びが、艦内に響き渡る。 仁がパイロットスーツのジッパーを跳ね上げて通路を走る中、整備ドックでは如月博士が、最終調整を終えたエンペラー・ルージュのハッチを力強く叩いていた。
「エミリーくん! 君の魔神石の内部回路へ、新たなセーフティ――真の安定化回路を組み込んだ! もう、偽物の石が君の精神を蝕むことはない!」
コックピットに着座し、赤毛の長髪を乱暴にまとめたエミリーは、計器類に浮かび上がる安定した出力波形を見つめた。かつて自分を狂気に陥れた暴走を示す赤い信号は、今や博士の手によって、完全に統御された青い光へと書き換えられている。
「如月博士……。私の命を、我が祖国の剣を、繋いでくれたことに感謝する」
「生きて戻りたまえ、エミリーくん。私の罪を、君のその美しい剣で、未来の希望へと変えてくれ……!」
博士の言葉を受け取ったエミリーの瞳に、もはや恐れはない。
「いくぞ、エミリー! 散々しごかれたんだ、あいつらをぶっ飛ばして発散してやろうぜ! マジンオー、出る!」
「ふふっ、悪くないな。……フランス国家防衛軍、エミリー=ヴァレフスキ少尉。エンペラー・ルージュ、抜錨する!」
カタパルトから射出された二条の光が、廃坑道の漆黒の闇を切り裂き、崩落する地上へと向かって突き進んだ。
地上は、割れた地盤から火の手が上がる焦土と化していた。
待ち受けていたのは、ヴァイスマンが送り込んだ近接特化型の新型特務魔神機、五機。それらは知性を持たぬ殺戮マシーンとして、正確なフォーメーションでマジンオーへと襲いかかった。
(……静かだ。不思議なほど、敵の動きがよく見える)
仁は魔神剣の剣先を上段から垂らすように構える。荒れ狂っていた魔神石の出力が、今は不思議なほど剣先まで静かに通っていた。
「動きが甘いぜ、機械人形……っ! 剣谷流……『柳』!」
マジンオーは、敵の放った超振動ブレードの軌道を紙一重の体捌きで見切り、受け流すと同時に、魔神剣の一撃で一機の装甲を真っ二つに叩き斬った。音を置き去りにするような、洗練された一閃。
しかし、残る四機が、死角からマジンオーの背後へと回り込み、一斉にブレードを振り下ろした。
「させない……! 我が前に立ち塞がる不敬なる者どもよ、その身を裂くがいい!」
通信回線を震わせたのは、エミリーの凛とした声だった。
エンペラー・ルージュのコックピットで、彼女の細い指先が、コンソールの最深部にあるパージ・レバーを毅然と押し下げる。
――システム・ラピエール・モード、完全同調。
白銀の西洋甲冑を模した外部装甲が、計算された火薬ボルトによって四方へと弾き飛んだ。
防御力を捨て去る代償として現れたのは、極限まで軽量化された赤色の超高速駆動フレーム。
以前の暴走とは違う。赤い超高速フレームは乱れることなく、エミリーの意志に応えて静止していた。
「――敵の増援、南東の地中より急接近! このままだとエミリーさんの死角を撃たれちゃう!」
アース・クローラーのブリッジで、操が誰よりも早く敵の軌道を捕捉し叫ぶ。
その報告を受けた鷹宮は、艦長席から冷静に告げる。
「見え透いた手だな……敵の増援の軌道は読めている。艦首を左に五度、迎撃弾道を開けろ。水城くん、慌てずに対応したまえ」
「了解! キャプテン!」
操の指先はキーボードを叩くのではなく、艦のサブジェネレーターを直結させるためのハードスイッチを狂いのない手際で次々と切り替えていく。
「深雪ちゃん、弾道予測の計算を回して! 艦首ミサイルポッド、対地迎撃の射角調整は私が!」
「了解です、操さん!」
操の完璧な艦内制御と深雪の予測支援によって、アース・クローラーから放たれた迎撃弾の群れが、エミリーを狙う敵の死角を完璧にカバーして撃ち抜く。
「――的確な援護、感謝する!」
エミリーはもう孤独な戦いをする必要はない。味方の頼もしい援護を背に、一気呵成に敵の群れへと突っ込んでいく。
残像すら結ばない、目視不可能な超高速移動。
背後の四機の敵機がマジンオーに触れるより早く、結晶細剣『インペリアル・サーベル』を持った赤い閃光が、戦場を十字に駆け抜けた。
金属の擦過音すら遅れて響くほどの速度で、エンペラー・ルージュの連続刺突が、新型機の関節部とセンサーを寸分の狂いもなく正確に貫いていく。
「エミリー……さらに速くなってやがる……!」
仁が目を見張る間にも、エミリーは一瞬で元の位置へと舞い戻り、インペリアル・サーベルを音もなく鞘へと収めた。直後、動きを止めていた四機の特務機が一斉に内部から爆発を叩き起こし、焦土へと崩れ落ちていく。
「見事だ、エミリー! 完璧にラピエール・モードを制御しおった!」
アース・クローラーのブリッジで、如月博士が歓喜の声を上げる。
赤毛のポニーテールを揺らしながら、エミリーは画面越しに仁へと視線を向けた。
「フン……野蛮な戦いしかできない貴殿に、私の洗練された剣技を見せてやったまでだ。仁、私についてこられるか?」
「へっ……言ってろ。お前が背中を護ってくれるなら、俺はいくらでも暴れられるぜ!」
二機は互いの死角を預けるように、並んで戦場へ向き直った。
その様子を、上空の雲海から見届けていたシャドウカイザー。
鉄仮面は若き戦士たちの新生を確認すると、何も語らぬまま、機首を反転させて夕闇の空へとソニックブームと共に消え去っていった。
「敵機、すべて沈黙! ……仁、エミリーさん、すぐにアース・クローラーへ戻って! 次の目的地へ向かいます!」
深雪のナビゲーションに従い、二機の魔神機はアース・クローラーへと帰還する。
ブリッジが勝利に沸く中、鷹宮だけは世界各地の戦況を知らせるモニターを無言で眺めていた。
(ワシントン……シベリア……パリに、大連が陥落か……戦況は圧倒的に不利、ヴァイスマンの目的も不明なまま。果たして我々は間に合うのか……?)
勝利の余韻を振り切るように、アース・クローラーは次なる戦場へと進路を取った。




