第25話『その向こうへ』
廃坑道の奥底に、またしても鋭い金属音が幾重にも跳ね返り、湿った暗闇を切り裂いた。
「そこまでだ」
鉄仮面の声が響くと同時に、仁の持つ真剣が宙を舞い、乾いた岩肌へと突き刺さった。仁は膝から地面へと崩れ落ち、荒い呼吸と共に大量の汗を土へと滴らせる。インナースーツは至る所が裂け、滲んだ血が泥と混じり合っていた。
「見え透いた攻撃だ、仁。お前は刃の軌道を体で覚えていない。オリジナル魔神石の出力という強大な『力』をただ振り回し、それに己の身体を合わせているだけだ。それでは、あの紅い魔神機には二度と勝てん」
鉄仮面は一歩も動かぬまま、手にした真剣の切っ先を仁の喉元へと向けた。
「あの紅い魔神機『エクリプス』……いや、軍のコードでは『クリムゾン』と言ったか。あのパイロットの技を見たはずだ。奴の動きには淀みがない。真の型を持たぬお前の暴力など、奴にとってはただの雑音に過ぎん」
「兄さん……!」
仁は喉元に突きつけられた刃を睨みつけ、拳を握りしめた。
かつて優しく剣の基本を教えてくれた兄の面影は、今、その冷たい鉄仮面によって覆い隠されている。
鉄仮面の言葉は容赦なく仁の未熟な心を抉り、パリの戦場で味わった敗北感をまざまざと蘇らせた。
「もう一度だ。立て。刃の恐怖に心が縮こまるなら、そのままここで死ね」
鉄仮面の無慈悲な声が、廃坑道の冷たい空気を震わせる。仁は歯を食いしばり、再び突き刺さった真剣を掴んで立ち上がった。その過酷な光景を、岩陰から道着姿のエミリーが、じっと見つめていた。
「……貴殿の兄は、狂っているな」
しごきが一時的に中断されたあと、薄暗いドックの片隅でエミリーは仁に包帯を投げ渡しながら、冷ややかに言った。赤毛の長髪が、廃坑道の僅かな作業灯に不釣り合いなほど鮮やかに浮かび上がっている。
「いや、狂っているのは私の方か。あのような無茶苦茶な修練を見ても、以前の私なら『野蛮な真似を』と吐き捨てていただろう。……だが、今の私には分かる。あの鉄仮面の男が言っていることは、残酷なほどに正しい」
エミリーは自らの細い両手を見つめた。爪が肉に食い込むほどに、強く握りしめる。
「私はフランスの威信を、ボナパルトの血脈を背負って戦っていたはずだった。だが、あの紅い魔神機を前にした時、私の心にあったのは、ただの『負けたくない』という醜い焦燥だけだった。その感情の揺らぎを、あの不完全な石につけ込まれ、操られた……」
「エミリー……」
「そして貴殿に命を救われ、私は今ここにいる。……私は騎士だ、仁。今度は誰かの偶像としてではなく、私自身の意志で戦場に立ちたい。……まあ、今の私にはそのための刃がないのだがな」
二人はそれ以上、言葉を交わさなかった。互いの傷を見つめるように、静かに次の試練を待った。
その頃、アース・クローラーのブリッジのさらに奥、厳重に隔離された実験室では、如月博士がエンペラー・ルージュから取り外されたデッドコピー魔神石と向き合っていた。
モニターに異常波形が走る。
博士は工具を握り直した。
「死んで詫びることなど、今の私には生ぬるい逃げ道だな……」
その言葉を誰にも聞かれぬまま、博士は不完全な石の内部回路へ新たな安定化回路を一本ずつ、確実に紡ぎ込んでいく。
——ヴァイスマンが潜む拠点の最深部、無機質なカプセルが並ぶ実験室。 そこには、激しい機械音と共に、無数のチューブに繋がれた黎の姿があった。
「がはっ……う、あ……!!」
黎は激しく身体をのけぞらせ、コックピットの中よりも凄まじい量の鮮血を床へと吐き散らした。看護ドローンが機械的にその血を拭き取っていくが、黎の顔色は死人のように土気色に変色している。世界同時侵攻で繰り返した超機動は、黎の肉体を確実に限界へ追い込んでいた。
「黎、これ以上の連続出撃は、君の細胞の崩壊を加速度的に早めることになる。私もそれは望むところではない」
淡々と告げるヴァイスマンのホログラムに対し、黎は溢れる血を乱暴に拭い、カプセルのガラスの向こうを見つめた。
そこには、同じく無数のチューブに繋がれ、ひときわ大きなカプセルで眠る少女の姿があった。
「……構わない。世界中のストーンが集まれば、ルミナスは目覚める……。そのためなら、俺の身体など、今ここで燃え尽きてもいい」
黎はガラスの向こうの少女から、一度も視線を逸らさなかった。
「剣谷仁……、次に出会う時が、俺たちの最後の戦いだ。不完全なオリジナルに、俺たちの未来を邪魔させはしない」
黎は再び、冷たい薬液の満ちたカプセルへと自らの身体を沈めていく。
「――最後だ、仁。エミリー」
鉄仮面の声が、一段と低く響いた。
仁とエミリーは、すでに生身ではなく、それぞれの精神をマジンオー、そして応急修理を終えたエンペラー・ルージュのコックピットブロックへと同期させ、仮想の戦闘領域を展開していた。
「お前たちに足りないのは、他者を圧する力ではない。己の肉体と、魔神石の出力を完全に『一体の刃』として研ぎ澄ます、絶対的な型の構築だ」
シャドウカイザーが静かに構えを取る。その構えは、マジンオーの荒々しさとは真逆の、極限まで無駄を削ぎ落とした剣谷流剣術そのものの姿だった。
「来い。お前たちの未熟な刃が、この鉄の壁を穿てるか、試してみせろ」
仁のマジンオーが魔神剣を構え、エミリーの意識が赤き皇帝の残像を揺らす。
二人の若き戦士が、鉄仮面という絶対的な壁を超えるべく同時に地を蹴った。




