第24話『フランスの誇り』
『マジンオー』第11話:『再会/鉄仮面の試練』なろう版2
——一時間後。
鉄仮面による過酷な真剣でのしごきによって、全身泥まみれ、衣服をボロボロに切り裂かれた仁が、恨み言を呟きながらブリッジの居住区へと戻ってきた。
「クソ……本当に殺す気で斬りかかってきやがった……。腹が減って死にそうだ……」
よろめきながら食堂の椅子に座り込んだ仁の視界に、妙な光景が飛び込んできた。
テーブルの上で、ぐったりと突っ伏して微動だにしない人影――水城操だった。
「……なっ、なんだこれ!? 操さん、死んでるのか……!?」
仁が慌てて駆け寄ると、その傍らで、エミリー=ヴァレフスキが勝ち誇ったような、しかしどこか満足げな顔で腕を組んでいた。
「ふっ、案ずるな。ただの気絶だ。どうも徹夜明けで体調が優れなかったようでな。我がフランス軍直伝の高栄養スープによって身体機能を回復させている」
仁はそのあまりに自信に満ちた表情を前に呆気にとられていたが、そんな仁の様子はお構いなしにエミリーが歩み寄ってくる。
「貴殿が私の命を救った黒き魔神の武人か。フランス国家防衛軍少尉、エミリー=ヴァレフスキだ。不本意ながら拝領したこの命、我が祖国の宮廷に伝わる至高の栄養料理を以て、まずは最初の恩義の返礼としたい」
「は? 料理……?」
仁が眉をひそめる間もなく、エミリーは調理室から自信に満ち溢れた手つきで、ひとつの深皿を運んできた。
「さあ、食すがいい。我がフランス軍直伝の高栄養スープだ」
皿の中で揺れていたのは、お世辞にも食欲をそそるとは言えない、禍々しい紫色をしたドロドロの液体だった。
「……おいエミリーさんよ。これ、魔神機の装甲板か何かか? 」
「無礼な!栄養価とビタミン、そして戦士に必要な鉄分を極限まで濃縮した結果だ! 黙って腹に収めろ!」
迫り来るエミリーの迫力に圧され、仁は覚悟を決めて紫色のスープをスプーンで掬い、口へと運んだ。
一秒後。仁の顔面から急速に血の気が引き、その身体が硬直した。
「……あ……味が……味が何もねえのに、強烈に苦い……!!」
「あ、仁!……間に合わなかったかぁ…」
そこへ、深雪が血相を変えて飛び込んできた。仁が白目を剥いてテーブルに突っ伏すのを見て、彼女はエミリーの手から力ずくでスープの皿を取り上げた。
「ちょっとあなた! 仁に変なものを食べさせないで! 栄養があれば何でもいいわけじゃないの! ここはアース・クローラーなんだから、勝手な真似は許しません!」
「何だと!? 私は良かれと思って――」
「ああ!?よく見たら操さんまで!?いい加減にしなさーーーい!」
——艦内の食堂に怒鳴り声が響く一方、アース・クローラーの医務室では、五條鏡子がタバコをくゆらせながら一つのタブレット端末を睨みつけていた。
「……信じられないわね。魔神石の過負荷による心肺機能への負担、そして全身の筋肉組織の崩壊と再生……。普通の人間の身体なら、とっくにショック死しているレベルよ」
軋む回転椅子の上で脚を組み直し、鏡子は冷ややかな視線をカルテに向ける。
「……まったく、あの一直線バカは、あの鉄仮面と対面した途端にまた無茶をして……毎度毎度面倒を見る医者の身になってほしいものだわ」
「……その『無茶』を許しているのも私だ。五條中尉」
低い声と共に、医務室の自動ドアが開き、軍服姿の鷹宮が静かに入ってきた。その腕や肩にも、先の戦いで負った包帯が巻かれている。
「司……あなたまでそんな身体でよく歩き回れるわね。自分の心拍データも見た? いつ倒れてもおかしくない数値よ。少しはゆっくり眠りなさい」
鏡子が鋭いメスのような視線を向けると、鷹宮は苦笑交じりに首を横に振った。
「止まるわけにはいかない。剣谷が、あの鉄仮面から課された地獄の特訓を乗り越えなければ、ヴァイスマンに勝てない。無論、剣谷だけに無茶をさせるつもりはない。私たちにも、やるべきことがある 」
鷹宮の言葉に、鏡子は大きく息を吐き出しながら、白衣のポケットに聴診器をしまう。
「……分かったわよ。ただし、私の予測を超える負荷がかかったら、その時はどんな手を使ってでも強制的に麻酔で眠らせる。艦長だからって容赦はしないから覚悟しなさい」
「……頼みます」
――深夜。整備ドックの奥深くでは、如月博士が一人、ライトを手にエンペラー・ルージュの剥き出しになったコアを見つめていた。
フランスの技術者が、博士の過去のデータを盗み出し、見よう見まねで作った不完全な『デッドコピー魔神石』。
「すまない……。私の遺した過去の遺産が、あの若き騎士の命を蝕んでいたのだな……」
博士の眼鏡の奥の瞳から、一筋の涙が溢れた。だが、博士は震える手で工具を握り直した。
「今度は、私の今の技術で、その偽物の石に真の安定化回路を組み込んでみせる。二度と、あの娘に狂戦士の真似はさせない……!」
博士の瞳の奥の炎が、暗いドックで静かに燃え上がる。
一方、廃坑道の入り口が見える岩棚の上では、漆黒のシャドウカイザーの機頭の上に、鉄仮面の男が佇んでいた。
その冷たい瞳は、暗闇の向こうで蠢く、ヴァイスマンの新たな影をすでに捉えていた。
『……仁。残された時間は……僅かだ』




