第23話『鉄仮面』
シャドウカイザーから受け取った座標情報を基にアース・クローラーが潜伏したのは、オーストリア・アルプス山脈の地下に放置された、かつてO.G.Eストーンを採掘していたという無人の廃坑道だった。広大な地下空間は湿った土と錆びた鉄の臭いが充満し、激しく損傷した超大型潜陸艦はその中に巨躯を横たえている。
仁はマジンオーのコックピットから降り、汗の染み込んだインナースーツの襟元を乱暴に引っ張った。その視線の先では、パリの戦場で仁が強引に引き剥がしたエンペラー・ルージュのコックピットブロックが、如月博士たちの手によって慎重に艦内の整備ドック奥部へと運び込まれていく。
「…ここか?指定されたポイントは…」
仁は、アース・クローラーのドックから、無機質な岩肌がのぞく地下空間へと降り立ち、周囲の様子を慎重に伺う。
「――気を緩めるな、仁」
背後から響いたのは、硬質な機械の足音と、冷徹極まる男の声だった。
仁が振り返ると、暗がりの中から、あの漆黒の可変魔神機『シャドウカイザー』から降り立った男が歩み寄ってくるところだった。
その顔面は不気味な鉄仮面で完全に覆われ、首から下はところどころに機械のパーツが剥き出しになっている。鉄仮面の下に兄の面影を探そうとしても、冷たい鉄の意匠がそれを拒んでいた。
「兄さん……本当に、兄さんなのかよ。なんでそんな姿に……」
「今の私に名はない。――構えろ」
鉄仮面の奥のくぐもった無機質な声が、感情の起伏を排したまま響く。
鉄仮面の男は仁の返事を待たず、腰のホルダーから鈍い光を放つ真剣を引き抜き、仁の足元へと容赦なく投げ捨てた。
岩肌に突き刺さった刃が、冷たい金属音を立てて震える。
「マジンオーで戦闘するお前の動きを見た。形ばかりの型をなぞっているだけの、ただの泥縄だ。オリジナル魔神石の出力に身体を振り回され、獣のように暴れているに過ぎない。その程度の練度では、近いうちにその心臓をヴァイスマンに抉り取られるぞ」
「なんだと……っ!? 」
仁の脳裏に、あの赤い魔神機『クリムゾン』に叩きのめされたパリでの敗北が蘇る。
「拾え。刃を恐れるなら、今ここでその首を置いていけ。今日からお前の甘えをすべて叩き潰す」
鉄仮面の身体が、人間離れした速度で駆動し、容赦ない打撃が放たれる。仁は反射的に真剣を拾って防戦に回るが、一撃ごとに骨が軋み、廃坑道の冷たい地面へと幾度も叩きつけられた。捌きを僅かでも誤れば、自らの刃で肉を裂かれる。それは、文字通りの地獄の幕開けだった。
その頃、アース・クローラーのブリッジに隣接する臨時居住区のベッドで、エミリー=ヴァレフスキは覚醒した。
「……ここは……」
上半身を起こすと、燃えるような赤毛の長髪が揺れた。
エミリーは自分の身体を見回した。フランス軍のタイトな礼服は脱がされており、代わりに着せられていたのは、サイズが明らかに合っていないダボダボの、どこか古臭い藍色の剣道着だった。
「目が覚めた? 無理に動いちゃダメだよ」
声をかけたのは、コンソールから離れて氷嚢を持ってきた深雪だった。
「あなたが乗っていた機体のコックピットを、仁が命がけでこじ開けて助けたの。ここは移動潜陸艦アース・クローラー。私たちはヴァイスマンからも、国防軍からも追われている身よ」
「黒き魔神のパイロットが……私を?」
エミリーは、粗末な道着の袖を握りしめ、自嘲気味に目を伏せた。
祖国の威信を背負い、世界の中心たるフランスの誇りを見せつけるはずだった。しかし現実は、不完全なデッドコピー魔神石に精神まで浸食され、狂戦士のように暴走した末に、野蛮と断じた他国の魔神機によって救われるという、この上ない屈辱だった。
「……私は、フランス国防軍の騎士だ。ただ生かされて、ここで恥をさらすわけにはいかない」
「気持ちは分かるけど、あなたの身体も、機体のコアもボロボロよ。まずは休んで」
深雪の言葉を無視し、エミリーはベッドから脚を下ろした。
「ならば、せめてこの命を救ってくれた者たちへ、誇り高きボナパルトの血脈に連なる者としての礼を尽くさねばならない。……キッチンはどこだ?」
「え? キッチン?」
深雪が呆気に取られている間に、赤毛の長髪をなびかせながら、フランスのエースはまっすぐに居住区の調理室へと歩き出してしまった。




