第22話『座標』
「他人の心配をしている余裕があるのか、剣谷仁」
通信に割り込んできたのは、黎の冷然極まる声だった。
「……了解です、ドクター」
「時間がない。一瞬で終わらせる」
クリムゾンは着地と同時に、淀みのない鋭い打撃をマジンオーの腹部へ叩き込む。救出したコクピットブロックを庇いながら戦う仁は、完全に守勢に回らざるを得なかった。
その瞬間、激しい格闘戦の衝撃を通じて、再び黎の背負う記憶のビジョンが仁の脳裏へ直接流れ込んでくる。
――重く、低い駆動音。
淡い光を放つ、冷たいカプセル。
その中には、いつか見た少女。
黎は口の端から滴る血を拭いながら、膝をつく。
青緑の光の中、震える手で薬品を口に押し込む。
『……まだだ。ルミナスは、僕が……』――
「――ッ!!」
(――これは――あいつはやっぱり俺の――それにあの子は、どこかで――)
仁が一瞬思考を巡らせた隙を見逃さず、すかさずクリムゾンの強烈な蹴りがマジンオーを吹き飛ばす。
「がはっ……お前、なんでそんな身体で、そこまで戦えるんだ……!」
動揺と、オリジナル魔神石の過負荷による心臓の激痛が仁の肉体を襲う。
動きの鈍ったマジンオーに対し、クリムゾンは容赦のない追撃を放つ。紅い機体の重い一蹴りがマジンオーを吹き飛ばし、漆黒の巨躯がパリの石畳へと激しく叩きつけられた。
「しぶといな。……感情に振り回される不完全な存在は、ここで消え去れ」
クリムゾンの刃が振り下ろされる。
仁は咄嗟に魔神剣で受ける。
「ぐ……っ!」
救出したコックピットを庇ったまま、両腕でただ刃を受け止める。
勝てない。だが、退くわけにもいかない。
『黎、時間だ。データ収集は完了している。撤退しろ』
クリムゾンのコックピットの中で、モニター越しヴァイスマンからの命令が響く。
「――拒否します、ドクター。こいつは、ここで殺す」
『目的を見誤るな。お前がこれ以上損耗すれば、『彼女』の目覚めに影響が出る。……撤退しろ』
「……っ!」
黎は操縦桿を握る力を弱めた。
「……了解しました。ドクター」
クリムゾンはブレードを引き、忌々しげに機体を反転させた。
「命拾いしたな、剣谷仁。……俺に殺されるまで、せいぜい足掻いてみせろ」
黎がそう言い残すと、クリムゾンは音もなく立ち去った。
「……ルミナス」
仁は呆然としながら、脳裏に響いたその名前を口にしていた。
静まり返るパリの街。
そこへ、どこから現れたのか――漆黒の魔神機『シャドウカイザー』が静かに降り立つ。
「ど、どこから現れやがった……いや、それよりあんたは……一体誰なんだ……! なんで、親父の、剣谷流の技を……!」
沈黙。
やがて、ノイズ混じりの通信回線から、低く、無感情な男の声がアース・クローラーのブリッジとマジンオーのコックピットに響き渡った。
『――その程度の力で、ヴァイスマンを止められると思うな。……死にたくなければ追ってこい、仁』
身動きをとれないでいる仁を尻目に、シャドウカイザーは再び飛行形態へと変形し、音速を超えて夕闇の空へと消え去っていった。マジンオーのコクピット内モニターには、シャドウカイザーから送り付けられた座標情報だけが表示されている。
「危険な状態だ……!鷹宮くん、エンペラー・ルージュとパイロットの回収を急いでくれ!」
「承知しています。……回収班、直ちに現場へ迎え!取り扱いは慎重にな!」
アース・クローラーの回収車両が、戦場に残されたエンペラー・ルージュの機体と引きはがされたコックピットブロックを収容していく。
アース・クローラーは、救出した異国の騎士と、暴走した「偽物」の魔神石のコアを乗せ、シャドウカイザーが示した次なる座標――アルプスへと舵を切った。




