第21話『狂乱の騎士』
地中と海底の暗闇を突き進む超大型潜陸艦アース・クローラーのブリッジには、世界全土から発信される悲鳴のような警告信号が鳴り響いていた。
「アメリカ、ワシントンD.C.のストーン貯蔵庫が沈黙……! 空戦型と交戦中の『スター・イーグル』隊、二番機と三番機が大破しました…!」
臨時オペレーターの席に座る深雪の声が、血の気が引いたように震えていた。
メインモニターには、世界同時侵攻の惨状を伝えるニュース映像が次々と映し出されていく。
シベリアの猛吹雪の中、ロシアの超重装甲機『アイアン・フォートレス』が鉄壁の盾となって無人機集団を足止めするも、照準すら追いつかないクリムゾンの超機動の前に装甲を一点突破され、静かに崩壊していく。
「こんな…こんなのって…あんまりじゃない…」
目の前のモニターに広がる凄惨な光景に、深雪は思わず目を覆う。しかしその間にもモニター上には各国の戦況の情報が無慈悲に表示され続ける。
「深雪ちゃん、落ち着いて。今私たちにできるのは一つ一つの情報を処理していくことだけよ」
深雪の背後、まだ包帯を巻いたままの操が、メインコンソールに陣取りながら破損した回路を応急処置し、冷静かつ凄まじい手際で無数のアラートを仕分けしていく。
「深雪ちゃん、そっちは私に任せて、前方空域の索敵に集中して」
「操さん…ありがとうございます」
その時、広域解析モニターに、フランス・パリの戦況が拡大投影された。
「フランス、パリ防衛線! 『エンペラー・ルージュ』、出力が危険領域に達しています!」
画面の向こう、白銀の機体が、ガンランスで無人機を次々と貫いていた。 しかし、その動きはどこか正気を失っているように見える。
――パージ・シークエンス、強制執行。
画面の中で、エンペラー・ルージュの西洋甲冑を模した外装プレートが、内側からの凄まじいエネルギーによって爆発的に弾き飛ばされた。
防御力を完全に捨てた代償として現れたのは、限界まで軽量化された赤色の超高速フレーム。残像を結ぶほどの目視不可能な速度で、エンペラー・ルージュはヴァイスマンの無人機だけでなく、味方の戦車までをも無差別に切り裂く狂戦士と化していた。
「まずい…不完全な石が臨界突破を起こせば、都市ごと消滅してしまう! 鷹宮くん、急ぐんだ!」
如月博士の悲痛な叫びと共に、アース・クローラーはパリの地中深くから急速浮上した。
「仁、あのフランス機の臨界を止め、パイロットを救出する。ただし、クリムゾンが近くに潜んでいる可能性が極めて高い。時間はないぞ」
「分かってる……! 命令されなくても、あのじゃじゃ馬を力ずくで止めてやる!」
カタパルトから地上へと射出されたマジンオーは、すでに装甲をパージして赤銀のフレームを剥き出しにしたエンペラー・ルージュの前に立ち塞がった。
「そこを退け、野蛮なる黒き魔神よ……!私は、我が祖国を、崩壊する世界を救わねばならないのだ!!」
通信回線から響くのは、パイロットの狂気的な声だった。
目視不可能な速度で迫るサーベルの連続刺突。マジンオーの装甲に火花が散り、強烈な金属音が戦場に連打される。
(速い……!装甲を捨てたあいつのスピードは、予測の範囲を超えてやがる……ッ!)
刺突を受け止めようとした腕を掠め、白銀の刃が装甲を鋭く削ぎ落していく。
まともに正面からやり合えば、こちらの機体が持たない。
「目を覚ましやがれ! そんな偽物の石に、自分の命まで食われんじゃねえ!」
視覚では追えない。ならば、見る必要はない。
仁は瞼を落とし、幼い頃から身体へ叩き込まれた剣谷流の呼吸へ意識を沈める。
研ぎ澄まされた剣士の感覚が、神経接続されたマジンオーの装甲を通じて、わずかな空気の震えを感じ取る。
(――――ここだッ!)
仁は高速の突きを紙一重で見切る。わずかでもタイミングがズレればコックピットごと貫かれていた。
だが、極限まで集中した仁はサーベルの軌道を受け流すと同時に、『魔神剣』の腹を使い、エンペラー・ルージュの胴体を強烈に叩きつけた。
衝撃で動きの止まった赤銀の機体へ接近し、マジンオーの手によって、暴走するコックピットブロックを強引に引き剥がす。
剥き出しになったコックピット内で、フランスの女性パイロットがその美しい顔を血で赤く染めながら、虚ろな目で仁を見上げている。仁はその悲惨な姿を見て、怒りではなく、深い胸の痛みを感じていた。
(…こんな、こんな姿になっちまうのかよ…石に取り込まれるとよ…)
胸の奥、魔神石の拍動が冷たくなっていく――仁はコックピットからこちらを見上げる女性の姿に、自分の未来の姿を重ねて戦慄した。
「フランス機、エンペラー・ルージュのパイロットを確保! 仁、すぐに離脱して!」
「浮上角よし、カタパルトの回収シークエンス、いつでもいけるわ!」
深雪の鋭いナビゲーションに合わせ、操が艦の浮上ポジションを微調整する。しかし、マジンオーが反転しようとしたその瞬間、灰色の硝煙を切り裂いて、あの禍々しい紅い機体が上空から音速で舞い降りた。




