第2話『巨神』
仁の腕の中で、男女の幼子が声も出せずに震えている。
「なあ、草太。今日は特別に、刀の握り方を教えてやる」
そう言って、仁はきつく木の棒を握りしめた男の子の手を包むように握り、立ち上がらせる。
「草太。俺は行かなきゃならない。結衣ちゃんも、深雪の姉ちゃんもお前が守らないといけない。できるか?」
「……うん。おれがまもる。まかせて」
「よし。お前、最高にかっこいいぜ」
仁が男の子の髪をくしゃくしゃと撫でる。
仁は振り向くと、軒先に停めていた年代物のガソリンバイクに跨がり、セルを回した。
今では珍しい無骨なエンジン音が、警報の鳴り響く街に低く轟く。
「深雪、お前はチビ達を連れてシェルターへ行け!」
「仁はどうするの!? まさか、おじ様のところへ行く気!?」
「ああ! 行け!」
仁はバイクのアクセルレバーを握る。
その手を、深雪の手が掴む。
「仁…帰ってくるよね…?」
その瞳にはすでに大粒の涙が溜まっている。
仁はその涙を指で拭いながら、いつものように大きく笑う。
「今日の晩飯は?」
「……か、カレー……」
「じゃあ、早く帰んないとな」
瞬間、仁は深雪の胸を力強く押し、避難の列へ向かうよう視線を送る。
前を向き、アクセルを思い切り握りこむ。爆音を響かせながら小さくなっていく背中を、深雪は見送ることしかできなかった。
「仁——!」
深雪の叫びは喧騒のなかに、ただ消えていく。
——如月研究所の方向からは、黒煙が立ち上っていた。
(早く……早く着いてくれ……!)
エンジンが焼ききれそうなほどフルスロットルでバイクを走らせる。エンジンの悲鳴と呼応するように、胸の熱が増していく。
如月研究所の敷地内に到着すると同時に仁はバイクから飛び降り、施設内へ駆け出す。
半壊した研究所の中、黒い煙を払いながら中央管制室にたどり着くと、血を流して倒れている如月博士を抱き起こす。
「じいさん!生きてるか!じいさん!」
仁の声に気付いた老人、如月博士が力なく上半身を起こす。その顔には一瞬安堵の色が浮かぶが、すぐに険しい顔つきへと変わる。
「仁……馬鹿者が……ここには来てはならんと……」
「何言ってんだ!いいから早く逃げるぞ!」
「無理だ……。奴らの狙いは、『始まりの石』……そして、それを目覚めさせられる唯一の……」
「さっきから、何を耄碌してんだじいさん……!ほら、起こすぞ!」
博士の手が仁の胸元を掴む。言葉の続きは、凄まじい衝撃波によって遮られた。
天井が吹き飛び、格納庫の壁が崩落する。
瓦礫の向こうから、巨大な狼型の怪物が顔を覗かせた。
次の瞬間、その腕が、博士と仁に向けて無慈悲に振り下ろされる。
「じいさんッ!!」
仁の胸の奥で、何かが弾けた。
世界が一瞬、静止したような錯覚。
仁の心臓から放たれた衝撃波が、眼前の鉄塊を数メートル弾き飛ばす。
仁の胸から、赤い光が迸っている。
仁の意識は、すでに現実の向こう側にあった。地中深く、研究所の最深部。そこに封印された「巨大な漆黒の塊」の鼓動が、自分の心臓の音と完全に重なり合う。
『――そこは、温かい?』
どこからか少女の声が聞こえた気がする。
だが今はそれどころではない。仁はすでに気絶した如月博士を肩に担ぎ、迷いなく格納庫の底へと続く緊急ハッチへ身を投じた。
研究所には不必要なほど長く続くエレベーターが高速で下降する。
辿り着いた暗闇の底の空洞に、『それ』は佇んでいた。
自分の背丈の十倍以上はあろうか。禍々しさすら漂わせる漆黒の巨神の足元に歩み寄ると、脚部の巨大さに圧倒される。
視線を上げると、その胸部には妖しく明滅する巨大な結晶——『魔神石』が光る。さらにその上、鋭いツインアイのバイザーと、天を突くようなブレードアンテナが闇に浮かんでいる。
「で、でけえ……コイツ、あのバケモンと同じか、それ以上に……」
爆音が、地鳴りが、強くなる。
理不尽な「死」の足音が近づいてくる。
物言わぬ巨神の胸が、赤色の光を明滅させている。
そのリズムは、仁の心臓の鼓動と呼応しているようだった。
「……お前が、俺を呼んでいたんだな」
仁は如月博士をドックの隅へ静かに横たえさせると、地下空間をぐるりと見まわす。
地上から伝わる振動は、続いている。
「……俺もつくづく物分かりがいいぜ。俺がやるしかないんだよな?」
冷たい空洞に、仁の声だけが響く。
「……ああ。深雪を泣かせたあいつをぶちのめす」
仁は力任せに両手で自らの頬を張る。
その時、自分の脚が震えていたことに初めて気付いた。だが、やるしかない。
仁は勢いよく剥き出しになっていたコックピットへ飛び込む。シートへ身体を預けた瞬間、無数の生体チューブが肌へと食い込んだ。
「あああああああああああッッ!」
痛みはない。あるのは、脳髄が沸騰するほどの膨大な情報の奔流。巨神のカメラが捉える光景が、そのまま仁の視界として定着する。
「はぁ……はぁ……」
数秒。仁は呼吸を整えながら思考を整理する。
(……『マジンオー』。そうか、お前は……)
奔流する情報の中で、知らないはずの名が、最初から知っていたかのように浮かぶ。
そして胸の熱が、巨神の鼓動と重なった。
その刹那、どこからか言いようのない怒りが湧き出し、仁の視界を赤く染める。むき出しの感情を己の胸へと叩きつけ、仁は叫んだ。
「目を覚ませ……ッ!マジンオーッッ!」




