第18話『アース・クローラー』
クリムゾン率いる軍勢を辛くも退けてから2日。
如月エネルギー研究所の周囲は未だ、硝煙と焦土の臭いに包まれていた。研究所は外壁の大半を喪失し、骨組みを晒している。地下ドックのベンチで、仁は自分の両手を見つめていた。先の戦闘の強烈な負荷が、今も胸の奥の魔神石を冷たく拍動させている。
しかしそれ以上に彼の心中に暗い影を落としていたのは、あの漆黒の機体から響いた、死んだはずの兄の声だった。
「兄さん……あれは本当に兄さんなのか……?」
MIA――行方不明といいつつも、五年という歳月が持つ意味を仁は理解していた。だが、仁の脳裏に焼き付いたその残響は、時が経っても消えるどころか、喉に刺さった棘のように痛みを増していた。
「――すぐにここを発つ。剣谷、私物をまとめろ」
地下ドックの硬い床を響かせて歩み寄ってきたのは、鷹宮だった。その軍服には一分の乱れもなかったが、手にした端末の画面を見つめる瞳は、かつてないほど鋭く尖っている。
「発つって……どこへ行くんだよ、少佐。操さんだって、まだ起きたばかりだぜ」
「国防軍上層部が、マジンオーの強制接収命令を下した。無人装甲車の一個大隊が、すでにこのエリアを包囲しつつある」
鷹宮の口調には、迷いがなかった。
「少佐……あんた、いいのかよ。本当の本当に軍を裏切れば、もう戻れねえんだぞ」
「……構わん。五年前と同じ選択をするつもりはない」
鷹宮もまた、あの日聞いた声の正体について、答えを出せずにいた。
聞き間違えるはずもない、自分の過ちによって失ったはずの元上官の声。
だが、今は迷っている時ではない。
鷹宮は仁の胸元――魔神石の心臓がある場所を真っ直ぐに見据えた。
「私は二度と、目の前の命を見捨てる言い訳に『組織』を使わない。軍を裏切るのではない。私は、一人の人間としての意志で、お前たちと共に地獄へ行くと決めた。……如月博士、例の『揺りかご』を」
通信モニターの向こうで、如月博士が深く頷いた。
『分かっている、鷹宮くん。』
『……仁。この如月エネルギー研究所がオリジナル魔神石——『始まりの石』を研究、保護することを目的に建造されたことはお前も知っているな?』
「そんなもん小学生でも知ってるよ。正直、耳タコだぜ。」
『では、これは知っているか?……お前の胸で脈打つ石と、マジンオーの炉心にある石――あれは元々、一つのオリジナル魔神石を二つに分けたものだ』
「……そういうことかよ。初めてマジンオーに乗った時からそんな気はしてたぜ」
『……驚かんのか?』
「だから言ってんだろ。マジンオーに乗ってると、とにかく頭ン中に情報の波が押し寄せるんだよ。むしろ妙に懐かしい感覚の理由がわかってすっきりしたぜ。」
『……そうか。だからこそ、お前とマジンオーはあれほど強く共鳴する。……我々は、ヴァイスマンの手からも、軍の思惑からも、お前とマジンオーを守り抜かねばならん』
博士が中央コンソールの最深部にあるレバーを力強く押し下げると、研究所の全域に、重低音の駆動音が鳴り響いた。
仁と鷹宮の視線が交わる。ただ鷹宮は仁を見据え、仁は静かに頷き返す。
地響きとともに床が裂け、壁が歪み、巨大な隔壁が複雑な幾何学模様を描きながら組み替わっていく。
国連直属の重要施設として建造された如月エネルギー研究所――その地下基礎の正体は、有事の際に魔神石をあらゆる脅威から退避させるための移動拠点型・超大型強襲潜陸艦『アース・クローラー』だった。




