第11話『鏡』
『剣谷、落ち着け! 敵の格闘技術の精度は君を上回っている。技で勝てないなら、力押しで行け!』
通信機から鷹宮の声が飛ぶ。
「分かってんだよ……っ!!」
仁の心臓――魔神石が、その怒りに呼応して内側から激しく、禍々しく脈打ち始めた。マジンオーの四肢の隙間から、エネルギーが紅い稲妻となって奔り、周囲の空間を焼き焦がしていく。
モニターに表示される残り時間は四十二秒。マジンオーは敵の連撃をあえてその装甲で受け止めながら、強引にその懐へと踏み込んだ。
「これなら……どうだぁぁっ!!」
相打ち覚悟の、至近距離から一撃――魔神剣を引き抜く暇さえ惜しんだマジンオーの怒りの鉄拳が、紅い魔神機の顔面へと直撃した。
凄まじい破壊音とともに衝撃波が周囲の霧を吹き飛ばし、敵機の頭部装甲と胸部装甲が、左半分から派手に吹き飛んだ。内部の密閉コックピットが露出し、その中にいるパイロットの姿が、マジンオーのメインカメラによって大映しになる。
同時に、その映像は如月研究所の指令室、そして国防軍の鷹宮の端末へと同時に転送された。
『う、嘘……何これ、どういうこと……!?』
研究所の女性オペレーターの、凍りついたような声が通信回線に響く。
指揮車の中で、鷹宮もまた、持っていた端末を落としそうになるほどの衝撃に目を見開いていた。
紅い魔神機の中、ヘルメットのバイザーが激しくひび割れ、そこから覗いていたのは――。
冷たく、感情が一切抜け落ちた、だが剣谷仁と完全に、「同じ顔」だった。
「……え……?」
仁は、コックピットの中で言葉を失った。
モニターの向こうにいるのは、紛れもなく、自分自身の顔だった。自分と同じ年齢、同じ造形。だがその肌は青白く、瞳はまるで死んだ人形のように冷たく、昏い。
『……適合率100%のオリジナル。その程度か、剣谷仁』
敵の、自分と同じ声が、通信回線をジャックしてマジンオーのコックピットに直接響いた。
『お前のような、感情に振り回される不完全な人間に……ルミナスを渡すわけにはいかない。お前は、ここで俺が排除する』
——残り二十四秒。
紅い機体が、トドメを刺すべく右腕からブレードを突き出そうとした――その時。
『敵機の内包エネルギーが急激に不安定化しています!』
オペレーターの叫びと同時に、紅い機体の動きがピタリと止まった。
コックピットの中で、その男の顔が苦渋に歪む。男は胸を押さえ、激しく咳き込んだ。バイザーの内側に赤い飛沫が散る。
「クッ……ここまで、か……」
男は憎悪をにじませた眼で一度だけマジンオーを睨みつけると、機体を翻し、背面の推進器から炎を爆発させて、灰色の雲の向こうへと高速で離脱していった。
戦場には、再び海霧と、冷たい強風の音だけが残された。
『剣谷! 残り十一秒だ! 戻れ!』
鷹宮の声を受け、マジンオーはメンテナンス・ハッチへ歩を進める。
マジンオーのコックピットの中で、仁は両手で自らの顔を触りながら、激しく呼吸を乱していた。
まるで鏡でも見ているような強烈な違和感に眩暈すら覚える。
「なんでだ……。なんであいつ、俺と同じ顔をしてやがった……? あいつは……俺は一体なんなんだ……!?」
——残り時間、三秒。
メンテナンスハッチの扉が閉ざされる中、恐怖と混乱が、仁の魔神石の鼓動を狂わせていく。
一方、国防軍の指揮車の中。
鷹宮は、紅い機体が去っていった空を見つめたまま、拳を強く握りしめていた。
「あれは、剣谷の…?いや、そんなはずは…」
鷹宮はすぐに端末を操作し、地下医務室にいる五條鏡子の回線へと繋いだ。
画面に映った鏡子は、すでに新しいタバコに火をつけ、その煙を深く吸い込んでいる。
『司。……今見たのは、間違いなく――』
「分かっています、五條先輩。……この戦闘データは、軍のメインサーバーに自動転送される前に、あなたの方で完全に消去、あるいは別のダミーデータへカモフラージュをお願いします。『もう一人の剣谷仁』の存在が上層部に知れれば、それこそ彼は生きて基地を出られない」
鏡子はタバコの煙を画面越しに吹き出し、自嘲気味に笑った。
『了解したわよ、後輩。……本当に、泥沼に足を踏み入れちゃったわね、私たちは』
そう言って、鏡子は静かに通信を切った。
激しく震えるマジンオーのコックピット。青年の胸の奥で、魔神石の心臓が、不気味なほど重く脈打ち続けていた。




