8. 七日分出してくれ
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それから、ルクレツィオたちがカルファーニア領内の街や農地の様子などについて話していると、再度ドアがノックされた。
入室してきたのは、カルローネとカシラギの二人だ。
「失礼します。セラフィーナ嬢の診察が終わりました」
「ああ、ご苦労だった。診断は?」
ルクレツィオが早速報告を促すと、カルローネは帳面を捲りながら答えた。
「栄養失調ですな。それと、体調不良を魔力でカバーするのが常になっているようです」
「なんだ、それは」
栄養失調だろうと思ってはいたが、予想外の事を言われ、ルクレツィオは思わず聞き返した。
「栄養不足になると、身体の活力がなくなって倦怠感が強くなったり、眩暈を頻繁に起こしたりするのですが、その活力の部分を魔力で補ってしまっているのですよ。なので、一見生活には支障がない状態のように見えますが、実態は魔力を消費し続け、お身体の状態もじわじわと悪くなり続けています」
帳面をパタンと閉じて、カルローネはルクレツィオを見る。
「一旦対策として、魔力での補助を続けたまま、まず身体に栄養をつける事にしました。この辺はテレーザ殿に詳しい説明をしております。他の不調は見られないので、薬の処方は今回はございません」
「そうか……」
「後日、診断書を作成してお持ちしますね」
「ああ、ありがとう」
カルローネに礼を伝え、ルクレツィオはカシラギに顔を向けた。
「カシラギ殿も、ご苦労だった」
「全く……まさかお若いご令嬢の診察に立ち会う事になるなんて思いませんでしたよ。ある意味戦場より緊張しました」
カシラギは盛大にため息をついて愚痴をこぼしてきた。軍医であるカシラギは、普段は無骨な軍人の相手ばかりしているので、確かに貴族令嬢相手では勝手が違い過ぎるだろう。
セラフィーナの診察結果は、虐待の証拠の一つとして城に提出する。セラフィーナが『聖女』であるため、王族が国として多少の介入を望んだことから、城付きの医者が立ち会いで派遣されることになった。だが、ルクレツィオがあまり知らない人間を邸内に入れることを拒む質のため、軍で関わりのあるカシラギに白羽の矢が立ったのだ。
「すまない、恩に着る」
「人見知りもほどほどにしてください」
「人見知りではない」
ルクレツィオは罰が悪そうに顔を逸らす。カシラギはそれを見てくつくつと笑った。
カシラギは細身の体躯から軍の新入りに舐められやすいが、彼をよく知る者からは恐れられている。治療を軽視したり拒んだりすると一瞬で氷漬けにされ、容赦ない治療が施される。将軍さえ氷漬けにした事があるという噂があるが、真相は定かではない。当然、カシラギはルクレツィオを恐れない。
「……それで、アンドルフィ殿、あそこにあるのは、セラフィーナ嬢の荷物ですか?」
カシラギが作業机に広げられた荷物を指差す。
「ああ、そうだ。虐待の証拠品としてとってある」
「これから城へ報告に戻るので、ついでに持って行きましょうか」
「いいのか?」
「ええ。殿下へ報告の際、一緒にお見せしておきますよ」
「では、頼む」
ルクレツィオの合図で、アロルドとテオドロが、作業机の上に並べられた荷物を鞄の中に戻していく。それを眺めて待っているカシラギへ、ジルベルトが声をかけた。
「恐れ入ります、カシラギ様。こちらをご覧いただけますか」
何やら書き込まれた紙束をカシラギに手渡す。
「これは?」
「『恵みの力』を浴びる機会がございましたので、その時から本日までの体調の変化などを記録しております。私と母、御者二名と護衛兵士たちの分です。ご興味があれば」
「おお、これは興味深い! よく記録されましたね」
カシラギの顔が、分かりやすく喜色に輝いた。
「平常時との比較がないのですが、とりあえず、『恵みの力』を浴びる前の状態については、日々の通常の体調確認の記録を添えております。身体能力の状態については、完全に各々の主観になります」
「いや素晴らしい。体温測定と簡易魔力測定もしているじゃないですか」
カシラギは、興奮気味に紙束をパラパラと捲る。
「何も変化がない記録だと申し訳ないですが」
「その場合は、『この測定では変化が現れない』という事実がわかるだけですよ」
「まだ効果が続いていますので、明日以降の分も、私と母を含めてアンドルフィから出した人員については記録を取れます」
今回カルファーニアへ行った護衛兵士の半数は、城付きの兵士だ。そちらの分については、カシラギが欲しければ自分で記録を取るだろう。
「ぜひお願いしたいです。できれば、効果が切れたように感じられてから更に七日分くらいは」
「かしこまりました」
「カシラギ殿は相変わらずですな。人体に関するあらゆる観察・測定記録の収集が趣味でしたか」
ジルベルトの提案に即答したカシラギに対し、カルローネが感心とも呆れともつかない感想を漏らす。
「記録はあればあるだけいいですからね。存在するだけで価値があります」
そう答えたカシラギは、とても良い笑顔だった。
上機嫌で執務室を辞したカシラギを見送る。ルクレツィオの胸中で、己の部下の報酬を弾んでやることが決定した。
「それで、ルカ坊っちゃま……失礼、閣下は、これからまたセラフィーナ嬢と話し合いですかな」
同じくカシラギを見送っていたカルローネが、ルクレツィオに向き直って尋ねる。
「ああ、そうだ。それと、名前で良い」
「ありがとうございます、ルクレツィオ様。……では、吐き気止めと胃薬を出しておきましょう」
ルクレツィオを幼少期からよく知っているカルローネは、その妙な弱点に対しても理解がある。
「……助かる。次はいつ来る?」
「七日後ですな」
「なら、七日分出してくれ」
カルローネが、愉快そうに笑い声を上げた。
カシラギ殿が予想外に変な人になりました。なぜ……




