4. そのうち慣れますよ
本日2回目の更新です。明日からは1日に1話ずつの更新になります。
馬車内にはセラフィーナとテレーザだけが乗り込んだ。ジルベルトはもう一台に乗るのかと思ったら、御者と一緒に御者台に座っていた。
予定では、これから三日ほどかけて王都へ向かうとの事だ。それを聞いて、セラフィーナはふと気がついた。
この婚姻話をセラフィーナが聞いたのは昨日だが、ルドヴィコはその前日にこの話を持ち込まれたと言っていた。その日は屋敷中がざわついていて、セラフィーナは部屋から出ないよう言われていた。
カルファーニアに婚姻話が持ち込まれたのは二日前だ。王都から三日かかるなら、この一行はその頃すでに王都を発っていた事になる。アンドルフィ側ではだいぶ先に準備を進めていたようだ。
ルドヴィコの「拒否権が無い」「聖女をこれ以上独占してはいけないと言われた」という話からすると、この婚姻はカルファーニアから『聖女』を取り上げるためのもので間違いない。この縁談は王族に持ち込まれたものなので、取り上げた『聖女』を手に入れる事になる貴族も、その王族が決めたのだろうか。アンドルフィ子爵は、どんな基準で選ばれたのだろう。
休憩を挟みながら街道を西へ進み、最初の宿場町に着いたのは早めの夕刻だった。
案内されたのは、大きな宿の上階にある、とても豪華な部屋だ。入り口から入ってすぐの部屋はリビングで、寝室が別になっている。それだけでもセラフィーナが住んでいた離れ小屋の倍くらいの広さだが、更に浴室、従者や護衛用の部屋までついているようだ。ジルベルトが「一番良い部屋が取れなかった」とぼやいていたので、更に上があるらしい。
「……すごくいいお部屋ですね」
「お気に召しましたか?」
「良く分かりませんが、落ち着かないような気がします」
「そのうち慣れますよ」
ジルベルトはそう言うと、セラフィーナの旅行鞄を室内に置いて、テレーザに目で合図を送って出ていった。テレーザはジルベルトを見送ってから、セラフィーナに向き直ってパンと両手を合わせた。
「さて、夕食まで時間があるので、先に湯浴みをいたしましょう」
セラフィーナは自分一人で湯浴みするものだと思っていたので、テレーザが手伝うというのを遠慮しようとした。だが、テレーザは慣れたものなのか、容赦ない手際で衣服を剥ぎ取られ、あれよという間に浴室の椅子に座らされていた。他人に身体を洗われるなんて、幼い頃以来である。最初は驚いて身を固くしていたセラフィーナだが、温かい湯を張ったバスタブに身を沈めると、少し力が抜けた。
身体の隅々まで丁寧に洗われた後は、全身マッサージで揉みほぐされた。馬車に乗り慣れていないと筋肉痛になってしまうそうだ。テレーザの腕は確かなもので、マッサージが終わる頃には、セラフィーナはすっかりリラックスしていた。
バスローブを着せられてリビングに戻ると、荷物が大量に増えていた。テレーザが躊躇なくその荷物を開けて中を確認していき、「まあ合格」と呟く。セラフィーナが呆気に取られている間に、テレーザは荷物の中から衣類などを選んで取り出していた。
「お嬢様、こちらへ」
テレーザに促されて寝室へ入り、着替えをさせられる。テレーザが選んだのは、生成りのワンピースとクリームイエローの薄手のガウンだった。どちらも柔らかく、手触りが良い。
ワンピースは胸元の切り替えから裾までふわりと膨らんでいて、締め付けがなくくつろぎやすい形だ。胸元と袖口、裾周りに布地と同色のレースがあしらわれており、胸元の中心にはワンポイントで小さな布製の花が縫い付けられている。
ガウンは首元から裾までフリルに覆われている。袖は肩から袖口にかけて緩やかに広がっていて、袖口にもフリルがあしらわれている。腰紐ではなく、胸の低い位置でリボンを結ぶタイプだ。前身頃が完全には閉じられないが、フリルの間からのぞくワンピースとのバランスが良い。
足元は、透かし編みの模様が入った白い靴下に、踵の低いつるりとした素材の靴。靴の色はガウンより少し濃いめの黄色だ。
全体的に同系統の色合いでまとめられ、可愛らしくも落ち着いた印象の装いとなった。
着替えの後は、ドレッサーの前に座らされた。髪は緩めのハーフアップにまとめられ、ガウンと同じクリームイエローのリボンの髪飾りがつけられた。顔には薄く化粧が施される。頬がこけているのは誤魔化しようがないが、顔色がだいぶ良くなって見えた。
姿見の前に立って全身を確認し、セラフィーナは自身の見た目の変わりように驚いた。まるで貴族の令嬢のようだ。いや、一応伯爵家の生まれなので貴族令嬢なのだが、使用人よりも粗末な格好をしていた先程までは、とてもそうは見えなかったはずだ。痩せ細っていて頬がこけているのは変わらないのに、服装を変えて少し化粧をしただけで印象が全く変わることに、感心してしまった。
リビングにはいつの間にかジルベルトが待機していて、寝室から出てきたセラフィーナへにっこりと笑いかけた。
「良くお似合いです。急いで用意した甲斐がありました」
どうやら増えた荷物はジルベルトが運び込んだものらしい。
「ありがとうございます。あの、これは」
「すべてお嬢様のものですよ。ただ既製品ですので、お身体に合わなかったりお気に召さない場合は、ご遠慮なくおっしゃってください。それと、足りないものがある場合もすぐにおっしゃってくださいね」
「むしろ、多過ぎな気がします」
「いえ、必要な分しかありませんよ」
セラフィーナの正直な感想に返ってきた言葉に、目を瞬かせる。アイーダやグレタが衣装だけでも大量に持っていたので、持ち過ぎじゃないかと思っていたが、貴族はそれが普通ということだろうか。まあ彼女らの所有量とここにある分では、比べ物にならないのだが。
「それでお嬢様、こちらはいかがなさいますか?」
そう言ってジルベルトが指し示したのは、セラフィーナの旅行鞄だ。
「先ほどまでお召しになっていた衣装がとても古いもののようでしたので、他にお持ちの物も大差ないかと存じますが……特に思い入れなど無いのであれば、処分させていただきますよ」
確かに、新しくちゃんとした衣類を準備してもらったのなら、今まで着ていたものは必要ない。実母の形見のような物もなく、それしか無いから持っていた物くらいしかない。
ジルベルトやテレーザとしては、自分の主人に嫁ぐ人にみすぼらしい格好をさせたくないというのもあるだろう。
セラフィーナは少しだけ考えてから答えた。
「裁縫道具は必要なので残しておきたいです。繕い物に使うので」
「かしこまりました。裁縫道具も新しいものをご用意いたしますね」
「……はい、お願いします」
思っていたのとは少し違う言葉がジルベルトから返ってきたが、特に問題ないのでセラフィーナはそのまま受け入れた。
セラフィーナの返事を聞くとジルベルトはさっさと旅行鞄をどこかへ持ち去って行った。湯浴み前に着ていた服もいつの間にか無くなっている。
改めて室内の荷物を見渡していると、テレーザに声をかけられた。
「お嬢様、そろそろご夕食の時間ですが、お召し上がりになりますか?」
わざわざそんな事を質問されるのは、昼食時に用意された軽食を、「朝食べたから必要ない」と断って困らせたからだ。
セラフィーナが頷くと、テレーザは安心したように微笑んだ。
夕食はパン粥と、デザートに小さなオレンジゼリーが添えられていた。パン粥は、人参やブロッコリーなどの野菜スープがベースになっているようで、彩りが良く、美味しそうな匂いの湯気を立てている。消化に良さそうなメニューは、セラフィーナにとってはとてもありがたい。
「おかわりもありますので、足りなければ申し付けくださいね。多いようでしたら残しても構いませんので」
テレーザはそう言ってくれたが、最初によそってもらった分でちょうど良さそうだ。
熱々のパン粥をスプーンで掬い、ふうふうと息を吹きかけて冷ましてから口へ運ぶ。野菜は舌で潰せるほど柔らかく、姿は見えないが肉の味もある。伯爵家で与えられてきた食事よりもずっと美味しい。セラフィーナは、ゆっくりと時間をかけてパン粥を完食した。
デザートのオレンジゼリーは、三、四口分ほどのサイズだ。半透明のオレンジ色の中に、粒々の果実が閉じ込められている。セラフィーナは、オレンジもゼリーも実母が生きていた幼い頃に食べたことがあるが、どんな味だったか覚えていない。
スプーンで一口分掬って口に入れると、ぷるんとした食感で、オレンジの爽やかな風味と甘さが口の中に広がった。粒々の果実は食感のアクセントになっているが、噛んで潰すと果汁が溢れて、味のアクセントにもなっている。覚えがあるような無いような気がして少しもどかしいが、とても美味しい。
知らず知らずのうちに、顔が綻んでいた。




