3. お荷物はこれだけですか?
重たい旅行鞄を半ば引きずるようにして玄関へ向かうと、ホールに見慣れない男女の姿があった。
男性の方は二十代前半、少しクセのある亜麻色の髪に、明るい黄緑色の目をしている。緑系の目の色は、風属性だ。魔力もなかなかに強そうである。すらりとした体型は格好良いが、顔立ちが少し地味な印象で、野次馬に来たグレタが一瞬で興味を失っていた。
女性の方は四十代半ばほど、目の色が男性と同じ黄緑だ。少しふくよかだが姿勢が良く、若い頃の華やかさを忍ばせる面立ちで、白髪混じりの緑灰色の髪がきっちり後へ束ねられている。
二人とも派手ではないがとても質の良い衣服を着ており、顔に品の良い笑みを貼り付けていた。
「いやあ、出迎えの準備もできておらず申し訳ない。こんなに早くいらっしゃるとは思わなかったのでね」
「早く着いてしまったのはこちらの都合ですのでお気になさらず」
「しかし、多少のもてなしくらいはさせていただきたいのだが」
「私どもはただの使いですので、お構いなく」
ルドヴィコと男性の、社交辞令のような押し問答のようなやり取りを聞きつつ近づいていく。男性はセラフィーナに気がつくと、少しだけ笑みを深くした。
「セラフィーナ・カルファーニア嬢ですね。アンドルフィ子爵家よりお迎えにあがりました、ジルベルト・バリーニと申します」
「テレーザ・バリーニと申します。道中セラフィーナ様のお世話をさせていただきます。用事があれば私に申し付けください」
男性と女性がそれぞれ自己紹介をして恭しく一礼した。同じ色の目に同じ姓なので、親子なのだろう。二人とも、柔らかな印象の声音をしている。
「セラフィーナ・カルファーニアです。ジルベルトさん、テレーザさん、よろしくお願いします」
「お嬢様、私共のことはどうぞ呼び捨てになさってください」
ジルベルトはにこやかに告げた後、申し訳なさそうに言葉を続けた。
「本来であれば当主のルクレツィオ自身が迎えに来るべきところなのですが、急な遠征が入ってしまいまして。使用人の私供のみでのお迎えになってしまいましたことをお詫びいたします。どうかご容赦を」
「お詫びは必要ありません。サリクス王国のために軍人として貢献されているアンドルフィ子爵閣下を尊敬いたします」
「とても嬉しいお言葉をありがとうございます」
セラフィーナの返答に嬉しそうに頷いて、ジルベルトはルドヴィコへ目を向ける。
「早速出発したく存じますが……お別れはもうお済みでしょうか」
「はい。問題ありません」
「セラフィーナ!」
何か言われる前にと、さっさと返事をしてしまったセラフィーナを咎めるように、ルドヴィコが声を上げた。だが、使用人とはいえ他家の者の目があるからなのか、いつものように怒鳴り声が続く事なく口を噤む。もしかしたら、気圧されしているのかもしれない。ジルベルトはおそらく、伯爵家当主であるルドヴィコよりも魔力が強い。
ルドヴィコのそばに佇んでいたアイーダが、取り繕うようにセラフィーナへ笑みを向けた。
「セラフィーナ、何かあったら戻ってきて良いのよ。ここはあなたの家なんだから」
「そ、そうだセラフィーナ、いつでも戻ってこい」
表面的には親心があるような言葉をかけられるが、セラフィーナにとっては白々しさしかない。お前は家族じゃないと言われ、小屋のような離れに住まわされていた事実は消えない。
二人の言葉には応えず、優雅に淑女の礼をとる。
「カルファーニア伯爵、並びに伯爵夫人。今までお世話になりました」
姿勢を戻すと、足元に置いていた旅行鞄が、いつの間にかジルベルトの手にあった。セラフィーナが引きずるようにして運んでいたそれを、軽々と片手で持ち上げている。
「お荷物はこれだけですか?」
「はい、あの、重くないでしょうか」
「いえ、全然重くないですよ」
そう言うとジルベルトは、空いている方の手を差し出してきた。
「それでは参りましょう。僭越ながら、私めが馬車までエスコートいたします」
「……はい、お願いします」
セラフィーナは少し戸惑いながら、白い手袋をはめたその手に自身の手を重ねた。こんなに丁寧な扱いを受けるのは初めてだ。
ジルベルトとテレーザが伯爵たちへ一礼し、揃って背を向ける。テレーザが、ジルベルトとは反対側に寄り添って、セラフィーナの背中へ手を添えてくれた。
玄関前のロータリーには、アンドルフィ子爵家の紋章が描かれたニ頭立ての馬車が二台と、護衛の騎兵八名が待機していた。セラフィーナ一人の迎えにしては護衛の数が大袈裟に思えたが、一応『聖女』と言われる存在なのでこういうものなのかもしれない。セラフィーナはここでは偽物と言われ酷い扱いを受けていたが、『聖女』自体は世間一般では尊ばれているものだ。
先頭の馬車へ案内されて乗り込もうとした時、そよ風がふわりと沈丁花の香りを運んできた。セラフィーナは思わず顔を上げ、『祈りの庭』がある方を見やる。庭の草木が風に揺れ、さわさわと音を立てる。それがまるで、別れを惜しんでいるかのように聞こえるのは、自分が感傷的になっているという事なのだろうか。
「……良い香りですね」
テレーザの声にハッと我に帰る。ジルベルトもテレーザも急かす事なく、言葉通り沈丁花の香りを楽しんでいるようだった。
「『祈りの庭』の近くに、沈丁花が植えられているんです」
「まあ、そうなんですね」
にっこりと笑ったテレーザの顔は、先ほどまでの貼り付けたような上品な笑顔とは違って、人好きのする優しいものだった。
本日は2回投稿予定です。
次の話は18:00に更新します。




