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破滅の魔女は新月に笑う  作者: 蓬莱萌


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24. 看過するわけにはいかない

 カンフォロ村の村長の家は、村の少し奥の方にあった。貴族の館のように豪華な造りではないが、他の家に比べると十分大きい。広い庭では、小さな子どもたちが十数人遊んでいた。

 馬車が到着すると、建物から中年の男女が出てきた。女性が子どもたちを集めて何事かを言い聞かせ、男性は馬車の方へ向かってきた。

 ルクレツィオのエスコートでセラフィーナが馬車から降りると、小さな女の子の甲高い声が上がった。


「わあっ、おひめしゃまだ! きれーね! ね!」

「ほんとだ! おひめしゃま!」

「ばーか、こんなとこにお姫さまがくるわけなむぐっ」


 そばにいた女性が慌てて子どもたちの口を押さえ、小声で嗜める。セラフィーナがそちらを見ると、子どもたちは「きゃあっ」と声をあげて女性の後ろに隠れた。女性は恐縮したように頭を下げて固まっている。

 出迎えの中年男性に視線を戻すと、青ざめた顔で冷や汗を垂らしていた。何をそんなに恐れているのだろうとセラフィーナは疑問に感じて、思い出した。ルクレツィオ・アンドルフィ子爵は、『黒い死神』『暴虐の君』と、酷い渾名をお持ちなのだ。アンドルフィ家に来て数ヶ月、セラフィーナは暴虐の片鱗も見当たらないルクレツィオにすっかり馴染んでしまって、忘れていた。

 平民は通常、領主以外の貴族の情報などほとんど知らない。だが、ルクレツィオは戦争で名を馳せた英雄で、国民に広く名が知れ渡っている。酷い渾名も一緒に広まってしまっているのだろう。


「う、うるさくして、た、大変申し訳ございません、なななにぶんまだ小さな子どもですので、どうか」

「……ああ。気にしなくていい。子どもたちが元気そうで何よりだ」


 ルクレツィオがそう言うと、男性は少しホッとしたような顔になった。ルクレツィオはすまし顔だが、心無しか気落ちしているように見える。もしかしたら、渾名を結構気にしているのかもしれない。


 男性は村長のダニロ・カルーゾと名乗った。子どもたちと一緒にいた女性は村長夫人のサーバ、子どもたちは、村長宅で世話をしている孤児を含む、村の子どもたちだそうだ。夏季の収穫で日中はほとんどの村人が出払っており、その間、まだ農作業の手伝いができない年齢の子どもたちは、村長宅でまとめて面倒を見ているのだという。


 応接間へ案内され、サーバがお茶を出してから下がる。ダニロは未だ緊張しきった様子で口を開いた。


「あの、恐れ入りますが、きき貴族の方をお迎えするのは初めてでございまして。何かと至らない事があるかと存じますが、かか寛大なお心でご容赦いただければと」

「ああ、かまわない。世話になるのはこちらだから、いちいち咎めたりはしない。子どもたちのこともな」

「あ、ありがとうございます」


 ダニロはふーっと大きく息を吐き出した。


「それでその、何かお調べにいらしたとの事ですが、ぐ、具体的に何をお調べになりたいのでしょうか?」

「少し前にここが王領になって、調査が入っただろう。その結果で気になる事があってな」


 カルファーニア伯爵が子爵へ下がり、およそ半分の領地、王都に近い西側部分を没収された。カンフォロ村や周辺二つの村もその土地に含まれており、現在は王の直轄地となっている。統治のための情報収集として、人口や職業分布、農地の作物の種類や収穫量などの調査がされたのだ。

 フラヴィオが手を付けずにいたのは「恵みの力の影響に関して調べる事」なので、この地域も当然通常の調査は入っている。


「気になる事……ですか?」

「ああ。この通り、今年の春に私は聖女セラフィーナを妻に迎えた。そのため、セラフィーナがこの地に『恵みの祈り』を捧げる事ができなくなっただろう」

「は、はい……そう伺っております」


 ダニロがチラリとセラフィーナを見る。何やら少し申し訳なさそうな顔だ。

 調査の際、フラヴィオは「セラフィーナが身を削って『恵みの祈り』を捧げていた」という話をばら撒かせたそうだ。それを聞いたほとんどの人たちは、恐縮して感謝を述べ、これ以上は求めないと誓ったらしい。


「それで他の地域は、この夏の収穫量が去年と比べて明らかに減っているんだが、ここの地域は、収穫量が去年とほとんど変わらないんだ」

「えっ、そうなのですか?」


 ダニロは目を丸くした。他の地域の情報など、普通は知らないだろう。


「ああ。実は妻が、『恵みの祈り』を止めた後に収穫量が減ってしまうことを気にしていてな。だから、ここの地域で収穫量が落ちない理由を知りたい。何かわかる事があれば教えて欲しい」


 理由は本当はわかっている。以前闇属性の魔力を持つ人物がこの近隣にいて、恵みの力の効果に影響を与えたからだ。おそらく、恵みの力をそのまま浴びると効果が切れた時に反動があるが、闇属性の影響下で恵みの力の効果が緩やかに長く持続するようになると、反動が現れないか、現れにくくなるのだろう。

 ここには「恵みの力の影響の違いを調べる」という名目で来ているため、ルクレツィオはその体(てい)で質問しているだけだ。セラフィーナは「隠し事や嘘を吐くのが下手」と評価されてしまったため、話の主導権をルクレツィオに委ねている。


「わかる事……とおっしゃられましても……」


 ダニロは困ったような顔で考え込んでしまったが、少ししてはっと顔を上げた。


「そういえば、何年か前は恵みの祈りの効果が違っていました」

「違っていた?」

「はい。以前は恵みの力は二、三日程度しか続かず、その時に作物も急に一気に実ったりするので、集中的に収穫作業をして、その後は身体がだるくなりしばらく休むというような状態でした。それが、ある時から恵みの力が弱くなったような気がしまして……だけど、切れる事がなくなったのです。それからは、皆ずっと調子良く働けるようになりました。作物も急に大量に実るようなことはなくなりましたが、ずっと生き生きとして、収穫量も悪くありませんでした。以前は毎月祈られているのが分かりましたが、それもよくわからなくなりました。わたくしどもは、聖女様が成長されて、お力を正しく使えるようになったのだと思っていたのですが……」


 ダニロが再びチラリと目を向けたので、セラフィーナは首を横に振った。


「私は何も変わっていません」

「そうですか……もしや他の地域は、この地域の以前の状態と同じということなのでしょうか」

「おそらくそうだ。それがいつからかは覚えていないか?」

「ええと、確か五、六年前ですが、日誌をつけておりますので、それを見返せばわかると思います。取りに行ってもよろしいでしょうか」

「ああ、頼む」


 ルクレツィオが頷くと、ダニロは「失礼します」と言ってすぐさま立ち上がり、ドタバタと走っていった。

 その姿を見送って、ルクレツィオは軽くため息を吐いた。


「五、六年前か……」

「その頃に生まれたんですかね?」

「いえ、私が『恵みの祈り』をさせられるようになったのは七歳の頃ですが、その時にはもういました」


 室外の護衛に聴こえないほどの囁き声で会話する。


「あの頃は、場所も曖昧で大凡しかわからなかったのですが、どんどん影響範囲が広がっていきました。多分、成長したからだと思います」

「なるほど、成長して範囲が広がった結果、この村近辺は五、六年前に効果範囲に入ったということか」

「そうです」


 そこからは、護衛に怪しまれないよう、たわいも無い話をした。程なくして、ドタドタとダニロが駆け戻ってくる足音がした。


「お待たせいたしました、こちらです」


 ダニロが差し出したのは、二冊の日誌帳だった。一冊で一年分らしく、表に五年前と六年前の年の数字が書かれている。ダニロは六年前の日誌の後半部分を開いてローテーブルの上に置いた。


「この部分です。冬季にネロッカの収穫が始まるのですが、祈りがあったのに南側の畑のネロッカが熟さなかったと書いております。多分これが最初に効果が変わった頃だと思います」

「南側……」


 呟きながら、セラフィーナはこの地域の地図を思い出す。あと二つの村のうち、このカンフォロ村より南にあるのは、森に近く一番小さい、チェルロという村だ。距離も、他の村から一番離れている。

 ダニロが日誌を少し捲って、開いたページを指差す。


「それから二ヶ月後、南側の畑は祈りに関係なく豊作と書かれています。それから三ヶ月後ですが」


 ダニロは五年前の日誌を開く。


「春野菜が祈りで実らなかったと。この春野菜は、自分たちで食べるために村の南側のすぐ近くにある畑で育てている分です。ここから、村人から『祈りの効果が弱くなったのでは』という話が出てきます」


 ダニロは説明しながら更にページを捲っていく。


「二ヶ月後には、『私も祈りの効果が弱くなったと感じる』と書いています。……申し訳ございません、弱くなったわけではないのにこのような書き方を」

「いえ、お気になさらないでください」

「ありがとうございます。この三ヶ月後には、北の穀物畑が同じような状態です。こうして見ると、南側から変化してたんですね。すっかり忘れていました」

「つまり、原因は南側にありそうということか。確か、南にもう一つ村があったな」


 ルクレツィオの言葉に、ダニロが頷く。


「はい。チェルロという村があります。南には他は森しかありません」

「チェルロというのは、どんな村か知っているか?」

「それは……その……」


 ダニロが、眉を顰めて言い淀む。


「チェルロ村は、一応農業が中心ですが、森の開拓や狩猟も多くやります。そのためか、その……あまりこういう事を言うのは良くないのですが、我々カンフォロや隣のファッジョ村とは、少し毛色が違うような気がします」

「……と言うと?」

「あくまで印象ですので。鍛冶屋や雑貨屋などの店がこの辺りではこの村にしかないので、割と良くチェルロ村の人たちもやってくるのですが、村同士での交流はあまりないのです。ですから、よく知らないと言うのが正しいですね」


 ダニロは誤魔化したが、チェルロに対して良い印象が無いらしいのは確かだった。ダニロは少し思案して、再び口を開いた。


「……チェルロ村のことなら、ブルーノ・クライネルトさんに聞くと良いかと」

「それは、どういう人だ?」

「医者です。この村を拠点にして、週に二回、他の村を巡回しています。チェルロ村のこともよくご存知だと思いますよ。確か今日は村にいると思います。村の入り口近くの家に住んでいます。庭にロズメラがなっていて、小屋にロバがいるのですぐに分かりますよ」


 ルクレツィオとセラフィーナは、顔を見合わせて頷いた。


 セラフィーナが口を開こうとした時、にわかに外が騒がしくなった。どうやら子どもたちの喧嘩が始まったようで、ダニロが顔を青くして額を押さえた。


「おまえ、ズルばっかすんなよ!」

「ズルなんかしてない! おまえが弱いんだろ!」


 どうやら何かのゲームをしていて、勝ちが偏ってしまったようだ。男の子二人の一際大きな声に混ざって、「やめなよ」と宥めたり、泣き出す子どもの声が聞こえる。

 子どもがいると随分賑やかなのだな、とセラフィーナは呑気な感想を持っていたが、次に聞こえた言葉に背筋が粟立った。


「おまえなんか、『黒目の化け物』に連れてかれちゃえ!」

「なんだと! おまえが連れてかれろよ! ばーか!」

「二人ともいい加減にしなさい!」


 サーバの雷が落ち、男の子二人はおとなしくなったようだ。その後も、説教する声や、泣く子を宥める声が続く。

 ダニロが顔面蒼白で頭を下げた。


「……大変申し訳ございません」

「いえ、それよりも、『黒目の化け物』って、なんですか?」


 セラフィーナの問いかけに、ダニロは冷や汗を垂らしながら顔を上げた。


「もう随分前に、チェルロ村の者たちが言い出したことです。森に黒い目の化け物が住んでいて、子どもを攫っていくのだと。そう言って村の子どもたちを脅かして嗤うので、あの村の者に良い印象が持てないのです。お聞きになったように、村の子どもたちまで真似して言い出す始末で……」


 ダニロは深くため息を吐く。


「せっかく聖女様がいらっしゃるご時世だと言うのに、黒目だなんて、縁起でもない」


 セラフィーナは何も言い返せなかった。色んな感情と色んな言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡って、上手く口から出てこない。


「村長殿」

「ハハ、ハイッ」


 ルクレツィオの硬質な声に、ダニロが凍りついた。


「あなた方はただの戯言と思っているかもしれないが、軍関係者として、黒目の話を看過するわけにはいかない。それを言っているのは、チェルロ村の住人で間違いないな?」

「は、ハイ、間違いありません!」


 ダニロが竦み上がりながら肯定する。


「わかった。情報提供感謝する。この後クライネルト殿とやらの話を聞きに行って、明日、チェルロ村の調査をする。……セラフィーナ、それでいいか?」


 ルクレツィオが上手くまとめてくれて、セラフィーナに確認を取る。

 セラフィーナは、やっとのことで一言「はい」と返事をした。

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