23. 謝ることじゃない
王都から出て街道を南へ進み、しばらくして休憩で馬車が止まった。セラフィーナとテレーザが乗っている馬車の扉が開き、ルクレツィオが手を差し出してくる。その顔色は、朝よりもずっと良くなっていて、セラフィーナは少し安堵した。半日程で回復するというのは本当のようだ。
出発前のルクレツィオの顔色は酷いものだった。心配して旅行を取り止めようと申し出たセラフィーナに、ルクレツィオは「いつものことだから問題ない」と言い張って出発を強行した。使用人たちも、心配そうにしてはいたが、止めなかった。
「……なんだ?」
差し出された手を取らずにルクレツィオの顔を見つめてしまったため、訝しげに尋ねられた。
「お顔の色がだいぶ良くなられたように見えましたので……安心しました」
「そうか。……心配をかけたな。すまない」
「いえ」
セラフィーナはルクレツィオの手を取り馬車を降りた。
宿は、セラフィーナが王都へ来た時に泊まったのと同じだった。だが案内された部屋は、あの時よりも更に広く、寝室が多かった。
リビングルームのテーブルには、いちじくほどの大きさの、丸くて薄黄色のツルッとした果実が、小さなボウルに三つほど盛られていた。
「ロズメラだ。用意できたんだな」
「ロズメラ……切られてないのは初めて見ました」
どうやら、ルクレツィオが宿に用意させたもののようだ。
魔力回復果実のロズメラは、夏いっぱいが旬だ。生食が可能なため、旬の間は生の果実が出回り、旬が終わると加工物に変わる。王都より南の土地で良く育ち、ネロッカ同様カルファーニアでも栽培している。ちなみにカッポナッツの生産は北部で、もうすぐ収穫期だが、今年もあまり期待できないと言われている。
アンドルフィ邸でも、夏になってからはネロッカに変わりロズメラがデザートとして出てくるようになった。いつも食べやすいようにカットされていて、オレンジやレモン、レーズンなどと一緒になっていた。
ロズメラを一つ手に取り、齧り付いて良いものか思案していると、ルクレツィオに取り上げられた。丸い果実の腹を親指でぐっと押し込むようにして、実を割る。途端にバラのような芳香が広がったが、果汁は出てこなかった。果肉の層が薄く、中が空洞になっており、丸っこい焦茶色の種が二、三個ほど入っていた。
割って種を取り出したロズメラを、ルクレツィオが差し出してくる。
「ありがとうございます」
「っ! あ、ああ」
セラフィーナは礼を言って受け取った。ルクレツィオが妙につっかえたと思ったら、ジルベルトに小突かれたようだった。最近、この二人はよくこんなやり取りをしている。
セラフィーナは、割れたロズメラの実を一口齧った。割っても果汁は出ないのに、齧って咀嚼するとじわっと水分が溢れてくる。とても香り高い割に味は薄いが、サクサクとした食感が小気味良く、飽きが来ない。
セラフィーナの魔力は、結局全快しなかった。三回目の魔力回復剤を摂取した時、もう十分のように感じた。だが、カシラギが目を覗き込んで、「まだ満ちていないようです」と言った。魔力は満たされればゆっくりと循環しているように見えるが、セラフィーナの魔力は依然として不規則に揺蕩うままだった。
ここまで回復すると、セラフィーナ自身にもわかってくることがある。魔力が、ほんの少しずつだが、抜けているというか、漏れているような感覚がある。これまでの他の聖女たちのように恵みの力を溢れさせるほどではないが、魔力を自身の体内に上手く留められない感じがするのだ。
以前はこうではなかったはずだ。この状態だと自然回復が間に合わず、月一回の恵みの祈りには耐えられなかっただろう。
それをカシラギやカルローネに伝えたところ、取り敢えず、魔力回復果実の摂取を量を減らして続けるという結論になった。そのため、今は夕食の時間のみ魔力回復の果実を食べている。
夕食は部屋へ運んでもらった。ジルベルトとテレーザがサーブしてくれるのだ。今回の旅行についてきたのはこの二人だけで、テオドロは学院があるため、アロルドは主人の留守を預かる立場のため王都で留守番だという。
普通の食事がとれるようになって少ししてから、ルクレツィオもセラフィーナと一緒に食事やお茶の時間をとるようになった。そのくらいの頃から、顔を合わせてもしかめ面になることは無くなった。嫌いな顔でも、数ヶ月もすれば見慣れるものなのかもしれない。相変わらずあまり目が合わないままだが、おかしなことを言われたり、暴力を振るわれたりするわけじゃないので問題ない。
翌日宿場町を出てからは街道を東へ進み、旧カルファーニア領に入った。それから更に南へ下り、地図で見つけた村のうち一番大きなカンフォロ村を目指す。三つの村には宿泊施設がなく、宿泊したい場合は村長の世話になるため、一番大きな村を選んだのだ。
前回通った時に感じられた恵みの力はすでに無い。領民が、恵みの力が無くなってどうしているのかということもセラフィーナは知りたかった。
村が近づくにつれ、セラフィーナは焦燥感が強くなっていった。村は三つとも、前回通った時相手を見つけた距離よりも近くなった。だけど、何も感じられない。いるかどうか分からない。あの時は、あんなにはっきり分かったのに。──まさか、いないなんて。
「奥様、どうされましたか?」
セラフィーナの様子を見て、心配したテレーザが声をかけてきた。
「いません、ここには……」
「え?」
「いなくなっちゃいました……」
村へ入る前の小休憩で、テレーザがルクレツィオを馬車まで呼んできた。白い結婚という建前上、ルクレツィオとセラフィーナが馬車で二人きりになることは避けないといけないため、テレーザも一緒に馬車に乗り込む。
「セラフィーナ。具合が良くないと聞いたが」
「いえ……その、闇属性の子は、もうこの辺りにはいないみたいなんです……」
セラフィーナが気落ちしたまま答えると、ルクレツィオが息を飲む気配がする。
「確かなのか?」
「多分……はい……」
「そうか。分かった」
ルクレツィオは腕を組んでため息をついた。
「取り敢えず、予定通りカンフォロ村へ向かう。この辺りに住んでいたなら、何か手がかりがあるかもしれないからな」
「はい……あの、すみません……」
「謝ることじゃない。他の者には回復後初めての旅で疲れが出たようだと伝えておく。このまま中にいとくといい」
「……ありがとうございます」
ルクレツィオは頷くと馬車から降りていった。
少し表記を修正しました。(2026.10.19)




