22. 善処する
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「えーそれでは、第四十三回アンドルフィ家男子会を始めます!」
「なんだ、それは?」
テオドロの謎宣言に、ルクレツィオはすかさず突っ込みを入れた。書斎兼執務室にて、ルクレツィオとジルベルト、アロルドは、ウィスキーの入ったグラスを手にしていた。未成年のテオドロはレモン果汁を絞った炭酸水だ。ローテーブルにはナッツやチーズ、ドライフルーツがそれぞれ数種類盛られた皿が置かれている。ルクレツィオとバリーニ家の男性陣は、時折こうして共に晩酌をしていた。セラフィーナが来てからは初めてで、久し振りの晩酌だ。
「最近学院で流行ってるんですよ、ナントカ女子会とか男子会とか」
「なるほど、若者の流行ですか」
グラスの中の琥珀色をゆったりと揺らしながら、アロルドが言う。このメンツの中で一番酒に強いのは間違いなくこの執事だ。本人はあまり飲まないようにしているだけだと主張しているが、アロルドは常に顔色も調子も全く変わらない。
「四十三ってどこから来た数字ですか?」
「適当でーす」
「ええ……」
ジルベルトの疑問に、テオドロが調子良く答える。テオドロは、失敗して叱られる時は兄を恐れているが、冗談を言っている時は呆れ声を出されても気にしないどころか、楽しそうだ。
「奥様のご健康と、アンドルフィ家の益々の繁栄を願って、乾杯!」
テオドロの元気な合図で、それぞれグラスを掲げて乾杯した。
ルクレツィオはグラスを傾け、程良く冷えたウィスキーを口に含む。鼻を抜ける芳醇な香り、強めの酒精が咽喉に与える刺激が心地良い。つまみを盛った皿から、小さくカットされたハードチーズを選び、口へ運ぶ。強めの塩味と、長期熟成による濃厚なコクが、ウィスキーの風味と良く合う。
テオドロが、パキパキとピーナッツの殻を剥いて皿の上に小山を作りながら、話を切り出した。
「奥様の前世? のことなんですけど、歴史の先生に、破滅の魔女に関係者がいたとかいう記録って無いのか聞いてみたら、無いって即答されました」
「まあ、そうだろうな」
セラフィーナの前世と思われる『セレスティアノーラ』とは何者かについて、手かがりなどが無いかテオドロに調べてもらっている。数百年も昔の人物の記録など、国の中心部にいたわけでもなければ、残っていなくて当たり前だ。それでも調べてもらっている理由は、闇属性の人物を保護する理由付けとなる情報に繋がらないかという僅かな期待と、テオドロ自身が興味を示したからだ。もちろん学業が本分なので、無理のない範囲に留めるよう指示している。
「一応、ラウルス公国の禁書の中になら知られていない話もあるんじゃないかって」
「外国の禁書じゃあ読む当てが無いな」
「大聖女の関係者って事もあるかもなので、学院の図書室でそれらしい本を片っ端から調べてます」
そう言って、テオドロはピーナッツを口に放り込んだ。ジルベルトが、テオドロの作ったピーナッツの小山から何粒か持って行く。ルクレツィオは酒のつまみとしては固めのチーズを好むが、この兄弟はナッツ派だ。アロルドはブルーチーズとドライフルーツを好んでいる。全員共通して一番好むのは肉や魚介のジャーキーだが、残念なことに本日は用意されていない。
「唐突に破滅の魔女について訊いたりして、不審に思われたりしませんでしたか?」
アロルドの懸念に、テオドロは首を振って答えた。
「ジェリーニ先生も『破滅の魔女復活説』知ってて、向こうから心配して声をかけてきたんですよ。先生も懐疑派で、復活説信奉者たちに何か言われた時に、上手くあしらえるようになっとけって言われました」
「ジェリーニ先生か。懐かしいな。まだ現役なのか」
「まだまだお元気ですよ」
歴史教師のジェリーニは男爵家出身だ。貴族関係者なので、セラフィーナがアンドルフィに嫁いだことを知っているのだろう。ルクレツィオたちが学院生の時も結構な歳だったが、いまだに教壇に立っているようだ。
「あの、奥様の件で私は一つ気になっていたことがあるのですが」
「なんだ?」
一つの話題が落ち着いてから、ジルベルトが徐ろに口を開いた。
「旦那様、奥様のお名前をほとんどお呼びにならないですよね」
予想もしていなかった指摘に、ルクレツィオは思わず咽せそうになった。
「えっ、そうなんですか?」
「確かに、私もお聞きしたことが無いような」
テオドロとアロルドが、驚いた顔でルクレツィオを見る。
「いや……それは、その」
「私がご一緒している間には一回しか聞いてません。母さんもそれ以外聞いたことが無いって言っていました」
言い淀むルクレツィオに、ジルベルトが追い討ちをかけてくる。
「旦那様……いくら白い結婚とはいえ、あまりに他人行儀なのはいかがなものかと」
アロルドの静かな声が耳に痛い。親子で良く連携の取れた波状攻撃だ。
「それは分かっている。しかし……」
「照れてるんですか?」
なおも言い淀むルクレツィオに、テオドロが率直に訊いてきた。年長者二人が、おそらく敢えて口にしないでいてくれたであろう指摘は、一番攻撃力が高かった。
「そういう訳じゃない。ただ、目もあまり合わせられないような状態で、馴れ馴れしくするのもどうかと思ってだな」
なんとか気を持ち直して、ルクレツィオは弁明した。言い訳がましいが、本心だ。会う度に思わず顔を歪めてしまう事が結構負い目になっていて、心苦しく感じてしまっている。
「夫婦なんだから、馴れ馴れしいも何も無いと思います。むしろ、お互いに名前を呼び合う程度には親しい方が良いですよ」
ジルベルトの言う事は尤もだ。全く異論は無い。
「奥様は立場的にも、あまりお名前で呼ばれる事が無い方です。旦那様こそお名前でお呼びして差し上げないと」
アロルドの意見はセラフィーナの立場を配慮したもので、ルクレツィオには無かった視点に気付かされる。自身の後ろめたさにばかり気を取られていた。
二人とも、ルクレツィオが飲み込みやすい言葉で背中を押してくれている。その配慮はとてもありがたい。ありがたいのだが。
「……分かった。善処する」
ルクレツィオは、やっとそれだけ言ってグラスを煽った。
「やっぱり照れてるんじゃないですか」
「テオ」
明け透けな末っ子の言葉は容赦が無い。ジルベルトが軽く嗜めるようにテオドロの名を呼ぶが、ルクレツィオは敢えなく撃沈した。
カルローネから、セラフィーナが三〜四日ほどの旅行をしても問題ないとお墨付きが出たのは、四ヶ月も経った頃だった。季節は晩夏に差し掛かっていて、日中の陽射しはまだ強いが、日没後は早めに暑さが和らぐようになってきている。王都よりも南にあるカルファーニア伯爵領は、まだまだ暑いと思われる。秋になるのを待っても良かったが、セラフィーナの気が急いているようだったため、すぐに調査に行くことにした。
フラヴィオからは条件付きだがあっさりと許可が降りた。カルファーニア領南西部の件について、セラフィーナ自身が調べたいようだと伝えると、手を出さずにいてくれた。ただ単に忙しくて対応できなかっただけかもしれないが、幸いだ。
条件は、最初にセラフィーナを迎えに行った時と同じく、城付きの兵士を護衛に付ける事だった。城付きの兵士は、護衛でもあり、監視でもある。人探しをしているという事を悟られないように、気を付けなければならない。
カシラギには、「聖女は恵みの力の効果が違うのは分かるようだが、原因までは分からないようだ」と伝えた。カルファーニアに調査に行くという話もしてあるので、それですんなり納得したようだった。もしかしたら、何か疑念を持ったとしても、深く追求しないでくれているだけかもしれない。
隠し事をして、信頼している人たちへ嘘をついたり誤魔化したりするのは、罪悪感を覚えるのが普通かもしれない。だが、軍や城内勤務だと機密情報も多く、少し所属が違えば話せない事などいくらでもある。ルクレツィオは、「聖女を保護する任務」の一環として割り切っていた。
旅行の予定が決まると、セラフィーナは嬉しそうに礼を言ってきた。もっと体力をつけるのだと庭を散策する時間を増やし、何を想定しているのか、庭の小階段を一段飛ばしで昇り降りしたり、庭師が登れると言った木に登ろうとしたりして、付き添いのメイドをヒヤヒヤさせているようだ。
セラフィーナはすっかり健康的な見た目になった。パサパサだった白銀の髪は美しい艶がかかり、手足は細いが肌に張りがある。コケていた頬も年相応にふっくらとして赤みが差し、カサついていた唇には潤いがある。眼窩の窪みも消え、睫毛は長さと密度を増して金色の目を飾り立てている。
すでに、ルクレツィオの妙な弱点を刺激する要素はどこにもない。だが、ルクレツィオは相変わらずあまり目を合わせられずにいた。癖になってしまったのだ、と己れに言い訳をしているが、セラフィーナから顔を逸らすと、ジルベルトから肘で小突かれるようになった。
そうして迎えた出発当日、ルクレツィオは最悪の気分で朝を迎えた。
目覚めた瞬間の強烈な不快感と焦燥感で、いつもの悪夢だと理解する。寝台から急いで飛び出して、室内に用意してあった手桶に胃の中身をぶちまけた。寝汗でぐっしょりと濡れた夜着が、肌に纏わりついて気持ち悪い。タイミングの悪さに嘆きたい気分だ。
呼吸が少し落ち着いてから、ルクレツィオは浴室へ向かった。




