21. 意外と根性がありますね
ジルベルトの魂にかけられていた魔術は、ルクレツィオのと比べると簡素なものだった。セラフィーナが魔力で触れると同じように展開したが、大きさも半分以下程度だ。また白昼夢が見られるかと思ったが、それも無かった。ジルベルトとセラフィーナの間に顕現した小さな魔法陣は、数秒でふわりと消えた。
セラフィーナには相変わらず術式が分からず、目的も分からなかった。だが、ルクレツィオとジルベルトは思い当たりがあるようだった。
「魔術師たちが使う追跡用のマーキングに似ていたな……あれよりは複雑そうだが」
「こっちは頑張れば解析できるかもしれませんね」
話し合った結果、セラフィーナの体調がもっと回復してから、軍か研究所の魔術師に協力を頼んで解析してみることになった。
***
その夜、セラフィーナはいつもの夢を見た。
輪郭が曖昧だったそれまでと違い、今回はとても鮮明だった。漠然と、周囲は真っ暗で何も無い場所のように思っていた。だが、薄暗くはあるが何やらキラキラと光る物に囲まれていた。少しして、それが洞窟の中のような場所で、信じられないほどの量の魔晶石に囲まれているのが分かった。
黒い目の人物は真っ直ぐな黒髪をとても長く伸ばし、見た事のない形の衣装を着ていた。
「セレスティアノーラ」
黒い目の人物は、セラフィーナにそう呼びかけてきた。膝の上にはアレッサンドラの亡骸と思われる体を抱いている。やはり、自分は大聖女アレッサンドラの生まれ変わりではなかったのだと、セラフィーナは思った。
「ごめんなさい。あなたを救えもしないのに、お願いばかりして」
「構わない。おまえはなにも悪くない」
人形のような乏しい表情と、抑揚のほとんどない声で、黒目の人物が謝罪する。アレッサンドラの頬を撫でる手つきはぎこちないが、優しげに見える。
セラフィーナ自身が発した声は、どこか硬質でしわがれていた。そして、自身の体調がとても悪いことに気がついた。現実で体調が悪いせいかと思ったが、すぐに、この時もそうだったのだと思い出した。この時はもう、取り返しがつかないほどだった。
「ねえ、セレスティアノーラ」
黒目の人物が、伏せていた目をこちらへ向けた。大きな黒い目が、周りのキラキラとした光を反射して、まるで星空のようだとセラフィーナは思った。
「私たち、たぶん一緒に生まれ変わると思う。その時は、きっと一緒に幸せになりましょう」
***
翌朝、いつも通りセラフィーナの様子を見にきたルクレツィオは、とても顔色が悪かった。
「あの、ご体調が優れないのでしょうか」
「いや……大丈夫だ」
目が合わないのは相変わらずだが、声にもあまり力が無い。
「少し夢見が悪かっただけだ」
「夢、ですか?」
「ああ。いつものことだ」
ルクレツィオは無意識にか、胃の辺りに手を当てる。
「……昔から、たまに悪夢のような夢を見る。内容は全く覚えていないが。呪いとは関係が無いと言われていて、君の話でも関係は無さそうだったが、このタイミングで見るとは思わなかったな。まあ、悪夢なんて誰でも見るようなものだろう。半日もすれば回復するから、問題ない」
「そうですか……」
セラフィーナは、自身の夢の話をしようかと思っていたが、後回しにすることにした。半日で回復するなら、具合が悪そうな今わざわざ長話をする必要はない。ルクレツィオは、夕方にもちゃんと様子を見に来てくれるのだから。
「あまりご無理なさらないでください」
いつも自分がかけられている言葉を口にすると、ルクレツィオの表情がふと和らいだ気がした。
「ありがとう。そうする」
それから数日が経ち、カルローネとカシラギの再訪があった。事前にルクレツィオから聞いていた、魔力回復剤を試す日だ。
先に通常の診察をし、カルローネに回復が早いと褒められ、カシラギにも感心された。食事の量も元に戻ったと報告すると、もっと褒められた。
セラフィーナの現在の魔力量は、カシラギがギリギリ測れるくらいだと言っていた。これ以上になると分からないが、魔力回復剤による回復量と、通常の食事による大凡の回復量から、セラフィーナの総魔力量を推測するとのことだ。
調理場で予め凍らせていた魔力回復剤を運んできたのは、ルクレツィオだった。
周りがみんな立ったままで見守られる中、一人だけ座っているのは少し変な気分だ。だがそれよりも、テーブルの上に置かれた器の中の、魔力回復剤に意識が持っていかれた。
凍らせてから一口サイズに砕かれたそれは、蜂蜜がたっぷりとかけられている。とろりとした濃い琥珀色はとても美味しそうだが、魔力回復剤の、茶色と緑と何某かが微妙に混ざりきれていない色合いには不安を煽られる。
カルローネが興味深そうに覗き込んでいたが、ルクレツィオは何とも言えない顔をしている。凍らせる前に匂いを嗅いでしまったと言っていた。カシラギはすまし顔だった。
テレーザが、口直し用の水をコップに注いてくれる。セラフィーナは、蜂蜜をたっぷり纏わせた一欠片をスプーンで掬い口に放り込んだ。
初めて食べた蜂蜜は、滑らかで香ばしく、とても甘くて美味しかった。だがすぐに、なんとも言えない青臭さが鼻を突いた。これは味わってはいけないとセラフィーナは判断し、即座に飲み込んだ。しかし、口直し用の水を飲み干しても鼻に臭いが残って、少し涙目になった。
テレーザが背中をさすってくれる。
「奥様、大丈夫ですか?」
「大丈夫です……。こんなに美味しいのも、美味しくないのも、初めてです」
回復効果は即座に現れていた。たったの一欠片で、ネロッカのデザート三日分以上は回復した。
「これ、すごいです。本当にたくさん魔力が回復しました」
魔力が回復すると、その分身体のしんどさも軽減される。そうすると、運動できる量が増えて、食べられる量も増えるだろう。その結果、体調の回復も早くなる。
体調が早く回復すれば、その分早く、闇属性の子を探しに行ける。
コップに再度水を注いでもらい、セラフィーナは意を決して残りの魔力回復剤を一気に平らげた。
「……意外と根性がありますね」
カシラギが感心したように呟き、カルローネが愉快そうに笑った。
「アンドルフィ夫人、魔力が最大値に近づけばご自身でそれが分かるかと思いますが、まだ後どれくらい回復が必要かは分かりませんか?」
カシラギの問いに、セラフィーナは自身の体内を巡る魔力に意識を向ける。確かに以前の漠然とただ枯渇した感覚に比べると、己の状態が分かりやすくなった気がする。
「この魔力回復剤を……あと三回分くらい、でしょうか……」
「三回ですか?」
「はい、たぶん」
「単純に考えて王族の倍以上の魔力量ですね」
カシラギが、帳面に書き込みながら話を続ける。
「では、回復剤をあと三回分用意します。ただ、開発関係者の立ち合いと、服用前後の体調記録が必須です。カルローネ殿、次の診察はいつの予定ですか?」
「また七日後です」
「では七日後にまた私が回復剤をお持ちして立ち会います。それでよろしいですか?」
セラフィーナがルクレツィオを見ると、頷き返された。
「はい、問題ないです」
「夫人は一度にもっとたくさん回復しても問題なさそうですが、次で三回分一度に服用なさいますか?」
セラフィーナは、まだ鼻に残る青臭さに眉を下げて答えた。
「いえ、一度にこれ以上はちょっと厳しいです」
「そうですか。なら三回に分けましょう。カルローネ殿の往診は毎回七日ごとですか?」
「ええ、そうです」
「私もそのくらいの間隔だと時間を取りやすいので、予定を合わせます。主治医がいた方が安心ですしね。まあ、三回目の頃には食事での摂取だけでも回復剤一回分は魔力が回復していそうですが、そこは様子を見ながらにしましょう」
「はい、分かりました」
セラフィーナは力強く頷いた。少し前までは、ただ早く良くなりたいだけだったが、その先の目的ができて、やる気が溢れていた。
ルクレツィオが、なぜか少しだけ複雑そうな顔をしていた。
お読みくださりありがとうございます。
ここまでで一旦一区切りとして、しばらく更新を休止します。
早ければ今週土曜、遅くとも来週の土曜日には再開しますので、お待ちいただけますと幸いです。
次からは人探しになり、もう少し話が動くかと思います。
動くといいな……




