19. とてもお節介だから
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みなさまお読みくださりありがとうございます。
夕食前のいつもより少し早い時間に、ルクレツィオとジルベルト、テレーザがセラフィーナの部屋を訪れた。セラフィーナは化粧を落として部屋着に着替え、室内を歩き回っているところだった。立ったまま出迎えると、ルクレツィオが驚いたような顔をしていた。
「奥様、呪いを見られるとお聞きしましたが、大丈夫なのですか? ご負担がかかったりはしませんか?」
メイドを下がらせて、ソファーに移動すると、テレーザが心配そうに声をかけてきた。
「見るだけなら大丈夫だと思います」
「それなら良いのですが……呪いを見るのは、具体的にはどうやるのでしょう?」
「魂にかけられた呪いは、魔力を測るのと同じ方法で見る事が出来ると、本に書いてありました。実例があんまりないらしいですけど」
「呪い自体が禁じられているからな」
魔法の中には、諸々の理由で使用を禁止されているものがある。呪いが禁じられている理由は、他者への危害そのものだからだ。通常時に、攻撃魔法を人へ向けて使用する事が制限されるのと同等の理由だ。中には「理を著しく乱す」という理由で禁じられている魔法もある。蘇生や、魂そのものを消滅させる魔法がそれだ。
呪いをかける事自体が禁じられているため、呪いに関して一般的にあまり詳しいことは知られていない。セラフィーナは本で概要の解説を読んだことがある程度だ。魔法学院や研究所などでは詳しく知る事もできるという。
魔物や魔獣の攻撃で呪いを受けた場合は、傷口や体の表面に呪いが現れるらしい。ルクレツィオとジルベルトがかけられている呪いは前世からのものなので、魂にかけられているのだろう。
「一応ジルも連れてきたが、どうする?」
「二人とも見てみたいです」
「わかった。俺が先でいいか?」
「はい」
セラフィーナが頷くと、ルクレツィオがソファーの傍に膝をついた。身長差があるため、この方が目を合わせやすいのだ。ルクレツィオの眉間に深く皺が刻まれている。
「失礼します」
何となく安定感が無い気がしたので、声をかけて両頬に手を添えた。ルクレツィオが一瞬身じろいだが、抵抗はされなかった。
ルクレツィオが魔力を測った時と同様に、赤い目を覗き込む。セラフィーナはこの方法をとらなくても、何となくある程度人の魔力を測れる。普通はそうではないと知ってはいるが、口に出したことは無い。ルクレツィオの魔力はゆったりと循環しているようで、これが魔力が満たされている状態なのかとセラフィーナは思った。
意識を集中し、炎のように揺らぐ魔力の奥を探る。中心とも源とも言えるその部分に、幾重もの紫色の魔力が、編み込まれているかのように纏わりついていた。
明らかにルクレツィオの魔力とは異なるそれは、確かに呪いのように見える。だが、本に説明されていた禍々しさのようなものは無い。どんな影響があるかは分からないが、セラフィーナの目には少なくとも悪いものには見えなかった。悪い影響が無いものは、果たして呪いと呼ぶのだろうか。
ふと、光属性の魔力で触れてみたら、何か分かるかもしれないと思いついた。魔力は使わないとは言ったが、呪いを解くわけじゃないならそんなに使わないだろう。
ルクレツィオの頬に触れている両手に、ふわりと魔力を纏わせる。おい、と咎めるような声が聞こえたと同時に、編み込まれていた紫色が、花が開くかのように展開した。
「何だ、これは?」
咄嗟に身を離したルクレツィオとの間に、紫色の魔法陣が顕現する。術式は全く分からないが、まるで繊細なレース細工のように美しい。この魔法陣に込められた魔力を、とてもよく知っている気がする。
セラフィーナは暫し魔法陣に見惚れていたが、気がつくと、周囲の音と光が消えていた。
目の前に、自分とよく似た姿の女性が横たわっている。
ドクン、と心臓が音を立てた。
これは、白昼夢というものだろうか。
緩やかに波打つ白銀の髪が、地面に広がっている。
髪と同じ色の睫毛に縁取られた瞼が開かれることはなく。
横たわる身体を膝に抱え、頬に添える手つきは少しぎこちない。
手の主が、ふと顔を上げる。
その眼の色は、闇属性を示す黒。
──セレス
薄い唇が、静かな声で誰かの名を紡ぐ。
──セレスティアノーラ、あなたに、縁を繋いであげる
──エン?
──人や物事の繋がりそのものの事だよ
その声には抑揚があまり無く、表情もまるで人形のようだ。
──そんなの、いらない
──大丈夫、きっと助けてくれるから、その人は
「──様、奥様!」
テレーザの呼びかける声で、セラフィーナはハッと我に返った。心配そうな様子のテレーザと、ルクレツィオが目に映るが、なぜかぼやけてはっきり見えない。
魔法陣は、もう消えてしまっていた。
「奥様、これを」
テレーザがハンカチを差し出してくる。ようやく、自分が涙を流していることに気がついた。ハンカチを受け取って目元を抑えるが、すぐには止まりそうにない。
「……呪いを解いたのか?」
ルクレツィオの躊躇いがちな問いかけに、首を横に振る。
「いいえ。ちょっと魔力で触れてみただけです。何か分かるかもと思って」
「何かわかったか?」
セラフィーナは答えに迷って視線を落とした。
いつもの、よく分からない夢と思っていた夢は、もしかすると前世の記憶なのかもしれない。テレーザの呼びかけにかき消された言葉の続きを、セラフィーナはなぜかちゃんと知っている。
──その人は、とてもお節介だから
生まれ変わった時、困った事があったら助けてもらえるようにと、黒い目の持ち主は言っていたはずだ。少なくとも、ルクレツィオにかけられた魔術に込められている闇属性の魔力は、黒い目の人物のもので間違いない。
「その、多分、呪いではないように思います……」
「呪いではない?」
「はい」
この魔術は、セラフィーナのためのもの。だがそれを、上手く説明できる気がしない。そもそも、前世の記憶の話など、信じてもらえるものなのか。
「セラフィーナ」
不意に名前を呼ばれて顔を上げた。珍しく、ルクレツィオとしっかり目が合った。
「何か知っている事があるなら、話してくれないか。嫌ならそれで構わないから」
隠し事をしているのは、分かっているようだ。セラフィーナは、正面からルクレツィオをまじまじと見つめた。
黒い目の人物については、なぜか信頼できると確信がある。その魔力にとても懐かしさを覚える程度には好感もある。ルクレツィオは、その人が「とてもお節介」と評した人だ。きっと助けてくれるのだと。
「……上手く説明できないかもしれませんが」
「ああ、ゆっくりで構わない」
ルクレツィオはセラフィーナの対面のソファーへ座り、ジルベルトとテレーザにも座るよう促した。
セラフィーナがルクレツィオの頬に手を添えた時のジルベルト:
「えっ、これ私もされるの?」(無)




