18. 仮定の域を出ない思いつきだよ
ルクレツィオは少々気まずい思いをしていた。なぜ今年成人したばかりのセラフィーナに、後継ぎの心配をされなければならないのか。アンドルフィの利益を気にしていた時もそうだが、不意に普通の貴族的な価値観をセラフィーナから出されると、面食らってしまう。いや、貴族としては後継を機にするのが正解だ。やはり、見た目の雰囲気に惑わされ過ぎているのかもしれない。
思わず強く言い過ぎてしまったのも良くなかった。顔を見なくても、声で気が沈んでしまったのがわかる。
「君を迎えた対価をアンドルフィはきちんと得ていると言っただろう。迷惑をかけるという考え方はしなくていい。それよりも、『別の家に嫁いでも良い』なんてことは軽々しく口にするな。貴族の中には、カルファーニア伯爵以外にも、自分たちの利益しか考えない連中がいるんだ。うっかり聞かれたら利用されてしまうぞ」
「わかりました」
言い訳をするように後継問題から論点をずらしたが、それがバレているのかいないのか、声の調子が弱々しいまま返事があった。
目の前のフラヴィオが面白そうな顔をしているのが、微妙に腹が立つ。
フラヴィオがとりなすように口を開いた。
「まあまあ、最低三年は離婚できないんだからさ。今急いで結論を出す必要もないよ。三年あれば、聖女に下手に手出しできないように、法整備をじっくり進める事もできるからね」
正面からセラフィーナの表情を確認できるフラヴィオは、ややあって再度言葉をかける。
「……私としては、できればルクレツィオと一緒にいてもらいたいんだけどね」
セラフィーナが顔を上げた。
「どうしてですか?」
「夫人は、『大聖女アレッサンドラの生まれ変わり』と言われているだろう」
「小さい頃そう言われた事はあります。でも、私は信じていません」
ルクレツィオもその話はあまり信じていない。だが、本人がはっきり否定した事には少し驚いた。
「そっか。まあ私も半信半疑くらいなんだけどね。結構本気で信じている人たちもいて、みんな、ある事を懸念している。何かわかるかい?」
セラフィーナは全く心当たりが無いようで、首を傾げた。フラヴィオが視線を寄越したので、ルクレツィオが代わりに答えた。
「『破滅の魔女の復活』だ。歴史書にも、破滅の魔女が斃された際に復活の予言をしたとあるだろう」
「みんなそれを信じているんですか?」
驚いたようにセラフィーナが言う。いかにも聖女らしい、浮世離れした見かけの雰囲気とは裏腹に、セラフィーナは現実的で地に足がついている。
「私も別に信じたいわけじゃ無いんだけど……そうかもしれない、と思えるような事が重なるとね。完全に無視できないんだよ」
「何か、復活の予兆みたいな出来事があったのですか?」
「予兆ってほどじゃ無いよ。友人が、生まれつき闇属性の呪いを受けているんだ。それも、二人」
「闇属性の、呪い……」
「そう。二人ともすごく優秀な人材で、本当は近衛に欲しかったんだけどね。入隊前の審査で発覚して、落ちちゃったんだ」
近衛の入隊審査の一部は、王室の侍医が行う。どんな者の魔力も測れる特殊能力の持ち主だ。彼が言うには、「見た事のない術式で、どんな影響があるかも分からない」とのことだった。前代未聞の事ではあった。
「今は存在しない術式の呪いがかかっていて、それも闇属性。歴史上に存在した闇属性魔力の持ち主は、破滅の魔女だけだ。だから、前世で破滅の魔女から呪いを受けたんじゃないかって言われている。例えば、破滅の魔女を斃すような事をしたせいで。そこに、大聖女アレッサンドラの生まれ変わりかもしれないっていう、夫人の存在があるとね。破滅の魔女の復活もあるかもしれない、って思うじゃない?」
大聖女アレッサンドラの生まれ変わりだと言われる聖女がいる国に、生まれつき闇属性の呪いを受けた人間が二人もいる。それは、単なる偶然で片付ける方が難しいかもしれない。
「その、呪いを受けているご友人お二人は、今どうされているのですか」
セラフィーナの問いに、ルクレツィオは一瞬目が泳いだ。フラヴィオはとてもいい笑顔になった。
「そうだね、一人は軍に入隊して大活躍して、今は英雄って言われているよ。もう一人は、その従者」
セラフィーナがパッとルクレツィオを見た後、背後に控えているジルベルトを見た。自分の話をされていると、面映いような妙な気分になってしまうのは一体何故なのか。
「お友達だったんですね」
「そうでもない」
「もう、すぐそんなこと言う。仲良しだよねえ」
「知らん」
ルクレツィオの適当な受け答えを、フラヴィオは笑って流す。これが許されているという事、それに対する甘えは自覚している。
「私たちはね、魔法学院の同期なんだよ。ここにいる四人とも」
「そうなんですか」
四人というのは、フラヴィオの後ろにいる護衛も含めている。黒に近い紺色の髪に藍色の目と、纏っている色合いは冴えて落ち着いているが、本人は直情的で少し残念な性格をしている。今は聖女であるセラフィーナの手前、大人しくしているだけだ。
「私の結婚相手になったのは、闇属性の呪いがあるからですか?」
セラフィーナの疑問に、フラヴィオは笑って首を横に振った。
「いや、家格とか立場とか性格とか、他にも色々理由があって決めたんだよ。でも、ルクレツィオと一緒にいてもらいたいのは、呪いが理由かな。どんな影響があるのか分からないけど、光の聖女ならどうにかできるかもしれないから」
「フラヴィオ、一応言っておくが、それも余計なお世話だ」
「そうだねえ。でもほら、万が一破滅の魔女が復活したら、英雄と光の聖女が一緒にいた方がいいと思うしね」
「そうですか……」
セラフィーナの声に、ようやく何か納得したような響きがあった。
「夫人は、破滅の魔女は復活すると思う?」
フラヴィオが軽い調子でセラフィーナに問う。
「……わかりません」
答えるまでに、少し間があった。
フラヴィオが、何かに気が付いたような顔をしたが、特にその場では言及はしなかった。
「少し長く話し込んじゃったね。アンドルフィ夫人は、もう下がって良いよ。話ができて良かった」
「はい、こちらこそ、ありがとうございました」
フラヴィオに促され、ルクレツィオはセラフィーナを部屋へ送るために、一旦一緒に応接間を辞する。
軽い身体を抱きかかえて廊下を進んでいると、セラフィーナが話しかけてきた。
「あの、旦那様」
「なんだ」
「呪いを見せていただく事はできますか」
セラフィーナの言動には、意表を突かれてばかりな気がする。光の聖女ならどうにかできるかもしれないと言われたからだろうか、とルクレツィオは推測した。
「……フラヴィオ殿下がおっしゃってた事なら、気にしなくていい」
「いえ、私が見てみたいんです。見るだけなら魔力も使いません。……見れるかは分かりませんけど」
「分からないのか」
「はい。やった事はないので。駄目ですか」
今のセラフィーナに魔力を消費するような事はさせられないから、出来るとしても呪いを解いてもらうわけにはいかない。だが、見せるだけなら問題ないだろう。
「駄目ではない。殿下が帰られてからで良いか?」
「はい。ありがとうございます」
セラフィーナを部屋へ送ってから応接間へ戻ると、フラヴィオが何杯目か分からない紅茶を啜っていた。
「手洗いが近くなるぞ」
「良いでしょー、このお茶が毎日飲めるなんてほんと羨ましいよ。夫人は口をつけてなかったねえ。勿体無い」
「こういう場に慣れていないんだ。タイミングが掴めなかったんだろう」
「あー、もっとゆっくり話してあげれば良かったね」
ルクレツィオもソファーに座り、ティーカップを口に運ぶ。フラヴィオがいちいち褒めるのが当たり前に思える程度には、ジルベルトの淹れる茶は美味い。だが、セラフィーナはまだこの味を味わった事がない。食事や茶の時間をまだ共にした事が無いからだ。今日はせっかくの機会だったが、仕方ないだろう。
「夫人はみんなの言う通り、なんというか、いかにも聖女様な雰囲気だね」
「……そうだな」
フラヴィオが、テオドロと似たような事を言う。それが少し可笑しい。顔には出さなかったつもりだが、フラヴィオは「何笑ってんの」と突っ込んできた。
「ねえ、カルファーニアから領地没収したら、アンドルフィが治めてみない?」
「それだと、『アンドルフィは領地を持たないから聖女を迎えても恩恵が少ない』という言い訳が成り立たなくなる」
「うーん、もう結婚しちゃった後なんだから良くないかな」
「いや、駄目だろう。それに、領地を賜る理由が無い」
軽い調子で適当な事を言うフラヴィオに、ルクレツィオは固く断りを入れる。
「理由ねえ。本当は叙爵の時に領地も授けても良かったんだよ。たまたまあの時ちょうど良い土地が無かっただけで」
「そうだとしても、今軍と領地経営を両立するのは難しいな。まだ国内のあちこちに魔物が出るし、戦争も休止しているだけで、終わったわけじゃない」
ルクレツィオが活躍して英雄と言われるきっかけになった戦争は、実は聖女を狙っての侵攻だったのではという見方がされている。当初はただの侵略だと思われていたが、後になって、その国、ヴェスペラ王国では建国後一度も光属性が現れていないという情報が入った。アールガルダ帝国崩壊直後くらいから存在し、乱立する周辺諸国を取り込みながら現在に至るまで、一度もだ。
その頃すでにセラフィーナは齢十をとっくに超えており、外交の場でも話題に出される事があった。ヴェスペラが、長生きしそうな聖女の情報を把握していないはずがない。聖女に関する条約も、一度も聖女が生まれて来ていない国にとっては、何の意味も無いだろう。
「まあ、軍はいつか退役するものだからさ。領地の件も、急いで結論出さずに覚えておいてよ。まあ私の一存で決められることでも無いけどねー」
「ああ、まあ覚えておく」
一存では決められない、とは言っているが、フラヴィオの調整能力はなかなかのものだ。サリクス王国の第一王子でありながら母親の地位が低く、王位を継ぐ可能性が一番低い立場にある。勿体無いと嘆く者もいるが、本人は王位を継ぐ事を考えないからこそ出来る事をしているのだと言う。ちなみに、カルファーニアにこの縁談を持ち込んだ際は、実はフラヴィオ本人が直々に乗り込んでいる。戻って来た時、聖女様に会えなかったとぼやいていた。
「そういえば、さっき夫人に破滅の魔女は復活すると思うかって聞いた時、答えるまで間があったじゃない」
「……そうだな」
「分からないのは嘘じゃないと思うんだけど、他に何か思うところがありそうな気がするんだよね。それと、私もそれを見て一つ思いついちゃったんだけどさ」
「なんだ?」
「大聖女アレッサンドラが生まれ変わったなら、破滅の魔女の復活も、生まれ変わりなんじゃないかなって。その場合、もうとっくに生まれてるって思った方がいいんじゃないかなあ」
ルクレツィオは思わずフラヴィオの顔を凝視した。フラヴィオは、軽く肩を竦めて見せる。
「仮定の域を出ない思いつきだよ」
ルクレツィオは、生まれ変わりの話はあまり信じていない。だが、自分と従者に前世からと思われる呪いがかけられていて、大聖女アレッサンドラに似ているらしい姿の光の聖女セラフィーナがいる。破滅の魔女が復活すると言われても疑わしいが、闇属性魔力を持った者が生まれているかもしれないと言われれば、ずっと現実味がある。それも、サリクス国内の可能性が高い。
フラヴィオは空になったティーカップをソーサーに戻し、立ち上がった。
「さて、すっかり長居してしまったね。そろそろお暇するよ。紅茶ごちそうさま」
「ちょっと待ってくれ。一つ頼みがある」
「え、なに?」
「妻の魔力回復量が足りないから、開発中の魔力回復剤を使用できないか頼んでいる。フラヴィオも、できたら口をきいてくれないか」
フラヴィオの顔が、嫌そうに歪んだ。
「ええ……あれ飲ませるの? ちょっと夫人に同情しちゃうなあ」
「飲んだ事があるのか?」
「いや、匂い嗅いだだけで駄目だった。そっか、あれを……まあ、わかった。私が口利きするまでもないと思うけど、担当者に声かけておくよ」
「ありがとう、頼む」
フラヴィオは快く引き受けてはくれたが、よほど嫌な匂いだったのか、顔は嫌そうなままだった。




