17. 気にしなくていいと言っている
昨日は更新できませんでした……orz
一旦更新を1日おきにしようと思います。
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セラフィーナは翌日も朝から全身筋肉痛だった。ルクレツィオからあまり無理をしないよう言われていたが、午前中のうちに筋肉痛がほぐれる程度には運動した。
午後になると俄かに邸内が騒がしくなった。セラフィーナは来客対応用のドレスに着替えをさせられた。薄いライムイエローのドレスはヨークで丸く切り替えがあり、フリルと同色のレースが重ねられている。切り替えの内側には、細かな花模様の刺繍がある。ふわりと広がる袖口と裾にもフリルとレースが重ねられ、裾部分は三段の切り替えで重ねられている。セラフィーナは細すぎるためコルセットはしていないが、ウエストの後ろで結んだリボンで腰回りのラインがスッキリしている。
胸元のリボンと、ハーフアップにした髪に飾られたリボンの色は赤。ルクレツィオの目の色だ。化粧も普段よりしっかりとされ、鏡にはだいぶ華やかになった姿が映っていた。
セラフィーナの準備が終わってしばらくすると、来客の知らせがあった。それからまた少しして、ルクレツィオが部屋へ迎えに来た。
ルクレツィオはセラフィーナの姿を見て一瞬固まって目を瞬かせたが、すぐにいつも通り顔を逸らされた。
「フラヴィオ殿下がいらっしゃった。応接間に通しているが、あまり待たせるわけにはいかないし、階段はまだ危ないから、俺が君を抱き上げて連れていく」
「わかりました」
セラフィーナの部屋は二階、応接間があるのは一階だ。セラフィーナ自身、まだ階段を降りるのは難しい気がする。
「では、失礼する」
そう声をかけてから、ルクレツィオは椅子に座っていたセラフィーナをひょいと横抱きに抱き上げた。持ち上げる際に少しも体幹が揺らぐ様子もなかった。とても力強くて安定感がある。さすが英雄と称される軍人だ。セラフィーナはいたく感心して、すぐ近くにある整った横顔を見つめた。
「……なんだ?」
セラフィーナの視線に気がついたルクレツィオが、歩きながら問いかけてきた。見過ぎてしまったようだ。
「いえ……重くないですか」
「君はむしろ軽過ぎる方だ」
「そうかもしれません」
「かもじゃないだろう」
ルクレツィオが、眉間の皺を深くした。セラフィーナといる時、ルクレツィオはいつも顔を顰めている。顔が嫌いなのかとセラフィーナは思っているが、それでも毎日朝夕様子を見に来たり、こうして抱き上げて運んだりしてくれる。ルクレツィオはとても義理堅くて紳士的な人のように思う。結婚前に聞かされた渾名と、実際の人物像はかけ離れている。
応接間の扉の前でゆっくり降ろされ、そのままルクレツィオのエスコートで応接間に入った。
「お待たせしました、殿下。こちらが妻、セラフィーナです」
「お初にお目にかかります。セラフィーナ・アンドルフィです。お会いできて光栄です」
室内のソファーに座っている人物へ、セラフィーナはすっと淑女の礼をとった。午前中、メイドが気が付いて練習できたため、ふらつかずに済んだ。
「フラヴィオ・フィオラヴァンティ・サリクスだ。初めまして、アンドルフィ夫人。二人とも、楽にしていいよ」
フラヴィオの声かけで二人は姿勢を戻し、ソファーに座った。
フラヴィオは整った顔立ちで、琥珀色の目は少し垂れ目がちだ。王族らしく魔力がとても強い。真っ直ぐな金髪を長く伸ばして後ろでまとめている。髪型はルクレツィオと似ているが、雰囲気は真逆で、優美な印象だ。フラヴィオの背後には、護衛の男性が一人控えている。その人は、黒に近い紺色の髪に、藍色の目だ。二人とも、ルクレツィオと年齢が近いように見える。
ジルベルトがティーカップに紅茶を注いで、目の前のローテーブルに二つ並べた。
「ジル、私にももう一杯くれ」
「かしこまりました」
ジルベルトは静かに移動して、フラヴィオのティーカップにも紅茶を注ぐ。
「いやー、ジルが淹れてくれるお茶ってほんと美味しいよね。半分これが楽しみでここに来てるよ」
「ありがとうございます」
上機嫌で褒めるフラヴィオへ眉ひとつ動かさずに礼を言うと、ジルベルトはルクレツィオの後ろへ下がった。
「さて、アンドルフィ夫人。ここでの暮らしはどうかな?」
ティーカップを口に運びつつ、フラヴィオが問いかけてきた。フラヴィオの名前は、婚姻関係書類のサインで見た。ルクレツィオとセラフィーナの縁談を、カルファーニアに持ちかけた王族だ。
「とても良くしていただいています」
「それは良かった」
フラヴィオはニコニコとしながらルクレツィオをチラリと見る。
「旦那様はどう? ちゃんと会話とかしてる?」
「はい。毎日朝と夕にお話をしに来てくれます」
「そうなんだ? これくらいなら大丈夫なの?」
「殿下」
フラヴィオのよくわからない問いかけを遮るように、ルクレツィオが声を上げた。不思議に思ってセラフィーナがルクレツィオを見ても、いつも通りこちらを見ない。
「あー、そうか。わかった。はいはい」
フラヴィオは何やら一人で納得したように呟くと、再度セラフィーナへ目を向けた。
「夫人から見て、ルクレツィオはどういう人かな?」
「とても誠実で優しい人だと思います」
「へえ、わかってるねえ。そうだよ、ルクレツィオはいい奴だよ」
セラフィーナの答えに、フラヴィオは楽しそうな顔をする。ルクレツィオはなんだかバツが悪そうな顔をしていた。王族がわざわざ訪ねてくる上、名前で呼んでいるということは、結構親しいのだろうか。
「今日はね、君たちがどんな様子か自分の目で見たかったのと、カルファーニア伯爵の処遇について伝えておこうと思って来たんだ」
「伯爵の処遇……ですか」
「そう。実は夫人への仕打ちって結構問題でさ。貴族でも虐待が発覚したらそれなりに罰を受けるんだよ。しかもこの場合、『聖女』が相手だからね。それだけ罪も重くなる。最低でも降爵と領地の縮小は免れない」
「そうなんですか?」
「重くしないと対外的に示しがつかないってのもあるんだよね。他と同じにしちゃうと、特にラウルス公国とかとかオルナータ王国みたいな、聖女信仰の厚い国からの態度がすごく厳しくなるから」
ラウルス公国とオルナータ王国は、サリクス王国と国境を接している。フラヴィオの言う通り聖女信仰が厚く、特にラウルスは『大聖女アレッサンドラ』が活動の拠点としたとされる聖地があり、小国だが他国から一目置かれる存在だ。
「一応確認しておくけど、酌量して欲しいとかそういうのある?」
「……特にないです」
「わかった。裁判はこれからだから、判決が降りたらまたルクレツィオに報告させるよ」
「はい。ありがとうございます」
「夫人からは、私に何か聞きたいことはないかい?」
フラヴィオの言葉に、セラフィーナは少し考えて口を開いた。
「あの、アンドルフィは、一時的に私を保護してくださっていると聞きました」
「うん」
「それは、いつまでなのでしょう?」
「うーん、そうだねえ」
フラヴィオは紅茶を一口飲んでから、言葉を続けた。
「夫人とルクレツィオが良ければ好きなだけ、って言いたいところだけど、アンドルフィに後継ぎができないのもねえ」
「フラヴィオ、それは余計なお世話だ」
ルクレツィオが強めの口調でフラヴィオを咎める。フラヴィオは、少しも気にしてなさそうな調子で軽く肩を竦めた。王族の名前を呼び捨てできるとは、やはり結構親しい間柄のようだ。
アンドルフィに跡継ぎができないと言うのは、セラフィーナが聖女のため、白い結婚でなければいけないからだ。確かにそこは、ちゃんと考えなくてはいけないだろう。
「とりあえずは三年だね。それ以降は夫人次第だ。ただねえ、早速『アンドルフィだけが聖女を家に迎えるのはずるい』とか言い出すのが出てきたんだよね。三年経ったら離婚して、自分たちの家系の者と白い結婚をさせろってさ。想定の内ではあるけど、ちょっと厄介なんだ」
白い結婚の場合、三年経ったら離婚することができる。離婚したらすぐにまた、別の家へ白い結婚で嫁げという話が出ているようだ。
「この国は、王族や貴族に対して、中立の立場で聖女を保護できる機関がないからね。ラウルスの修道院とかオルナータの聖女教会みたいな。今からそういう機関を作るのも難しいしんだよ。まあ、王族としてはサリクスにいてくれればそれでいいんだけど」
中立の機関があれば、カルファーニアからセラフィーナを連れ出すのに、わざわざルクレツィオと白い結婚をする必要もなかったのかもしれない。
「アンドルフィにご迷惑はかけられないので、三年で離婚して他の家に嫁ぐのが良いならそうします」
セラフィーナがそう言うと、ルクレツィオは驚いた顔でセラフィーナを見た。フラヴィオは目を見開いた後、眉を下げて笑った。
「うーん、夫人次第とは言ったけど、そういうのはあんまり良くないかな。一度やっちゃうとその次もってなるし、そうすると他国から聖女の扱いについて厳しく批判されちゃうだろうし」
「でも、先ほど殿下がおっしゃってた通り、アンドルフィに後継ぎができないのは良くないと思います」
「そんな事は気にしなくていい」
いつになく強い口調でルクレツィオが言い切った。再び逸らされた顔は盛大に顰められている。
「でも……」
「気にしなくていいと言っている」
フラヴィオに余計なお世話だと言っていたが、やはり失礼だっただろうか。だが、気にしなくて良いはずがない。
「……はい」
セラフィーナが小さく返事をすると、ルクレツィオが大きくため息を吐いた。フラヴィオは、興味深そうにそれを見ていた。




