16. 廊下に椅子を一脚出しておいても良いでしょうか?
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夕食前、ルクレツィオはテレーザを伴ってセラフィーナの部屋へ訪れた。
セラフィーナはテーブルセットの方にいたため、ルクレツィオも椅子を引いてそこへ座り、メイドを下がらせる。朝方様子を見に来た時、セラフィーナは筋肉痛で顔まで強張らせていたが、今は問題ないようだ。だが、表情はわかりやすく曇っていた。
「……筋肉痛はマシになったようだな」
「はい。たくさん動いているうちに、ほぐれたみたいです」
「身体を休めなかったのか」
軍人などは鍛錬で筋肉痛は日常的なもので、動いた方が良いとは知っているが、普通の女性なら身体を休めるものだ。セラフィーナは案外と活動的なのかもしれない。
「ちゃんと休んでもいます。午前中に一番たくさん歩いたので、午後は少し休んで読書をしました」
「そうか」
午前中は、「怠けている」と疑いをかけられたイルヴァの担当時間だ。その時間に一番運動しているなら、やはりリータの訴えは間違っている可能性が高い。
「あの、本をもうすぐ読み終わりそうなので、また書斎でお借りしても良いでしょうか」
「ああ。別に俺に許可を取らなくてもいい。アロルドに何冊か見繕わせて持って来させよう」
「いえ、あの……」
まだ部屋から出るのは大変だろうと思って提案したが、セラフィーナからは意外な反応が返ってきた。
「自分で行って選びたいです。駄目でしょうか」
「駄目という事は無いが……もう部屋から出て大丈夫なのか?」
「多分、大丈夫です」
テレーザに目をやると、首を傾げていた。彼女は忙しいため、メイドにセラフィーナの世話を任せている。時折様子を見たり、メイドの報告を聞いてはいるようだが、実際にどれくらい動けるかまでは把握していないようだ。
「奥様、先ほどたくさん動いたとおっしゃってましたが、具体的にどれくらい運動なさいましたか?」
「えっと、基本的にはここからソファーまでの間を歩いています」
テレーザの問いに、セラフィーナは思い出すようにしながら口を開く。
「今日は、四半時の間に最大で十回往復できました。それと、ゆっくりですけど、休まずに三往復できました。だから、明日には書斎まで行けるんじゃないかと思うんですけど」
想像の数倍は動き回っていた。テレーザも予想外だったらしく、「まあ」と言って浮かべた笑顔が若干引き攣っている。昨日の今日で考えると逆に動き過ぎでは無いかと心配になるが、肉体の回復力が高いのだろうか。
「午前中ずっと、そうやって歩いていたのか?」
「はい。最初は休む時間が長くてそこまで動けませんでしたが……明日には休まずに室内を一周できるかもって、メイドも言ってくれました」
「そのメイドは、午前中を担当しているメイドだな?」
「はい」
「君が歩いている間、そのメイドはどうしてる?」
現在セラフィーナについているメイドの主な仕事は、セラフィーナが動く際の補助だ。イルヴァとリータはそのやり方が違うのではないかと、テオドロが予想していた。
「ずっと傍について、一緒に歩いてくれます」
ふらついたらちゃんと支えてくれるし、立ち上がる際も補助してくれるとセラフィーナは説明した。聞いている分には、イルヴァのやり方は何も問題が無いように思える。リータはどこで怠けていると思ったのだろう。
「君に今ついているメイドは、みんな同じやり方で補助しているのか?」
この問いへの答えを、セラフィーナは一瞬言い淀んだ。
「……いいえ、それぞれやり方が違います」
「そうか。誰の補助の仕方が一番良いんだ?」
「午前中のメイドです」
「なら、そのやり方に合わせるよう他のメイドに伝えるといい」
「……はい」
ルクレツィオの言葉に、セラフィーナは返事をしつつも俯いてしまった。
「もしかして、もう伝えたのか?」
「はい」
「聞き入れられなかったのか」
「……はい、でも、私のためだと言ってたので、悪気は無いと思います」
セラフィーナがリータを庇うような事を口にするが、困っているのは明らかだった。
「わかった。そのメイドは配置換えしよう」
「でも、あの、良いのでしょうか」
「そんなに気にしなくていい。悪気が無くても、相性が合わないこともある。君が我慢する必要は無い」
「わかりました……あの、ありがとうございます」
セラフィーナは、戸惑いつつも礼を言ってきた。
「聞き入れなかったのは一人だけか?」
「はい。その、まだ一人にしか伝えていませんでした」
「そうか。他にも問題があったら、俺かバリーニの誰かに相談してくれ」
「はい」
セラフィーナが頷いたのを確認し、ルクレツィオも頷いた。
「ああ、自力で書斎まで行くのはまだ待ってくれ。明日はフラヴィオ殿下がおいでになる。君とも話をしたいそうだから、念のため無理せず室内で過ごしていて欲しい」
「わかりました」
セラフィーナの部屋を辞した後、リータに聴取を行った。その結果、やはりセラフィーナとは相性が悪いだろうという結論になった。
確かに悪気は全くないし、セラフィーナの身を本気で案じている。だが、案じるあまりなのか、自力で動きたいというセラフィーナの意思を軽んじてしまっているのは問題だ。そこを指摘しても、あまりピンと来ないようだった。
セラフィーナが自分で書斎に本を借りに行きたいと言ってるがどうするか、と問うたら、「そんなご無理をさせるなんてとんでもないです。私がお望みの本をお持ちします」と答えた。
リータのやり方のほうが楽で助かると言う人もいるだろうが、セラフィーナの求めている事ではない。もっと自己主張の強ければ自分で対処できたかもしれないが、今セラフィーナがリータに合わせる必要もない。
翌日から、リータは主人夫婦のプライベートスペース以外の掃除担当に配置換えされた。
イルヴァの方は、聴取の結果、セラフィーナの言い分とも食い違いがないため、問題ないと言う結論になった。リータと同じく、セラフィーナが自分で書斎まで行きたいようだという話をすると、イルヴァは少し考えて答えた。
「廊下に椅子を一脚出しておいても良いでしょうか?」
ルクレツィオは短く、頼む、と返した。




