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破滅の魔女は新月に笑う  作者: 蓬莱萌


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1. 悍ましくてお似合いだわ

「聞いたわよ。あんた、あの『黒い死神』に嫁ぐんですって?」


 カルファーニア伯爵領の領主館にて、『祈りの庭』へ向かう途中、セラフィーナは異母姉のグレタに声をかけられた。せっかく人目を避けて移動しているというのに、わざわざ待ち伏せしていたようだ。美しく着飾って、いつものように馬鹿にする気満々といった風情で、古臭いワンピースを着たセラフィーナをジロジロと眺めてくる。


 グレタ・カルファーニアは、辛子色の髪に焦茶色の目を持つ。目の色は魔力属性の指標になり、茶色系統は土属性の適性を示す。平民だった母親に似たためか、グレタの魔力はそれほど強くない。

 対するセラフィーナ・カルファーニアは、白銀の髪に、光属性を示す金色の目だ。生まれた時よりも魔力が弱くなったと言われているが、実際のほどは定かではない。父親であるルドヴィコ・カルファーニア伯爵や異母弟のドメニコよりは強いように思えるからだ。

 母親が違うこともあるが、服装の差も相まって、セラフィーナとグレタ二人が並んでも姉妹には到底見えない。


「はい。明日の午後にお迎えが来るそうです」


 セラフィーナが素直に肯定すると、グレタはフンと鼻を鳴らす。

 結婚の話はセラフィーナもつい先ほど伯爵に聞かされて知ったばかりなのだが、グレタは先に知っていたようだ。


「血も涙もない暴力的な男らしいじゃない。顔つきもすっごく恐ろしくて、『暴虐の君』とも言われているんですってねえ。そんなのに嫁がなきゃいけないなんて、可哀想に」


 吐かれる言葉とは裏腹に、声色と表情は、ちっとも可哀想などと思ってはいなさそうである。


 『黒い死神』だの『暴虐の君』だの散々な言われようの結婚相手は、ルクレツィオ・アンドルフィ子爵。フィッツァロッティ侯爵家の次男だが、独立して軍に入り、数年前の戦争で功績を上げて爵位を賜ったという。その戦いぶりや普段の振る舞いから恐ろしい渾名が付いて広まったようだ。

 国のために戦って悪し様に言われるのはあんまりじゃないかとセラフィーナは思うのだが、口にはせずに俯く。下手に口ごたえすると酷い目に合わされる。


「私にはファルツォーネ侯爵子息との縁談が来ているそうよ。お若いながらもすでに侯爵家の持つ事業をいくつも任されている優秀な方なの。ふふ、比べるのも可哀想なんだけど、すごく差がついちゃったわね」


 そう言ってグレタは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。縁談の内容の差で優越感を持って、セラフィーナを蔑むついでに自慢しに来たらしい。

 確かに差はあるが、子爵家でも伯爵令嬢の嫁ぎ先として十分家格が釣り合っている。それに、爵位が上がればその分責任は重くなる。それを、グレタはちゃんと理解しているのだろうか。


「まあ、あんたみたいな役立たずが──」

「あの、最後に『恵みの祈り』を捧げたいので、行ってもいいでしょうか。伯爵からも言われてますので」


 まだ続きそうだった言葉を遮って、頭を下げる。祈りはグレタも邪魔することはできない。これだけは厳しく言われているようだ。今回は伯爵の命令もあるので尚更だ。

 グレタは面白くなさそうに顔を歪めた。


「まあいいわ。それにしても、『偽物聖女』の結婚相手が死神だなんてね。悍ましくてお似合いだわ」


 グレタが踵を返したのを確認して、ようやくセラフィーナは目的の『祈りの庭』へ足を向けた。



 『祈りの庭』または『祈りの間』は、とても古い設備だ。このサリクス王国の建国以前に大陸全土を支配していた、アールガルダ帝国の時代のものだという。アールガルダ帝国が滅びたのは三百年ほど前なので、それよりもずっと前に作られたということになる。サリクス王国内の主だった地域全てにあるわけではないのは、帝国時代の区分で設置されているからだという。

 設備の要は地面に円形に敷き詰められたモザイクタイルだ。色とりどりの細かなタイルで高度な魔術式が記されている。いわゆる魔法陣というものなのだろう。屋外にあれば大体ガゼボのようになっていて『祈りの庭』となり、建築物内に取り込まれていれば『祈りの間』となる。


 ここ、カルファーニアの領主館にある『祈りの庭』は、周囲を目隠しの生垣に囲まれた、こぢんまりとした印象の空間となっている。庭師が季節ごとに様々な花を植え替えており、今はラナンキュラスやチューリップが咲き始めているところだ。どこからか沈丁花の香りも漂ってくる。

 季節的にはだんだんと暖かくなってきているとはいえ、じっとしているとまだまだ肌寒い。セラフィーナはショールをしっかりと身体に巻き付けて、モザイクタイルの中心で祈りの姿勢をとった。


 魔力をゆっくりと巡らせて集中していると、足元のモザイクタイルが淡い金色の光を放つ。そうすると、この魔法陣の影響下にあると思われる地域の、魔力の流れというか、魔素の状態ともいえるような情報が、何となく把握できるようになる。その範囲は、カルファーニア伯爵領の領地より広い。未開の森が広がる南側と、王都に近い西側は領地に沿った範囲だが、北側と東側は隣接する他領まで及ぶ。それらの領地には『祈りの庭』も『祈りの間』も無いので、それが古い区分での境目なのだろう。

 魔法陣は、セラフィーナが注ぎ込んだ魔力を増幅し、恵みの力として拡散する。恵みの力は大地に吸収され、豊かな実りの糧となる。


 集中して魔力の流れを追っていくと、恵みの力が大地に吸収されていく様子が伝わってくる。その中でいつも、降り注ぐ恵みをそのまま受け取らない一帯がある。

 カルファーニア伯爵領の南西部。王都寄りの地域だがどの都市部からも離れていて、農村地帯が途切れ、未開の森林地帯がとても近い場所。

 その地域に降り注いだ恵みの力は、他の場所のようにすぐに大地に吸収されず、緩やかに滞留しながら、長い時間をかけて少しずつ吸収されているようなのだ。


 『恵みの祈り』は月に一度捧げている。その一帯に滞留する恵みの力は、次の祈りの時までにはほとんど吸収されているが、それでもいくらか残っている。今回は、結婚が決まってここを出ていくことになったので、いつもより祈りのタイミングが少し早まった。そのため、残っている恵みの力はいつもより多めだった。

 もしかしたら、本来はこっちの方が恵みの力の受け取り方として正しいのではないかと、セラフィーナは考える。直接目にしたことはないが、魔法陣を介して伝わってくる様子だと、他の地域よりもずっと豊かな様子に思えるのだ。だが、それを口に出すことは無い。一応、最初に気がついた際には伯爵へ報告したが、気のせいだろうとあしらわれ、余計な事を考えるなと怒鳴られた。それ以来、何も伝える義務は無いと思っている。


 地図でその辺りを確認したことがある。小さな村が三つほどあるようだったが、その一帯の範囲はほとんど森にかかっていた。そこにある何か、もしくは誰かの魔力が、恵みの力の浸透に影響しているのかもしれない。その範囲は、少しずつ広くなっている。最初に気づいた時からすると、倍くらいには広がっている。まるで、成長しているかのように。

初投稿です。よろしくお願いします。

本日21時に次の話を投稿します。

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