13. やらないよりマシ
話に一旦区切りがつくと、カシラギはいそいそと、机上に並べられているバインダーの一つに、もらったばかりの資料を挟んで片付けた。机仕事中すぐ手に取れる位置だ。仕事中に見る気なのだろうか。
「カシラギ殿、実は相談があるんだが」
「はい、何なりとどうぞ」
徐ろにルクレツィオが切り出すと、即答された。カシラギは、容姿と物腰から神経質な人間と思われがちだが、実際は結構単純なところがある。
「妻の、魔力回復がについてだが、全く回復量が足りていないみたいなんだ」
「そうなんですか? 確かに私では測り知れないほどの魔力でしたが」
丸いメガネの奥の目が驚きに見開かれる。
「一応俺も見てみたが、全く測り知れなかった。間違いなく王族よりも上だ」
サリクス王国では、王族が最も強大な魔力を持っている。実際は王族よりも強い魔力を持つ者もちらほらいるが、血統などは関係なく、その者自身が特殊なケースしかない。だが、ルクレツィオでも全く測れない領域の者はそうそういない。
「食事量をすぐに増やせないから、今は飲み物で回復量を上げている。だが、それでも全然足りないと思う。彼女自身、あとどれくらい回復が必要かわからないそうだ。全快まで回復した事がないと」
「そうですか……」
「それで、今後の対応について意見を聞きたい。ざっくり言うと、このまま現状維持か、回復を早めるかのどちらかになるが、俺はできるなら早めた方が良いと思っている。だから、まず回復量を増やす方法があれば知りたい。それと、魔力を一度に大量回復した場合のリスクについて。具体的にどのくらい一度に回復するのがダメなのか」
「うーん、そうですね」
カシラギは、顎に手を当ててしばし考える。
「とりあえず、大量回復のリスクは、アンドルフィ夫人なら大丈夫だと思います。定量の問題ではなく、その人の魔力量に対する割合の問題なので」
「そうなのか?」
「ええ。そもそも、魔力を大量消費した直後に大量回復してフラフラになる、というのを繰り返している方たちがいるせいでできた、注意喚起のようなものです。普通の方はそんなことしないでしょう」
「そんな連中がいるのか……」
「城の研究棟勤めの魔術師や錬金術師たちです。あの方達は研究と実験が仕事なので、よくやらかすんです」
軍属の魔術師は、鍛錬と自己管理を徹底するので、そんな事にはならない。同じ魔術師として一括りにされがちだが、生態が全く別物のようだ。
「……その人たちが、魔力を大量回復していた方法は?」
「魔力回復効果のある食物を無加工で大量摂取です。ネロッカやロズメラ、カッポナッツとか。力技ですね。夫人にはお勧めしません」
「いや、まあ、普通に無理だな」
カシラギの答えた内容に、ルクレツィオは呆れ混じりの言葉が漏れる。それは、魔力の大量回復が良くないのではなく、そもそも食材を大量摂取したのが問題なのではないか。しかも無加工で。
「ただ、食事量を増やさず魔力回復量を増やすなら、今の所この国では開発中の魔力回復剤しかないですね。他の国なら違うかも知れませんが」
「魔力回復剤はまだ開発中だったのか」
「ええ。回復効果の濃縮を図っているそうで、割と成果は出ていますが……中々なお味のようです。完成したら軍でも重宝すると思うので、頑張って欲しいのですけどね」
カシラギの言葉に、ルクレツィオは少し渋い顔をする。通常の魔物や魔獣の討伐では、現状の食物摂取による回復で十分間に合っている。回復剤のようなものが役に立つとしたら、強力な魔物の討伐や、戦争が起きた時だ。開発のきっかけは数年前の戦争なのかも知れない。備えとしては必要だろうが、それが軍で役に立つ日など来ない方が良い。
「ちょっと、資料を持ってきますので少々お待ちください」
そう言ってカシラギは席を外し、隣の資料室へ向かった。その隙に、控えていたジルベルトがボソリと話の内容の感想を漏らす。
「ネロッカやカッポナッツを無加工で……その方々は、ご自分の身体で人体実験でもされているのでしょうか」
「否定できないな……」
カシラギが挙げた食物で、そのまま食べられるのはロズメラだけだ。ネロッカはそのままだと甘みが全くなく強烈に酸っぱいし、カッポナッツは生だと毒がある。加工すると回復量が落ちるとはいえ、無加工で大量に食せる根性はどこから来るのか。
ちなみに、貴族にはネロッカが人気だが、軍ではそのまま食べられるロズメラと、加工して無毒化したカッポナッツが人気だ。ロズメラは時期外れ、カッポナッツは保存は効くが去年不作だったため、現在あまり流通していない。
隣室からカシラギが戻ってくると、ジルベルトがすっと姿勢を正した。
「こちらが魔力を大量消費直後に大量回復した人たちの資料です。対象者の素の魔力量、消費量、魔力回復食材の摂取量と回復量、体調の変化が記録されています」
「なぜこれを持っているのか聞いてもいいか?」
城内勤務の者の診察は、軍医とは関係がない。ジルベルトが個人的に取った記録を渡すのとは訳が違う。
「少しお手伝いをして、おねだりしたら複製をいただけました」
カシラギがしれっと答える。本題から話がずれてしまうので、ルクレツィオはこれ以上は追求しない事にした。
「見ていただければわかるのですが、食物の摂取量や毒性に関係がないと思われる、共通の体調不良があります。これを、我々医療者は便宜的に『魔力当たり』と呼んでいます。一度の回復の許容量は、素の魔力量の 七〜八割までです。一応、前提として魔力を大量消費している、というのはありますね。大体四割以上魔力が残っていれば、同量回復しても魔力当たりを起こさないみたいです」
「魔力当たり……」
「こちらの資料は、魔力回復剤を服用した際の記録です」
資料を読み込むルクレツィオへ、カシラギが別の資料を差し出す。
「回復剤だと回復量が一定になるので、個々人の影響の違いが比較しやすいです。まあ、初期は強力過ぎて全員魔力当たりを起こしたそうですが。回復量の調整後は、素の魔力量が多いものはほとんど魔力当たりを起こしていません。アンドルフィ夫人なら、初期の回復剤でも問題なさそうですね」
「問題は、これが開発中のものというところか」
「そうですねえ。回復量と、身体への悪影響については問題ないと実証できているんですよ。味と、保存期間の短さが課題です。夫人に提供するなら、保存期間はともかく、味が気になりますね」
「そうだな……」
資料には、魔力回復剤を使用した者の散々な感想も記載されている。感想を大体まとめると、風味は青臭さと果物の発酵臭が混ざったような酷さ、舌触りは泥のようだということらしい。標本数が意外と多い事にも驚く。本当に研究棟の連中は、割と頻繁に魔力を大量消費しているようだ。そして、自分の身体で実験しているというのも、あながち間違いではないのかも知れない。
「ああ、そういえば、確か女性の魔術師で、味を嫌がって工夫して服用されている方がいました」
カシラギがそう言って、資料をパラパラと捲る。
「ありました。凍らせてから、砕いて蜂蜜をかけていますね。感想は『やらないよりマシ』ですが、味の感想としては一番良い方です」
「凍らせたり蜂蜜をかけたりして、効果に影響は無いのか?」
カシラギの示す箇所を覗き込んで、ルクレツィオは尋ねる。
「この記録だと回復量が若干上昇しています。他にも凍らせた方がいて、そっちは変化がなかったようなので、蜂蜜の影響ですかね。ですが、効果が上がるのを期待するなら、この程度の上昇値だとあまりに割が合わないですね。蜂蜜はお高いですから」
蜂蜜は高価な食品だ。この女性魔術師は、貴族か裕福な家の出なのだろう。
「凍らせるのも、蜂蜜を用意するのも問題ないが、開発中のものを提供してもらえるのか?」
「安全性は確認が取れていますし、聖女への提供ならできると思いますよ。色々と条件がつけられたり、準備が必要になると思いますが。殿下に話を通せば確実ですね」
「殿下には明日お会いする予定だ。その時に話してみる」
「私も魔力回復剤に詳しい城内勤務医の知人に根回ししておきます。また立ち会いが必要になったら立候補したいですし」
「ああ、頼む」
カシラギの心強い言葉にルクレツィオは頷く。立ち会いがカシラギになるのならありがたい。
「カルローネ殿の次の往診はいつですか?」
「六日後だ」
「ではとりあえず、その日に提供できるように準備するのはどうでしょう?」
「ああ、そうしよう」
ルクレツィオは、ふと思い出した疑問を口にした。
「カルローネ殿が、魔力の回復量が足りないのは身体に悪いかも知れないと言っていたんだが、そういう事はあるのか?」
ルクレツィオの問いに、カシラギは顎に手を当て少し考える。いや、考えるというより、頭の中から情報を引き出しているのかも知れない。
「一応、あります。過去に二例ほど、残存魔力が低い状態で回復せずに放置していた人が、後々魔力の総量が低下してしまったという事が」
「大量回復の逆の事例もあるのか……」
「ただし、二例とも錬金術師だったのですが、そもそも魔力量を盛って申告していた疑惑があって、信憑性には疑問があります。だからと言って、長期間低魔力状態でいても良いとは思いませんね。単純に、しんどいでしょう」
「……そうだな」
大きく息を吐いて、ルクレツィオは見ていた資料をカシラギに返した。
「ありがとう。色々と勉強になった」
「いえ、お役に立てて何よりです」
礼を述べて、ルクレツィオとジルベルトは部屋を辞した。
「奥様にはちょっと心の準備をしていただいた方が良いでしょうね」
ジルベルトがそんな事を言う。
何をどう話そうか考えながらルクレツィオは帰途についた。だが、帰宅してみるとちょっとしたトラブルが発生していて、先にその対応をすることになった。
主人公がとんでもないものを飲まされそうです




