11. 今、何かしたか?
「旦那様、そろそろご昼食のお時間です」
ジルベルトの声かけに、ルクレツィオはチラリと時計に目をやる。
「ああ……後でいい」
「ダメですよー、今日はカルローネ様がいらっしゃってますのでご一緒するお約束です」
「……そうだったな」
ルクレツィオは軽く息を吐いて手を止めた。
本日は登城せずに自宅で執務を行なっている。理由はカルローネの往診があるからだ。すぐに結果を確認したいのと、何かあった時のためだ。だが、集中しているうちにすっかり抜け落ちていた。
「ほらほら、お待たせしたらいけません」
「わかった」
ジルベルトに軽く急かされて席を立ち、食堂へ向かう。アロルドがカルローネを呼びに行った。
「昼食会へのお招きありがとうございます、閣下」
食堂へ案内されてきたカルローネが、恭しくお辞儀をする。
「そんなに固い挨拶はいらないぞ。それに、名前でいいと言っただろう」
「いやいや、挨拶くらいはしっかり気取りませんと」
「気取ってたのか」
「ええ。それに、『閣下』とお呼びできるのも嬉しいものですよ」
「……そうか?」
ルクレツィオはよくわからないという顔をするが、傍で控えている使用人たちは小さく頷いていた。
カルローネがテーブルの席に座ると、料理が運ばれてくる。前菜四種の盛り合わせ、ショートパスタ入りのトマトスープ、メインに牛肉のステーキ。料理の皿がテーブル上に並べられ、グラスには炭酸水が注がれた。
食事会といっても、内容はかなり省略されている。まだ診察が終わったわけではないからと、カルローネが遠慮したためだ。なお晩餐については、言い出す前に「妻が魚料理を準備してくれている」と惚気られたため、無しになった。
乾杯後、料理に手をつける。前菜はフレッシュトマトとオリーブのマリネ、そら豆のフリッタータ、二種の具材のブルスケッタだ。ブルスケッタは、レバーペーストに平葉種のパセリを添えてオリーブオイルをかけたものと、クリームチーズにバジルと扇状に薄切りされたレモンを添えたもの。フォークとナイフを使っても、具材が落ちにくくて食べやすい。
食事を進めながら、カルローネが診察の報告をする。魔力補助を止める予定とは知っていたが、思ったよりも辛そうな様子に、ルクレツィオは眉を顰めた。だが、カルローネの言い分だと今の所問題はないとのことで、少し安堵する。
「おや、これは……可愛らしいですな」
トマトスープに手をつけたカルローネが、思わずといったふうに感想を漏らした。スプーンにはリボンのような形をしたショートパスタが乗っている。
スープの具材は、キャベツとさやいんげん、じゃがいも、挽肉、それからショートパスタだ。リボンの形のショートパスタは、真ん中のキュッと締まった部分と広がった外側で、違う歯応えが楽しめる。スープではあるが、結構腹に溜まる一品だ。
「料理長が最近、形にこだわっているみたいでな」
「ほっほ、なるほど」
理由は言わずともわかるものである。ここの料理長は腕は確かだが、あまり料理の見た目にはこだわっておらず、ルクレツィオも気にしていなかった。可愛い形のパスタなど無縁だったのだ。パスタは消化にあまり良くないため、セラフィーナはまだ食べられないが、料理長は思いついたことをせっせと実行して腕を磨いているらしい。
ルクレツィオもスープを口に運ぶ。テレーザによると、スープはセラフィーナの食事と内容を合わせているという。使用人たちの気の利かせように面映いような心地になるが、悪くはない。
形式上の夫婦とはいえ、食事くらいは一緒にとるべきとは思うが、ルクレツィオの妙な体質のせいで叶わない。テレーザ曰く、セラフィーナはとても美味しそうに食事を食べてくれるという。
一応、毎日朝と夕にセラフィーナの様子を見に行っており、顔色が良くなってきているのは確認している。だが、まだまだ眼窩は落ち窪んでいて、頬も痩けた状態だ。顔を合わせる度に嫌な顔をしてしまっている自覚があるが、セラフィーナは一体どう思っているのだろう。様子を伺って判断できる限りでは、怯えたり傷付いたりしているようには見えないので、ルクレツィオはなんとかあまり自己嫌悪に陥らずに済んでいる。
「それで、ルクレツィオ様。魔力回復についてなのですが、どうやら奥様には通常量だと全く足りていないようです」
ステーキに手をつけながら、カルローネが報告を続ける。柔らかなフィレ肉のステーキはあらかじめ薄めに切り分けられていて、外側の焼けた部分と内側に残る赤みのコントラストが食欲をそそる。ホワイトとグリーンのアスパラガスのソテーとルッコラが添えられていて、ソースはバルサミコソースととホースラディッシュソースの二種類だ。
「全く?」
「ええ。具体的にどのくらいとまでは私には判断がつかないのですが。カシラギ殿も奥様の魔力量は測れないとおっしゃってましたな」
カルローネはホースラディッシュソースが気に入ったのか、肉に全てかけてしまっていた。ルクレツィオはバルサミコソースの方が好みだ。
「栄養状態の回復を優先させてましたが、ここまで魔力回復量が足りないままというのも、あまりよろしくないかもしれません。ですが、魔力を一度に大量に回復するのもあまりよろしくない。私のような民間医では、魔力については貴族の平均的な範疇のことしか分かりませんので、判断が付けられません。城付きの医師に相談されてはどうかと」
「そうか……」
目の色は、魔力属性に影響を受ける。集中して見つめると、その目の色に影響を与えている魔力の強さや量を推し測ることができる。ただ、自分よりある程度上くらいまでだ。あまりに相手の方がかけ離れて上だと、魔力の強さも量も、全貌を掴むことはできない。一般に、治癒魔法が使える者は通常より上の方まで測ることができるという。だが、カルローネもカシラギも、セラフィーナの魔力を推し測れなかった。
稀に、どんな相手でも自分との魔力差に関係なく測定できる特殊な能力を持った者もいるが、このサリクス王国には一人しかおらず、その人は王族の侍医をしている。魔力測定器というものもあるが、これも限界がある。測定器で測れるのは、貴族の平均より少し上くらいまで。カルローネは平民だが、この測定器でギリギリ測れる強さだ。カシラギもルクレツィオも、測定器を振り切る。
「軍や城勤めの強力な魔術師などは、魔力回復剤というものを使用されることもあると伺ったことがありますが、どういったものなのかルクレツィオ様はご存知ですかな?」
「あれは……俺は使ったことはないが、どうだろうな。まあカシラギ殿なら知っていると思うが」
「そうですか」
「とりあえず、俺も彼女の魔力量を測れるか試してみよう」
「そうしてください」
二人が料理を食べ終えると、皿が片付けられ、デザートが運ばれてきた。ネロッカの果汁で煮た、グレープフルーツのコンポートだ。
「ふむ。これは奥様にお出ししているものと同じですかな」
「ああ」
「私も治癒魔法を使用しますが、結構魔力を消費するものです」
「そのようだな」
治癒魔法は、通常の属性攻撃魔法と比べて、とても魔力の消費が激しいという。カルローネは割とよく治癒魔法を使うことがあるようだが、何度も連続で使い続けたりということはできないらしい。
「ですが、よほどのことがない限りは、このデザートを二回ほどいただければ魔力はしっかり回復します。魔力補助で常に消費している状態だったとはいえ、七日間毎食摂っても全く足りないというのは、私程度の魔力の人間には、到底信じがたい魔力量ですな」
食後は一旦執務室へ行き、テレーザの報告を聞いた。曰く、「食事を残してしまって落ち込んでいるようだが、部屋を訪ねるのは問題なさそう」とのこと。
「ふむ、まあ想定通りですな」
カルローネが「食事を残した」という事実について所見を口にしたが、ルクレツィオは「そんなことを気にするのか」という感想を持った。
この婚姻について「アンドルフィ家の利益」を気にしていたのもそうだが、セラフィーナは結構意外なところを気にしている。いや、家の利益については、貴族同士なら気にして当然だ。セラフィーナも一応淑女教育などは受けているらしい。案外、テオドロの言っていた「いかにも聖女様」という雰囲気にとらわれて、先入観を持ってしまっているようだ。
カルローネとテレーザを伴ってセラフィーナの部屋を訪ねる。セラフィーナは、ルクレツィオを見て立ちあがろうとしたが、手を挙げて制した。
「そのままでいい。寛いでいるところすまない」
「いえ……」
胃に込み上げてくるものをグッと堪えて目を逸らす。食事直後はやめておいた方が良かったかもしれない。だが、我慢できない程でもない。それよりも、思ったよりずっとしょんぼりとしていた表情が、なんだか目に焼き付いてしまった。
「あー、魔力の回復量が足りないと聞いたんだが、ちょっと俺が君の魔力量を見てみてもいいか?」
「はい」
セラフィーナが、何の気負いもなく即答する。
ルクレツィオは息を吐いて、セラフィーナの座っているソファーの傍らに膝をついた。背が高いので、この方が目の高さを合わせやすい。
「……失礼する」
そう断りを入れて、片方の手をセラフィーナの顔の下半分に当て、もう片方を目から上に当てる。目以外が視界に映らないようにするためだ。セラフィーナはされるがままになっている。
正面からまっすぐに、キラキラとした金色の目を覗き込んだ。その奥にある、目の色に影響を与える魔力に、神経を集中させる。ゆらゆらと揺蕩う金色の魔力の揺らぎに、己の魔力の揺らぎを重ねて比べるような感覚で、その強さと量を測る。ルクレツィオよりもずっと強い。そして、魔力が全く満ちていないのがわかる。すでにカルローネよりもずっと多くの魔力量を有しているのに、満たされていない。魔力は満たされていればゆっくりと循環しているように感じられるが、セラフィーナの魔力はただずっと不規則に揺蕩っていて、上限値も見えない。
もう十分かとルクレツィオが視線を外そうとした時、不意に何か暖かなものが流れ込むような感覚があった。驚いて、咄嗟に身を離す。
「今、何かしたか?」
「いいえ」
「……そうか」
きょとんとして答えたセラフィーナの表情は、嘘をついているようには見えない。ルクレツィオはため息を吐いて顔を逸らし、立ち上がった。
「案の定だが、俺にも君の魔力は推し測れなかった。だがまあ、それも一つの指標だ。一応確認だが、君は自分が後どれくらい魔力を回復すればいいかは、自分でわからないのか?」
ルクレツィオの質問に、セラフィーナが目を伏せる。困っているというより、自分の魔力を確認している様子だ。
「……わからない、です。その、ちゃんと全快まで魔力を回復したことがないので」
「そうか」
ルクレツィオはカルローネとテレーザに顔を向けた。
「とりあえず、魔力回復についてはカシラギ殿に相談してみる。今まで通り、食事の管理を頼む」
「はい」
テレーザは笑顔で頷いた。セラフィーナは、食事という言葉に反応したのか、またシュンとなった。
「またちゃんと食べられるようになるでしょうか」
「……気になるのはそこなのか」
ルクレツィオが思わず突っ込むと、カルローネが声を上げて笑った。
「大丈夫ですよ、奥様はまだお若い。若いとそれだけ、回復力も回復速度も上がります。魔力補助なしの状態にもすぐに慣れるし、体調だってすぐに回復しますとも」
お話のストックが尽きました……
どこまで更新ペース保てるか頑張ります




