「一年間」
ソルスティス家——
元は南の大国ルーグリッドの貴族に当たるというその家名。
貴族代々魔工技術を生業とする名門。その名が知れたのは半年前。
だが去年の東の大国リドウとの技術交流——という名の、挑発的外交により、イェネファ近郊に大量の龍脈獣をリドウは放った。
今でこそだが、イェネファが優勢だった当時の環境を打開すべく打ち出した、その外交とも言い難い圧力をかけた交流はすぐに事件を引き起こす。
イェネファが対処しきれない量の龍脈獣を近郊に放つことで、イェネファの戦力を削ぎ、最終的にはリドウがそれを助けるという筋書きだった様なのだ。自身で消しかけた厄災を用いて他者を陥れて、それを策士自身が救う。そうする事で、影響力を強め、機工都市イェネファの中立性を逆手に侵略を試みたのだ。
だがそれはリドウの戦士達ではなく、南のソルスティス家が担う事となった。
イェネファ近郊に放たれた龍脈獣の多くが対処しきれずに都市内への被害をもたらし始めると、リドウの戦士達が流れ込み獣達を討伐して回ったのだとか。民の一部は救われた恩義にリドウへの感謝を、と情勢が動き出したその時、流れを変えたのは「ソルスティス家」だった。
彼らは数人で都市の入り口に奇妙な陣を構えたかと思うと、たちまち肉体機工補助を用いてリドウが放った獣達を瞬時に始末するとそのまま東へと進軍。
情勢を窺っていた駐屯所も破壊し、そのままリドウに攻め入ったのだ。
「その半年後にリドウは陥落——今は南の大国ルーグリッドがリドウの自治権を持っているわ」
私の知らない間にそんな戦争が起こっていたなんて。
「そんな事が……」
「まぁ話は此処からなの。そのソルスティス家の肉体機工補助を手掛けたのは——」
嫌な予感がした。
胸の奥で何かがぎゅうっと締め付けられた。
「——ジル・ストライド」
「はぁ……?!」
頭が真っ白に染まっていく。
「い、いやいやじいちゃんはだって私の看護で付きっきりで、いやそもそもそんな戦う力なんてあの人には……!!」
「はい、ギル。落ち着いて」
「う、うん?いや落ち着けないよ!なんでじいちゃんの名前が……!」
「落ち着いて。彼らソルスティス家はジル・ストライドの肉体機工補助を用いてリドウを落とした——という発表を世間にしたのよ。結果的にイェネファの地位も上がって、ジルのおじいちゃんの地位もまた上がって……!要は貴女のおじいちゃん、イェネファの主力武器として肉体機工補助を結果として利用されたとはいえ武力として世界に知らしめちゃったってことになるわ」
「それで、ここが肝心なんだけど……。その技術はジル・ストライドの一番弟子、ギルベルタ・ストライドが保有している——」
「は……?」
頭が、理解が落ち着かない。
「いや……ちょっと待って全然ついていけない。待ってどういう事……」
乾いた笑いしか続かない自分が酷く惨めに感じた。
「だから、正直驚いたわ……。貴女がソルスティス家の者を探してるって……ソルスティス家の者は武力として肉体機工補助を世界に広めてしまった大罪人として目下レトリック機関で指名手配中。イェネファは機工士の技術を軍事転用する方針ではなかったはずなのに、この半年で雲行きがおかしい。そこへ渦中の貴女が舞い込んだ。こんなところね。よかったわ。まだ人混みに揉まれててそんな目立つ前だったし。すぐに会えてよかった」
▼△
情報量が多すぎる。私が寝てる間にそんな事になってたなんて。それよりも——ジルのじいちゃんはそんな事一言も言ってなかった。それに機工士の技術の軍事転用なんて——肉体機工補助は可能性をもたらすのは分かる。じいちゃんの店は一般化しつつあるルミナムを調整して人々の暮らしが少しだけ豊かになればって。だけど——
そうだ。何よりも戦う力に転化していたのは私も同じだった。禁止された血龍脈まで作って、二人を守る名目で——。
「——じいちゃん」
扉を開ける。温かな灯り。レナさんの焼きたての料理の香り。暖かな二人の笑い声。いつも心があったかくなる瞬間だったのに。
「おぉ! ようやく来たかギル!」
見た目だけは──いつもの笑顔。いつもの声。いつもの家で。
「ギルちゃん! 今日はお祝いしましょう!」
レナさんが笑う。テーブルには、私の好きな料理がこれでもかと並んでいる。レナさんが私のためにと腕を振るってくれた。なのに。その光景が、まるで知らない誰かの家のように見えて辛い。
「……じいちゃん」
喉が震える。
「肉体機工補助の軍事転用って……本当?」
二人の笑顔が止まる。
「それに……その技術を持ってるのが私って……どういうことなの……?」
その場の誰もが口を閉ざした。
「……ギル」
レナさんが口を開きかけるが、その先は空虚な薪の弾ける音が響いただけ。
「なんとか……言ってよ……!」
声が震える。
「どうして……何も言わないの……!」
返事はなかった。暖かな食卓だけが、やけに眩しい。私は飾り付けられた椅子を掴み、そのまま腕に力を込めた。バキッと木が裂ける音が部屋に響いた。
「……っ!」
気付けば、私は家を飛び出していた。
夜風が頬をいつもより強く撫でるから、涙が滲んでいるのか、分からなくて──街の灯りがぼやけて見えた。




