エピソード Ⅳ
「ギル……!!ギル……!!!目を覚まして!」
「まずい、かなりの深傷だ……!それに肉体機工補助が不安定だ……!!」
「ジル……!!まずはお医者様に……!」
遠いところから——声が聞こえる。
「医者なんて待ってたらギルが保たねえ……!!」
あぁ……ごめんジルのじいちゃん。これは私が悪いの。言いつけを守らずに共振の力を使って……。さらには血龍脈まで……。そうだ。あのフードの機械男……。二人がここにいるってことは……夢じゃない、よね。無事だったって事で良いんだよね。良かった。私は……ダメだ。全身の感覚がなんだか遠い。海の中に沈んでくみたいに。遠くなっていく。
「ギル……!大丈夫だからな……!!」
以前も一度だけこういう事があった。じいちゃんの調整に文句を言って力付くで代金を踏み倒そうとした奴がいた。
そう言えばそいつも確かリドウ出身だとか──いや、思い出せないしもう定かではない。とにかく、私がこんな無茶をするのは覚えてる限りで二度目って事。一度目の時はじいちゃんが腕に怪我を負って一ヶ月くらいは仕事に支障をきたした。あの時のレナさんの顔が忘れられない。もう二度とあんな顔は見たくない。私を守ってくれて育ててくれた二人は、二人が思う以上にもう高齢なのだ。
私が護らないと──その先の事は──瞼がやけに重くなって、意識は深く沈んでいった。
▼△
一年後
「ん……くぅう……!良く寝たぁ……」
窓からはイェネファの機工技術の代名詞、巨大な時計塔の秒針が中央に揃い、昼の号令を歪な機械音で都市中に知らせている。この音は何年聴いたって不快だ。一日の区切りを伝える合図がこんな音だなんて、本当に時計塔の技師のセンスを疑う。
「寝過ぎた……今日からまたじいちゃんの工房手伝わないと……」
私は身支度を整えると、作業着を羽織って下に降りていく。袖が少し短い。いや正確には私の左腕が少し長いのだ。
「おう、ギル!今日からだったな」
「うん、ごめんじいちゃん。遅くなった。ところでこの袖……ちょっと短くて変じゃない?」
「それはレナがあえてそうしたんじゃ。お前さんが左腕をうまく使える様にってな」
「あぁ……なるほど。さすがレナさんだね」
「ギル……無理はするなよ。ゆっくりで良いんじゃ」
「うん、大丈夫だよ」
階上からゆっくりと降りてきた私に、場違いな歓声とも言えぬ妙な声色が店内をこだまする。
「おぉ!なんだギルベルタちゃん!今日から復帰するのか!腕の調子はどうだ!何かあればいつでもウチに……!」
「いかない。もうみんなして心配しすぎなんだって」
「あったりめえだろギル!てめえはこの店の唯一の紅一点だったんだ。それがいなくなったとありゃこの店の売り上げは駄々下がり間違いねえ」
「なんだ、みんなそんなに私の事女として見てくれてたの?前は早くしろ早くしろって——文句ばっかりだったのに」
「——ギルベルタの嬢ちゃんがいねえと、ジル・ストライドの店って感じしねえんだよな」
「うむ、確かに」
「もう、みんな調子良すぎでしょ。ハイハイそういう事にしておきますから——はい!次の人!私も調整するから早く座って!」
私はお客さんたちを椅子に案内すると、じいちゃんと一緒に並行して肉体機工補助の調整を始めた。久しぶりの仕事復帰に口元が緩んだのを覚えている。
△▼
「——お疲れ様」
「じいちゃんも。お疲れ様」
「——ギル!今日は一緒にご飯食べましょうね」
レナさんが二階から降りて片付けを手伝いに来てくれる。
「レナさん、良いんだよ?二階で待っててくれれば」
「うふふっ、ギルちゃんの可愛い姿を待ちきれなくて降りてきちゃったわ」
あれから変わった事が幾つかある。
一番大きな変化は食事だった。あれからミートローフは一度もレナさんは作らなくなった。それに、食事時には必ず階下へ降りてきて片付けを一緒に手伝う様になった事。長らく変わらなかったものが、変わっていくと、それだけ大きな影響を与えてしまったんだと実感してしまう。
その度に、私は少し胸が苦しくなった。
「——さぁ、今日はギルちゃんに嬉しいお知らせがあるのよ?」
「レナさんがそういう時って——」
「そう!ギルちゃんのお見合いが決まったの!」
レナさんは嬉しそうに両の手を頬の近くで合わせながら、その笑顔でこちらを見つめた。
「レナさん、私そういうのは良いよ。いずれ誰かを好きになって生涯を共にするってのはタイミングなの。誰かに決めてもらうものじゃないよ」
「でもギルちゃん、そんなに綺麗になったのに男っ気一つないから、私心配なのよ。ギルちゃんのその銀色の髪も、いつも櫛でまとめ上げちゃうから——」
「ハハハッ!確かにギルベルタは綺麗になった!」
「ジルのじいちゃんまで……。もう酔っ払ったの?お酒の量も最近なんだか増えてない?ちょっとは控えてよね。髪は——だって下ろしてたら作業しづらいし……」
「————」
「ギルちゃん、来週は3人で決めた誕生日じゃない?だから——」
「あぁ、そう言えば……」
私は幼い頃の記憶が抜け落ちている。二人に拾われて育てられて——、私の誕生日は3人で話し合って決めたのだ。だがそれがよりにもよってイェネファの建国祭と被るとなると、どうも気が重い。この時期は、人の流通も増えるし、普段この都市に居ないはずの流れ者たちが多くやってくる時期でもあるのだ。一年前のあの日もちょうど、誕生日が近かったのもあってか気が重い。二人に本当に心労をかけている実感がある。だからこそ、二人には健康でいつまでも笑っていてほしい。なのに、私の過去がそれを許さないとでも言わんばかりに胸を締め付けた。
肉体機工補助によって、私の左腕は金属「エルファルナ」を特別に改造した義手となった。
イェネファの禁忌。
機工は補助であり主としてはならない──。
目が覚めた時は、あるはずの左腕の様な感覚と失った感覚が、一致しない様な不思議な感覚にかなり戸惑った。正直私の左腕の状況は禁忌事項に抵触しているのではないかと思っている。だが、じいちゃんのこの国での立場がそうさせたのか。何故か不問となっており、私が「片腕を失った看板娘」として不名誉な通り名が定着している。
あれから二人への接し方も何処か変わった様に思う。私自身、左腕を無くした事自体はすんなり受け入れられた。だけど、話してはいないのだけど、私の腕を奪ったあの機械仕掛けの男の情報をずっと追っている。
恐らく、ジルとレナは知っているのだろう。私がひっそりと都市内の腕利きと言われる冒険者や旅人を片っ端から当たっていることを。だからこそ意識を他のことに割いてほしいのかとも思う。
少しずつ、何かが変わっていく様だった。
「とにかく……お見合いの話はごめん。こればっかりはレナさんの紹介でも気軽に会ったりとかしたくない。私……今はそういうの要らないから」
「……分かったわ。でもギルちゃん気が変わったらいつでも言うのよ!貴女本当に引くて数多なんだから、うふふっ」
「ハハハッ!ギルベルタももう17か……!いつまでもウチみてえな年寄りの構える肉体機工補助ドクターの手伝いしなくても……」
「いや、じいちゃん飲み過ぎ。私、ちゃんと機工士の資格取ってじいちゃんの技術全部継ぐっ!」
「ギル——」
この時のじいちゃんの顔は明かりに照らされて、見たこともない表情をしていたように思う。




