エピソード Ⅲ
禁忌事項その二。
時間外接客を求められた場合、いかなる理由があれど追い返し我が家の平穏を邪魔するなかれ。
振りかぶって、手にしたレンチで喉元を割く様に。私の肉体機工補助は目に施してある。どれだけ実力がある冒険者や旅人でも。その動きを捉えることが出来ないから脅威なのだ。
全てが視えるのなら脅威では無いというのが、私の持論。
そして、こんな仕事だからこそ時間外のお客様は総じて訳アリなのだ。ジルのじいちゃんはこういう時の為に、幾つか私に護身の術を教えてくれている。
「……?!」
「っと……!!危ないなぁいきなりレンチで喉元を狙うなんて……!」
──躱された。
初めての事だった。
「──随分、反応が良いんですね。本当に何者なんですか?」
「いやぁ、ここにあるって聞いたんだよね」
男は小さく口角を上げて笑った。
「肉体機工補助の原本が、さ」
「——機工士でもない貴方に設計図の原本なんて渡す訳無いじゃないですか」
「まぁ……それはそうなんだけど」
男はわざとらしく肩をすくめて見せた。
「あんまり、手荒な事したくないんだよねえ。上にいるご両親にも、ね」
その一言に、何か嫌な悪寒が背中を走ったのを感じた。
禁忌事項その三。
夕食の時間に遅れそうになる時は必ず合図する事。
もし、それが叶わない場合、肉体機工補助による共振を行う事。
共振。肉体機工補助を接続している者は、常に一定の周波数をその機械から発している。それを大地の龍脈に載せて共振を促すと——。一時的に身体能力が跳ね上がるのだが、後遺症を残さぬ様に活動限界は10秒とする事。
「お兄さん……もう夕食の時間が5分も過ぎてるの。上ではそろそろ痺れを切らしたじいちゃんとレナさんが降りてきちゃう」
私は語気を変えずに、冷静にそのまま言葉を溢した。
男は黙ったまま笑っている。だがその音も無い笑いが友好的じゃないものだってのは分かる。
「……」
「だから……悪いんだけど、早く帰ってくれない?」
私は手元が狂いそうになるくらい、震えが止まらないのを自覚した。それが恐怖なのか興奮なのかは分からない。一つわかるのはこんなのは初めてだって事。
「君は……ご両親の事を何処まで知ってるんだい?」
一瞬、思考が止まった。
「は……?何言ってるの。ジルとレナさんは──」
「君は知ってるかな。肉体への干渉よりも精神への影響の方が強いって事。この世界を覆う根源的な力——龍脈。これを吸い上げて人々が加工し工夫して機工士が生まれた。だがその機工技術の多くはブラックボックスなんだ。その実何も解明されていないんだよ。それを世の人のためという名目で人体に取り付けて肉体改造するのなんて……おかしいと思わないかい?」
「──君は本当に機工士の事、理解してるのかな」
機工士。魔導技術と呼ばれる3つの内の一つ。機工、魔工、龍工。機工士は大地から吸い上げた龍脈を「エルファルナ」と呼ばれる容器で精錬し、金属と組み合わせる技術。仕上げに魔工技術で、力の定着を行い人体へ接続する——。
「少なくとも貴方よりは——!!」
10秒。じいちゃんから教わったカウントを開始する。10秒を超えると目に後遺症が残って視力が落ちるって。言いつけは絶対。以前無茶をして11秒維持したことが一度だけあった。その時は失明しかけた。きっちりと10秒で終わらせる。
「ギルベルタ……か」
一瞬意識が引っ張られた。
どうして彼は私の名前を知っているの?それにさっきから思わせぶりな事ばかりで、なんだかイライラする。
私の肉体機工補助は特別仕様に改造してある。ジルのじいちゃんやレナさんには話していない。心配するだろうから伏せてある。
私はルミナムの力を視覚から全身へと行き渡らせる為に、ちょっとした改造を施してある。
こんな戦闘能力は欲した訳じゃない。ただでさえ厄介な人種が集まる店なのだ。ゆくゆくはジルのじいちゃんやレナさんを護るためにと考えたものだ。
全身の筋肉をルミナムから流し込んだ「血龍脈」という自分の血。魔導技術で加工した自分の血を流し込む事で、身体機能を一瞬だけ爆発的に高める方法。踏み込んだ足を蹴り上げて、身体の回転を維持。そのまま首を両足で掴んで叩きつける。護身術の応用だ。
「早い……!」
これで、終わり。そう確信した。
「なっ……!!」
全力の動きだった。
その脚は掴まれてそのまま地面へとその速度を利用して叩きつけられたのは──私だった。
「がっ……!!」
肺の空気が一瞬で押し出される。呼吸が乱れた。そして、叩きつけられた痛みもそうだが、何よりも彼の顔がそのフードからはだけて顕になった事に悪寒が走った。肉体機工補助にはイェネファが禁じる禁忌事項がある。
それは、ルミナムは補助であり主ではない──。
全身を機工技術で入れ替える事は許されていないのだ。
「ジ……ジル……!レナさん……!!」
「いやはや……」
男は困った様に、嫌に上機嫌に笑う。
「貴女が思ったよりも速いので……つい本気でやってしまいました」
肘で首元を強烈に押さえつけられて声が出せない。
早く知らせないと。コイツは多分、何か私の知らない事を知ってる。機工士の事も。それにウチのお店以外にも機工士の店は沢山ある。なのに、此処にこだわる理由って何?ダメ、考えても今は答えが出ない。まずはじいちゃんになんとか知らせないと。
「ふむ……貴女気づいていないのですね」
「な……なんの事……よ……」
「この左腕……ふむ。これだけあれば良いでしょう。貰っていきますね」
口元はそのまま強く肘で押さえつけられたまま。
肉が裂ける音が耳の奥にしばらく残ってこだました。
私の左腕は──私から離れていった。




