エピソード Ⅱ
「はぁ……やっと終わった」
「ハハハッ!今日は特に忙しかったなぁ!ギルベルタ!おめえも見ないウチに随分と手際が良くなったじゃねえか!さすがわしの孫だ!」
「はいはい……それ昨日も言ってたからね。さっさと片付けてご飯にしよ。レナさんが今日はミートローフだって」
ミートローフ。レナさんの絶品料理の一つ。確かに美味しい。いやめちゃくちゃ美味しい。けどミートローフに限って仕事が早く片付くほどではない。ジルの七不思議の一つだ。
「なんだって?!そりゃあすぐに片さないとな!!」
「んもう少し好き嫌いなくしてあげてよね。レナさんミートローフの時だけは時間通りに帰ってくるって困ってるんだから」
これは本当だ。レナさんは本当にジルの事を愛しているんだろう。いつも帰りを心配している。工房の二階にいるレナさんは一階で仕事するジルには絶対に声をかけないし、邪魔をしない。仕事が終わって二階の自室に帰ってくるのをいつも笑顔で一番に迎えてくれる。ジルは本当に幸せ者だ。レナさんは私にだって分け隔てなく愛情を注いでくれる。正直ジルのじいちゃんと二人きりだったら、いつか喧嘩別れしててもおかしくない。私はこの二人の本当の子供でないのだけれど。
それでも私とジルを繋ぐ様に、レナさんが居た。
「ハハハッ!レナのミートローフは絶品なんだ!」
「ほら、ここは良いから。私がやっとく。じいちゃんは早く二階でレナさんのご飯食べて」
「ギルベルタ!気が利くのう!ありがたく甘えるぞ!!」
嬉しそうに腰の肉体機工補助を使って、軽やかに階段をかけていった。そんな後ろ姿に何処か幼さを感じて私は80のおじいちゃんを前にして何を考えているのだろうとか、どう扱って良いかわからない感情が湧き上がってくる。
「80のおじいちゃんにして可愛さを併せ持つ……そんなズルい事ってある?」
私は一人意味もなく思った事をポツリポツリとこぼしながら清掃を続けた。
その時だった。
「──やぁ、もう店じまいなのかな?」
背筋が真っ直ぐに凍りつくほどに驚いた。
いやおかしい。
正面の入り口には鍵を掛けたし、この時間は常連のお客さんでもわかってる。ジルのじいちゃんが店じまい後には絶対にお客さんの相手はしないって徹底している事を。
心臓が一拍、跳ねるのを感じた。
反射的に振り返ると店の中央に、昼間見かけた黒いフードの青年が、まるで最初からそこにいたかのように立っていた。
「……貴方。何処から入ってきたんですか?もう今日は終わりですよ」
「いやぁ、昼間はゆっくりと話せなかったんでね……店じまいした後ならって、ね」
「……貴方。最近イェネファに来たんですか?この都市では誰もが知ってる事ですよ。肉体機工補助のドクター、ジル•ストライドの店の禁忌事項、その一。」
青年が少しだけ首を傾げる。
「へぇ……それは?」
「時間外接客は絶対にしない……って知りません?
私は一歩だけ踏み出し、工具台へ手を伸ばした。自然な動作で、レンチを握る。店内の空気が──緩やかに冷えていく様だった。




