プロローグ Ⅰ
人類が魔導技術を応用し、生み出した「機工」。
無機物へ龍脈を流し込み、人の可能性そのものを拡張する技術。その最先端にあるのが、この都市だった。
世界の機工を管理する四大国家の統制機関──《レトリック機関》。その規定すら突破し、独自の機工文化だけで自治と中立を勝ち取った、世界で唯一の都市。
人はこの街を──機工都市イェネファと呼ぶ。
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私は──幼い頃の記憶が零れ落ちていて10歳前後までの記憶がない。
気づいた時には、工房のジルとレナに拾われて──二人の背中を自然と追って育ったんだ。
うちの工房は主に魔導技術から派生した機工の中でも、身体改造を施すことに長けた、機工肉体改造技術としてこの都市で名を馳せる随一の工房だった。
失った腕。壊れた脚。潰れた肺。人が諦めた身体に、もう一度可能性を与えるのは勿論──既存の身体能力をさらに高める方法としても。
「機工技師ってのはもう一度人間にチャンスをくれるんだ」
それがじいちゃんの口癖だった。
世界中から様々な冒険者達や、旅の者──中立都市故に、身元もわからない、かなり危ないと言われる様な人たちまでをも一手に、その卓越した技術で人々に新たな可能性をもたらす──。
あの日までは、私だってそう。疑ってなんていなかったんだよ。
私が17の誕生日を迎える時、それは起こったんだ。
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「じいちゃん!このレストアペンチの棚の場所変えたの?んもぅ、あんまり高いところに仕舞ったらじいちゃんの腰じゃ……」
店内には金属の重たい捻れる音や火花が飛び散っている。
手元のレストアペンチをガチャン、と音を立てて掴むとそれを手のひらでくるくると器用に遊ばせながら、じいちゃんに目やった。
「ギルベルタ!わしの腰がなんだって!!わしゃあ機工肉体改造技術じゃぞ。腰の痛みなどこの補助装置でどうとでもなるわい!!ほれ!」
「んもう、いちいちシャツをめくって腰なんて見せなくていいよ……!それにその腰の肉体機工補助の数値は私がこの前設定したばかりなんだから……大丈夫に決まってるじゃん。そうじゃなくて!そろそろ年齢考えて欲しいってこと!じいちゃんもう80なんだよ……年相応に動いて欲しいの!」
「はっはっ!!レナとお前さんがいる間は先におっ死んだりなんかしねえさ!」
店内からどっと笑いが起きた。
「──また始まった」
「今日も元気だなぁジルんとこは」
ここが──私たちの日常だった。
「じいちゃん、肉体機工補助が問題なくたってそれを操る人間の強度が問題って言ってるの!!いい加減無茶するのやめて!レナさんだっていっつも心配してるんだから!」
「ギルベルタ……お前そう言うところばっかりレナに似る必要はないんじゃぞ、大体わしらなんてなぁ……!」
工房内で響くいつものやり取り。ジルとギルベルタが言い合いながら、だが手は休まずに商品の棚や整備を淡々とこなしていく。
広い店内には各国から集まった冒険者の様な風貌の者から、ちょっと怪しい──そっち系の人間まで多種多様。うちの店は最近ではもう、常連のお客さん達で生計が立つくらいに繁盛している。いや、正確に言うとそれ以上手が回らないのだ。店内にいる人のほとんどがお得意さんなのだ。
このやり取りも、彼等からしたら毎度のことなのである。
だが、そんな中に一人。見慣れないフードを深く被った青年が、店内を静かに物色している事に気付いたのはもう少し後のことだった。
「──ジル!もうあんまり時間がねえ!さっさと調整を仕上げてくれねえか!」
客の一人がジルにいつもの剣幕で語気を強めた。
彼は常連の一人で昔からこのイェネファ周辺の森で狩人として生計を立てている。確か名前はドッド……だったかな。 いつもじいちゃんの設定にかまけて無理をして、腕の筋力増強の肉体機工補助をボロボロにしてはメンテナンスという名の修理を繰り返す、技師泣かせの一人。
「はんっ!!ドッドよぉ!おめぇがさっさとレストレアの森ん中でくたばりたいなら話は別だ。だが俺のおかげで何年生き延びてると思ってんだ!黙ってそこに座ってろ!」
「ジル!今日はマジで急いでんだ!アンタんとこが繁盛しすぎてるせいでな!こっちはなかなか診てもらいたい時にこれねえんだよ!人手を増やすなりなんとかしてくれ!今日は娘の誕生日なんだ。レストレアの森で龍脈獣を狩ってあいつへ……!」
「ん……ドッドさん。龍脈獣って──そんな危ない獣はレストレアには居ないでしょ。どういう事?」
私は気になって二人の会話につい入っていく。
「なんっだギルベルタ!知らねえのか?先週からよ、東の大国リドウから使者が来てんだ」
「それくらい知ってるよ。確か……新たな魔導技術の提供にって技術交流で……」
「へっ!技術交流なんて建前よ!奴らは東で暴れ回ってる龍脈獣を一斉にレストレアの森に放ったんだ」
「はぁ?!?!」
龍脈獣とは、大地に根ざす根源的な力。龍脈を吸い上げて生活する非常に危険な獣の一つ。一匹で数百人は下らないと言われるその力は、危機生物条項の中でもトップクラスの危険種だ。
「何考えてるわけ?!そんな事したら、森の動物達や他の狩人だって……!!」
得意げに鼻を鳴らし、こちらを見上げたドッドの目つきはお世辞にも気持ちのいいものではなかった。この人こういう時だけいつも得意げなんだよな。
「ヤツらは試してんのさ!肉体機工補助を操る俺たちなら、駆逐するのなんて朝飯前だろってな!」
「い…いやいや、技術交流どこ行ったわけ?!そんな乱暴な政治……!」
「ギルベルタ、リドウは確か武の国として名高いんだ。アイツらは肉体機工補助に酷い嫌悪感を持ってるのさ。自国で己が肉体のみで制することが出来る龍脈獣を、交流先の……対等な国家が制圧出来ない訳がないってな……!」
「何それ?!事情も知らない人たちからしたらいい迷惑じゃん!大体ルミナムはそんな危ない技術じゃ……!!」
私が身を乗り出してヒートアップしそうになるのを制する様に、ドッドの整備が完了した。すぐさま代金を置いて彼は店から駆けて出て行くと、店内は再び静寂に包まれた。
「リドウ……なんの為に今回この都市に来る訳?リドウは肉体機工補助を否定してるんだし、技術交流でって向こうは何をウチに齎してくれる訳?意味わかんない……」
その問いに答えたのはジルでは無かった。
店内で息をひっそりと鎮める様に、突然私の目の前に現れたかと思うと、やけに響く声で言葉を発した。店の喧騒が、不意に遠くなった。背筋にぞくり、となにかが伝った。
振り向くと、いつの間にか黒いフードの男がそこに立っていた。
「──リドウはイェネファに何も差し出せないのさ。魔導技術の龍脈を操る機工ですらこの都市に敵わないのだから」
「……お兄さん、見ない顔だね」
僅かだが緊張の糸が背筋をゆっくりと登り、張って行くのを感じた。
「あぁ、失礼……。名乗るのが遅れたね。私の名前はソルスティス。一介の——しがない旅人さ」
「……お兄さん、それで今日はなんの様な訳?」
「いやぁ……もう用事は済んだんだ。話し相手になってくれてありがとう、お嬢さん」
「はぁ……」
会話が一段落つきそうなところへ、ジルの元気のいい掛け声が割って入った。
「ほら、ちゃっちゃと今日の仕事済ませるぞ!ギルベルタ!油売ってねえで手伝え!!」
「んもう!油なんか売って……って。あれ?」
「じいちゃん──さっきの人は?」
「あぁん?」
「黒いフード被った背の高い……」
「んなヤツ居たか?いいからさっさと手伝え!今日も夕飯までに終わらせねえとまたレナにドヤされる」
「う、うん」
多忙を極める店内の喧騒に私の意識は次第にかき消された。
ギルベルタをもっと魅力的にかけたらいいなぁ!




