「エルファルナ」
エルファルナの大通りへ足を踏み入れた瞬間、街の熱気がどっと押し寄せてきた。荷馬車が石畳を軋ませながら行き交い、肩で風を切る鉱夫たちが横並びで歩いていく。鍛冶場からは規則正しく金槌を打つ音が響き、煙突からは白い煙がもくもくと空へ立ち昇っていた。焼きたてのパンの匂いと、鉄を熱する匂いが混じり合って、独特の活気がある。
活気に満ちた街。
そのはずなのに。
「……」
私はまた一人だけ立ち止まっていた。足が、勝手に止まる。こういう時、自分でも少し不思議に思う。意識より先に、身体が何かを捉えているのだ。
「今度は何だ?」
ロッシが苦笑する。
「ごめん——」
視線を一軒のパン屋へ向けた。店先には十人ほどの人が並んでいる。朝早くから並んでいるのだろう、疲れた顔をした鉱夫の男性が欠伸を噛み殺しながら順番を待っていた。その横では、小さな搬送機が木箱を持ち上げようとしていた。しかし——
ガコン。
ガコン。
途中まで持ち上がっては止まり、またがくんと下へ落ちる。それを店主らしい男性が何度も拳で叩いていた。煤で汚れた手が、何度も何度も機械を叩く。その顔には隠しきれない疲弊があった。朝からずっとこれが続いているのだろう。叩くたびに、その背中が少しずつ丸くなっていく気がした。
「またかよ!ったく……朝から勘弁してくれ……!」
並んでいる人たちも、申し訳なさそうな顔をしている。誰も責めていないのに、店主はひとりで追い詰められているようだった。その背中が、なんだか胸に刺さって──私は無意識に歩き出していた。
「ギル?」
アドネアが呼ぶ。
「少しだけ」
もう足は止まらない。人の間をすり抜けながら、搬送機の前へ歩み寄る。
「すみません」
店主が振り返る。
「あ?」
「機工士です」
その一言で、店主の表情が変わった。疲れと苛立ちで強張っていた顔が、ぱっと明るくなる。その変化を見るたびに、私はいつも少し胸が締まる。
「機工士!?」
「頼む!!!見てくれ!」
私は搬送機の前へしゃがみ込んだ。腰を落として機械と目線を合わせ、右目のルミナムを起動する。内部構造が視界へ静かに浮かび上がる。
「……」
故障ではない。導力も流れている。歯車も問題ない。首を少し傾けて、内部の流れを目で追う。
——あ。
私は搬送機の側面をそっと開いた。中を覗き込んで、小さく笑った。
「木片が——歯車にはさまってる」
「──え?」
店主が目を丸くする。
「そんなことで?」
「はい」
私は工具袋から細いピンセットだけを取り出した。義手の指先でそっと歯車を固定し、右手でピンセットを差し込む。息を止めて、慎重に——木片を摘まみ上げると、小さな破片がころりと石畳へ落ちた。側面をぱちんと閉じる。
「動かしてみてください」
店主がおそるおそるレバーを倒す。
ゴウン。
搬送機は何事もなかったように、するりと箱を持ち上げた。
「おお!」
店先から拍手が起こる。
「直った!早ぇ!」
店主は何度も深く頭を下げた。
「ありがとう!本当に助かった!」
私は首を横に振る。
「ふふっ——掃除しただけです」
「でも、それで十分なんだ!」
店主は苦笑する。
「この街じゃ、みんな忙しくてな。こんな小さい故障でも後回しになる」
並んでいた人たちがようやく動き出す。さっきまで疲れた顔をしていた鉱夫の男性が、ほっとしたように肩の力を抜いていた。その顔を見て、私も少しだけ肩の力が抜けた。大した修理じゃない。でも——誰かの朝が、少し楽になった。それだけで十分だ。
だけれども──改めて私は辺りを見回した。
確かに、少しずつ壊れ始めた設備が、あちこちにある。
ここの水路の歯車。向こうの昇降機の軸。致命的ではない。だけど放っておけば、やがて大きな故障になる。そしてその皺寄せは、いつも一番近くで働いている人たちへいく。それが分かるから、見て見ぬふりができない。
「……」
ロッシが後ろから笑う。
「本当に仕事見つける天才だな」
「違うよ」
私は照れ笑いを浮かべる。
「見えちゃうだけ——壊れそうなのが」
「それが才能なんだろ」
ロッシは珍しく真面目な顔になった。
「俺は剣しか見えねぇ——アドネアは人を見て……お前は街を見る」
「だから三人なんだ」
私は少しだけ驚いた。数日前、ギルドで会った時は軽口ばかり叩いていたロッシが、こんな言葉を口にするとは思わなかった。なんだか、少しだけくすぐったい。アドネアも穏やかに微笑む。
「その通りね。いいこと言うじゃない」
「ギルが気付いて、ロッシが守る。私は二人が動きやすいように道を作る。それが今の私たち」
その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなった。まだ旅は始まったばかり。それでも、少しずつ三人は同じ方向を向いて歩き始めていた。
その時だった。
「失礼」
落ち着いた声が聞こえた。三人が振り向く。作業着姿の男性が立っていた。三十代半ばほどだろうか。煤で汚れた服。日に焼けた肌。腰には何本もの工具が下げられている。その手には、王国鉱山局の紋章が刻まれた腕章。機工士だった。男性は搬送機を一目見て、小さく笑う。
「やっぱり直してしまいましたか」
私は少しだけ身構えた。怒られるかもしれない、という感覚が一瞬だけよぎる。
「か、勝手なことをしてしまって、すみません——」
男性は首を横に振った。
「いいえ。むしろ助かりました」
そう言って、ゆっくり頭を下げる。その仕草が、思いのほか丁寧で——私は少し面食らった。
「私はエルファルナ鉱山局所属機工士、エドガーです。あなたがイェネファから来られた機工士、ギルベルタさんですね」
私は驚いて目を瞬かせた。
「私を……知っているんですか?」
「ええ」
エドガーは苦笑した。
「街へ入ってきた銀髪の義手の機工士がいる、と。もう噂になっています」
ロッシが吹き出す。
「早いな、この街」
エドガーも笑う。
「機工士の世界は狭いんです」
そして、ふっと表情を引き締めた。目元に疲労の色がある。笑った時だけ隠れていたが、よく見れば目の下の翳りは深い。この人も、ずっと休めていないのだろう。その翳りを見た瞬間、胸の奥に小さな痛みが走った。見知らぬ人なのに——なぜだろう。
「本当はギルドへ来られるのを待つ予定でした。ですが……」
彼は街の西側、鉱山の方角をじっと見つめた。遠くで、低い機械音が鳴っている。街の喧騒に紛れて、普通なら気にも留めない音。だけど——私の耳には、どこかぎこちなく聞こえた。
「待っている時間が、もうありません」
その一言で、場の空気が変わった。エドガーはギルベルタの義手を静かに見つめ、続けた。
「お願いです。あなたの目で、この街を見てもらえませんか」
その言葉には、現地の機工士としての誇りと、それでも一人では抱えきれない切実さが滲んでいた。一人でずっと抱えてきたのだろう。そう思うと、胸のどこかがじんと熱くなった。断る、という選択肢は最初から浮かばなかった。
「——分かりました。一緒に見ます」
△▼
エドガーに案内されながら、三人はエルファルナの中央通りを進んでいった。歩くにつれて、街の様子が少しずつ変わっていく。露店の声が遠ざかり、代わりに荷車の軋む音や鍛冶場の金槌が規則正しく響いてくる。焼きたてのパンの香りはまだ漂っているが、それに混じって鉄と油の匂いが濃くなってきた。
そんな賑わいの中を歩いていると、不思議とあちこちから視線を感じる。
私は小さく首を傾げた。
「──どうした?」
隣を歩くロッシが声を掛ける。
「なんだか……見られてる気がする」
その一言でロッシが吹き出した。
「気のせいじゃない」
「え?」
「街へ入ってからずっとだ。ホントそういうとこ鈍感なのな」
私は思わず辺りを見回す。確かに、鍛冶場の職人がこちらを見ている。店先に並んだ女性たちも、小声で何か話していた。荷馬車を押す青年など、こちらを見たまま危うく木箱へぶつかりそうになっている。
視線を向けられること自体は慣れているつもりだった——義手のせいで、見られることは多かったから。でも、これはそれとは少し違う気がした。
「……私、何かした?」
困ったように呟くと、前を歩いていたエドガーが苦笑した。
「いいえ。この街では女性の機工士自体が珍しいんです」
少し言葉を選ぶように続ける。
「それに……銀髪の方も、あまり見かけませんから」
「……」
私は少しだけ視線を逸らした。銀髪だから。そんなことを言われたのは初めてだった。工房では油まみれで毎日仕事をしていたし、鏡を見る時間があるなら工具を磨いていた。自分の髪が珍しいなんて、考えたこともない。ただ、レナさんにだけは「綺麗な色ね」と言われたことがある。ふと、イェネファの工房で帰りを待つレナさんが頭をよぎった。
そんな私にはお構いなしと、ロッシは肩を揺らして笑う。
「イェネファでもそうだったぞ?ギルドで初めて見た時なんかよ、『こんな綺麗な子が機工具袋抱えて何してるんだ?』って思ったぜ?」
私は思わず頬を膨らませる。
「それ、褒めてないでしょ」
「いや、ちゃんと褒めてる」
「嘘」
「本当だって!」
二人のやり取りを見て、アドネアが小さく笑った。
「ギルは昔からそうよ。工房へ修理に来たお客さんにも、よく声を掛けられていたじゃない」
「それは——修理の相談でしょ?」
「半分はね」
「──半分?」
「あなたに会いに来てた人もいたわ」
思わず足が止まる。
「そんな人いた…?」
「本人だけが気付いてなかったのよねぇ」
アドネアはくすくす笑う。私は納得がいかず、小さく唸る。そんなこと、一度も考えたことがなかった。考えたことがない、というより——工房にいる間は、それ以外のことを考える余裕がなかったのかもしれない。
その時だった。くい、と服の裾が小さく引っ張られた。
「……?」
振り返ると、五歳くらいの女の子が、大きな目でじっと私を見上げていた。丸くて、澄んだ瞳だった。母親らしい女性が慌てて駆け寄ってくる。
「こら、急に引っ張っちゃ駄目でしょう!」
「すみません!」
「いえ、大丈夫ですよ」
私は自然と膝をついて、少女と目線を合わせた。石畳の冷たさが膝に伝わってくる。こうして同じ高さで見ると、少女の顔がよく見えた。少しだけ緊張しているのか、その小さな握り拳が、なんだかかわいかった。
私はできるだけ、怖がらせない様に微笑むと少女は少しだけ恥ずかしそうに俯いたあと、おずおずと口を開いた。
「あの……」
「うん?」
「さわっても、いい?」
「え?」
少女の小さな指は、私の銀髪へ向けられていた。
「きらきらしてる……」
思わず目を瞬かせる。
「お月さまみたい」
その言葉に、自然と笑みがこぼれた。こんなふうに髪を褒められたのは、生まれて初めてかもしれない。お月さまみたい、か。じいちゃんならなんて言うだろう——そんなことを、一瞬だけ思った。
「——いいよ」
少女は嬉しそうにそっと近付いてきて、恐る恐る髪へ触れる。さらり、と銀色の髪が小さな指の間を静かに滑った。
「わぁ……」
少女は目を輝かせる。
「ほんとに、きれい……」
その笑顔を見ていると、不思議と胸の奥が温かくなった。こんなに真剣な顔で私の髪を見つめている。なんでもない、ただそれだけのことなのに——どうしてだろう、目の奥が少しだけ熱くなった。泣きそう、というわけじゃない。ただ、温かいものが胸の底に静かに溜まっていく、そういう感覚だった。
母親は何度も頭を下げる。
「申し訳ありません。この子、珍しいものを見るとすぐ……」
「気にしないでください。私も、小さかったら気になったと思います」
少女は嬉しそうに笑った。
「おねえちゃん、やさしい」
優しい。そう言われたのは、いつぶりだろう。工房では「早い」とか「上手い」とか言われることはあっても、優しい、と言われることはあまりなかった気がする。だからだろうか——たった五歳の女の子の言葉なのに、妙に胸に響いた。
立ち上がりながら、私はそっと少女の頭へ手を置いた。ほんの一瞬だけ。でも——行ってらっしゃい、と伝えるみたいに。少女は驚いたように顔を上げて、それから嬉しそうにまた笑った。
ロッシは腕を組みながら、にやりと笑う。
「——やっぱり看板娘だな」
私は照れ隠しに軽く睨む。
「からかわないで」
「からかってねぇよ!仕事ができて、子どもにも好かれる——そりゃ目立つだろって」
「……そんなことない」
「本人だけが気付いてないのよ」
アドネアが穏やかに笑う。
「ギルは昔から、自分のことには本当に無頓着だから。機械の傷はすぐ見つけるのに、自分がどう見られているかは全然気付かないもの」
「ア、アドネア……」
私は少し困ったように笑う。否定したいけれど、心当たりが多すぎて言葉が出てこない。
「じいちゃんに、『機工士は鏡より機械を見ろ』って育てられたし——」
その言葉に、一瞬だけ三人の空気が静かになった。けれど、その沈黙は悲しいものではなかった。じいちゃんの口癖を思い出して、少しだけ胸が痛くなったけれど——それと同時に、なんだか温かくもあった。こうして笑いながら思い出せるのは、きっと悪いことじゃない。ロッシは前を向いたまま、小さく笑う。
「なら、今度からは少しくらい鏡も見ろ——。街の男どもが放っとかねぇぞ」
「……何それ」
思わず笑ってしまう。その笑顔につられるように、アドネアも、エドガーも笑った。ジルを失ってから初めてだった。こんなふうに、何気ないことで笑えたのは。胸の穴が塞がるわけじゃない。それでも——笑える、ということが、今の私には少しだけ大事だった。
その時だった。エドガーが足を止める。
「着きました」
三人が顔を上げる。目の前には、街の中心部にそびえる巨大な石造りの建物。何本もの導力管が壁をびっしりと這い、太い煙突からは絶え間なく白い蒸気が立ち上っている。入口には大きく刻まれた文字。
エルファルナ中央機工管理局。
エドガーはその建物を見上げながら、静かに息を吐いた。
「ここから先が、本当の仕事です」
先ほどまでの穏やかな表情は消えている。私も自然と背筋が伸びた。さっきまでの笑い声が、遠くなっていく。
重厚な鉄扉をくぐった瞬間、外の喧騒が嘘のように遠ざかった。代わりに耳へ届くのは、規則正しく動く歯車の音。蒸気の吐き出される低い振動。壁一面を走る導力管が微かに脈打つ音。
ここは街の心臓部だった。
広いホールには数え切れないほどの図面が広げられ、機工士たちが慌ただしく行き交っている——が、誰もが目の下に濃い影を落としていた。机へ突っ伏したまま眠っている者までいる。積み上がった資料の山。ひっきりなしに鳴り続ける伝達管の音。活気ではなく、追い詰められた者たちの気配がそこにあった。
思わず足を止めて、眠っている機工士の手元を、つい見てしまう。荒れた指先。工具で擦れた跡。爪の間に入り込んだ油の汚れ。何日も休めていない人の手だった。じいちゃんの手も、こういう手をしていた。そのことをふと思い出して、胸の奥がきゅっと締まった。何か言いたかったけれど、起こすのも忍びなくて——私はそっと視線を外した。
「ずいぶん——切羽詰まってるな」
ロッシが小声で呟いた。
「──三週間です」
エドガーが静かに答える。
「誰もまともに休めていません」
三週間。その言葉が、じわりと胸に沁みた。この人たちは三週間、ずっとここで戦っていたのだ。誰に感謝されるでもなく、街の外からは見えない場所で。それでも手を止めなかった——そのことが、胸に重くのしかかった。
私達は奥の会議室へ通された。扉を閉めると、ホールの喧騒がふっと薄くなる。中央の机には、エルファルナ全域の地図が広げられていた。赤い印が、無数に打たれている。
私は思わず息を呑んだ。
「これ……全部……故障箇所ですか」
「はい」
エドガーは苦笑する。
「正確には、確認できている場所だけです」
さらに木箱から一枚の図面を取り出した。地下を流れる龍脈図。私はそれを見た瞬間、眉をひそめた。
「……」
おかしい。龍脈そのものには大きな乱れがない。なのに——導力を分配する支流だけが、不自然に細くなっている。まるで誰かが、こっそりと流れを絞っているようだ。見れば見るほど、嫌な感じがした。機械の不具合とは違う、もっと意図的な何かを感じる。
「ギル?」
アドネアが様子を窺う。私は右目のルミナムを起動した。図面へ視線を落とすと、紙の上に蒼い光が重なり、地下の流れが立体的に浮かび上がっていく。
「これは……」
思わず声が漏れる。
「見えるの?」
ロッシが覗き込む。
私は小さく頷く。
「龍脈が悪いんじゃない。流れを制御する中継設備が、全部無理をしてる。血管は健康なのに、心臓が弱ってるような——感じ」
エドガーが静かに頷いた。
「——まったく同じ結論でした」
机へ一枚の報告書を置く。
「ですが原因が分からない。設備を交換しても三日で壊れる。修理しても一週間も保たない。新品でも同じで——」
部屋が静まり返る。エドガーの声には、疲弊だけでなく悔しさが滲んでいた。分かっているのに、どうにもできない——そういう顔だった。その表情を見ていると、胸の奥がざわざわする。早く原因を見つけなければ、という焦りとは少し違う。この人を、これ以上一人で抱えさせたくないという気持ちだった。
私は図面から目を離さず意識を集中する。
「原因は……設備じゃない……」
呟く。何か見落としている。指先で地図の縁をなぞりながら、蒼い視界の中を探る。
その時だった。ルミナムの視界へ、小さな違和感が映る。
「……ここ」
地図の一点を指差す。
「第三分流塔」
エドガーが驚く。
「そこです。一番最初に異常が確認された場所です」
アドネアが身を乗り出した。
「偶然?」
「違う」
私は首を振る。
「ここだけ——龍脈の流れ方が違う」
エドガーが目を見開く。
「そんなことまで分かるんですか」
「分かるというより……見えてしまうんです」
私は少し困ったように笑う。
右目の奥が微かに熱を帯びる。ルミナムは機械だけを見る目ではない。流れを見る目。命を見る目。だからこそ分かる——この街は、病気なのではない。誰かに無理やり呼吸を乱されている。そんな感覚だった。そしてその感覚は、胸の中でじわじわと怒りに変わっていく。誰かがこの街を、意図的に痛めつけている。それが許せなかった。
エドガーは静かに決断する。
「すぐに現場へ向かいましょう」
「第三分流塔ですね」
私は頷いた。
「実際に見れば分かることもあるでしょう」
ロッシが勢いよく立ち上がり、背中の大剣を軽く叩く。
「んじゃ、俺の仕事だな!護衛は任せろ」
アドネアも手帳をぱたりと閉じた。
「私は現場の記録と、鉱山局との調整を担当するわ」
誰が指示したわけでもない。三人が自然と役割を確認し合う。それぞれが、自分にできることを理解していた。エドガーはその様子を見て、小さく笑う。
「息が合っていますね」
ロッシは肩を竦めた。
「昨日できたばっかりの即席チームだけど、な」
「でも」
アドネアが微笑んで続ける。
「──悪くないでしょう?」
私も小さく笑う。
「うん」
少しだけ。本当に少しだけ。旅に出る前より、前を向けるようになっていた。ジルの背中はもうない。だけど——一緒に歩く仲間はいる。そのことが、今は何より心強かった。一人じゃなくていい。それだけで、どれほど楽になれるか。じいちゃんを失って初めて、私はそれを知った気がする。
「第三分流塔までは徒歩で三十分ほどです。ですが……」
彼の表情が少し曇る。
「ここ数日、塔の周辺では妙な事故が続いています」
「事故?」
ロッシが眉を上げる。
「設備の暴走です。誰も原因を説明できない——だから、鉱夫たちは近づきたがらないんです」
会議室に、短い沈黙が落ちた。
私は静かに義手を見つめた。銀色の指を、一度だけゆっくりと握る。冷たい金属の感触が手のひらに伝わる。怖くない、とは言えない。でも——怖くても、行かなければならない理由が、今の私にはある。
そして——開く。
顔を上げた。
「行きましょう」
エルファルナでの最初の任務の、始まりだった。




