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機工技師 ─ルミナム・ストライド─  作者: ask


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18/20

「違和感の先へ」

 塔の中は、規則正しい駆動音だけが静かに響いていた。

 私はその場にしゃがみ込み、床へ手を添える。

 冷たい石の感触——その下では、龍脈が絶え間なく流れている。

 ルミナムを通して見る世界は、普段とは違う。歯車の噛み合わせ。導力管を巡る圧力。目には見えない龍脈の流れまでもが、淡い蒼色となって視界へ映し出される。


「……やっぱり」


 私は小さく呟いた。

 塔の設備に異常はない。

 それは間違いない。

 問題は、設備へ送られてくる龍脈の流れだった。

 ごく僅かに——本当に僅かにだけ、脈動の間隔が揺れている。普通なら気付かない、計測器でも誤差として処理される程度だ。

 けれど、ルミナムを通して見れば、その揺らぎは確かに存在していた。


「ギル」


 アドネアが記録帳を片手に近寄る。


「何か見つかった?」


「設備は正常——でも龍脈が少しだけ変」


「変?」


 私は頷く。


「流れが弱いんじゃない。乱れてるわけでもない。……誰かが上流で、一瞬だけ堰き止めてるような。」


 言葉にしながら、自分でも首を傾げる。

 そんなことができる設備は、近隣には存在しないはずだ。

 アドネアはすぐに結論を出さなかった。


「数値は?」


「正常範囲」


「なら報告書には書けないわね」


「うん——」


 私は苦笑する。


「勘——みたいなものだから」


 その言葉を聞いていたロッシが腕を組む。


「俺は機械のことは分からんが——お前の勘って、当たるのか?」


 私は少しだけ考える。


「……分からない——でも」


 左手で床を軽く叩いた。


「この塔が『悪い』んじゃない。この塔は、何かを我慢してる」


 二人は顔を見合わせた。


「我慢?」


「うん。」


「無理をして、流れを整えてる」


 その表現が、一番しっくりきた。

 塔は壊れていない。むしろ正常に動こうとしている。それなのに、どこか苦しそうだった。

 私は塔の中央を見上げる。

 巨大な主軸は、今日も変わらず回り続けている。

 その姿が、少しだけ無理をして笑っている人のように見えた。


「もう少し詳しく見てくる」


 私は中央の点検階段へ足を向けた。


「ロッシ」


「下をお願い」


「了解」


「アドネア、記録をお願い。」


「任せて」


 三人は自然と動き始める。

 誰が指示したわけでもない。

 それでも、それぞれが自分の役割を理解していた。


 螺旋階段を上る。

 塔の中心を囲むように設けられた点検通路。

 一段、一段。

 視線は常に歯車へ向けたまま。油の滲み。金属疲労。導力管の振動。異常があれば見逃さない。途中で一度立ち止まり、私は右目を閉じた。

 ルミナムの視界だけへ意識を集中する。

 世界から色が消える。残るのは——龍脈だけ。

 青白い光が塔の中心へ集まり、そして西へ流れていく。


 その時だった。


「……?」


 一瞬だけ。

 龍脈の光が揺れた。

 ほんの一拍。

 心臓が鼓動するほどの短い時間。

 流れが、止まった。


「今の……」


 思わず身を乗り出す。

 次の瞬間には、何事もなかったかのように元へ戻っていた。


「気のせい……?」


 いや。違う。確かに止まった。

 私は急いで懐から小型の計測器を取り出す。

 針は正常値を示している。

 記録にも残らない。

 けれどルミナムだけは、あの一瞬を見逃していなかった。


 下からロッシの声が響く。


「ギル!」


「何かあったか!」


 私は階段の手すりから身を乗り出す。


「今、一瞬だけ龍脈が止まった!」


「止まった?」


 ロッシには見えていない。

 アドネアも驚いた顔で記録帳を確認している。


「計測値は変わってない!」


「だから余計に変なんだ」


 私は静かに息を吐く。


「誰かが細工したんじゃない。設備が壊れたわけでもない。」


「もっと……」


 言葉を探す。

 そして、小さく呟いた。


「龍脈そのものが、何かに反応してる」


 その瞬間だった。

 塔全体へ、低い振動が伝わる。

 ゴゥン……歯車が止まるほどではない。けれど、誰もが気付くほどの震えだった。

 三人は同時に顔を上げる。外では風も吹いていない。地震でもない。

 それなのに、塔だけが小さく震えている。

 私はルミナムを起動したまま、塔の中心を見つめた。

 蒼い龍脈の光が、一瞬だけ深い紫色へと染まり――すぐに元へ戻る。


「……今の」


 今度は見間違いじゃない。

 塔ではない——龍脈でもない。もっと遠く。西の方角。

 鉱山都市エルファルナへ続く龍脈の先から、何かがこちらへ干渉した。

 その痕跡だけが、静かに消えていった。


 △▼


 第三龍脈中継塔を後にした三人は、西へ続く街道を歩いていた。

 昼下がりの陽射しは穏やかで、街道沿いには風に揺れる草花が一面に広がっている。

 遠くでは荷馬車がゆっくりと土煙を上げながら進み、旅人同士が挨拶を交わしてすれ違っていく——。戦いの匂いは、どこにもなかった。

 それが、どこか心地よかった。


「今日はこのまま街道沿いの宿場まで進みましょう」


 アドネアが地図を見ながら言う。


「明日の昼頃にはエルファルナへ着けるはずよ」


「意外と近いんだな。」


 ロッシが肩に背負った大剣を軽く持ち直した。


「鉱山都市ってもっと山奥かと思ってた」


「街自体は街道沿いだから——」


 アドネアが説明する。


「採掘場だけが山の奥深くにあるの。」


 私はその話を聞きながら、街道脇に埋め込まれた小さな機工設備へ目を向けた。

 一定間隔で設置された導力標柱。

 王国各地へ張り巡らされた龍脈補助設備の一つだ。

 何気ない設備。

 普段なら誰も気にも留めない——でも。


「ギル?」


「少しだけ」


 右目のルミナムを起動する。

 標柱の内部構造が透けて見える。

 龍脈は正常。

 圧力も問題ない。

 だけど。


「……」


 まただった。

 ほんの僅かに。

 流れが西へ向かうほど細く見える。

 水路で言えば、水量は変わらないのに、水面だけが揺れているような感覚だった。


「またか」


 ロッシが隣へ立つ。


「何かある?」


「壊れてはいない」


 私は首を振る。


「でも、違和感は続いてる」


 アドネアも標柱へ近付く。


「つまり——第三中継塔だけじゃない」


「うん。この街道全部で同じ」


 三人の間に静かな空気が流れた。

 これは偶然ではない。

 少なくとも、一つの設備だけが原因ではなかった。

 アドネアは記録帳へ新たに一行を書き加える。

 『街道沿い補助設備にも同様の揺らぎを確認』


「これで現場記録としては十分ね。ギル、本部へ戻ったらあなたの報告も正式に残るわ」


 私は少し照れくさく笑った。


「そんな大したことじゃないよ」


「いいえ——」


 アドネアは真っ直ぐ私を見る。


「機工士は”壊れてから直す人”じゃない——壊れる前に異変へ気付く人よ」


 その言葉は、まるで誰かの受け売りのようだった。

 きっとギルドでも、代々受け継がれてきた教えなのだろう。

 私は小さく頷いた。


「ありがとう」


 再び歩き始めてしばらくすると、ロッシが前方を指差した。


「見えてきたぞ」


 街道の先。

 山肌へ沿うように建てられた木造の休憩所が見える。

 旅人たちが荷馬車を止め、馬へ水を与えていた。


「少し——休憩しようか」


 三人は木陰の長椅子へ腰掛ける。

 宿場の老婆が冷えた果実水を運んできた。


「旅人さんかい?」


「ええ」


 アドネアが答える。


「エルファルナまで」


「——あら」


 老婆の表情が少し曇る。


「最近は鉱山へ向かう人が多いねぇ」


 ロッシが顔を上げる。


「何かあったのか?」


「詳しくは知らないけどね——坑道の奥で機械が止まったとか、鉱石が掘れなくなったとか聞いてね」


 私は思わず身を乗り出した。


「それって、いつ頃ですか?」


「そうさねぇ……」


 老婆は少し考える。


「十日くらい前からだったかね。」


 十日前。

 三人は同時に目を合わせる。

 第三龍脈中継塔の管理人が言っていた時期とも一致する。

 アドネアは静かに礼を言う。


「ありがとうございます」


 老婆は笑って手を振った。


「気を付けてお行き。最近は冒険者さんもずいぶん増えてるから」


 老婆が店へ戻ると、ロッシが腕を組む。


「偶然じゃ——なさそうだな」


「うん。」


 私は果実水の入った木杯を見つめた。


「鉱山で何か起きてる。それが龍脈へ影響してる」


 アドネアは地図を広げる。


「でも依頼書には、設備点検としか書かれていない——情報が遅れている可能性が高いわ。」


「だったら急ぐか?」


 ロッシが立ち上がろうとする。


 しかしアドネアは首を横に振った。


「急ぎたい——でも焦って判断を誤る方が危険」


 そう言って二人を見回した。


「今日は予定通り宿場で休む。明日の朝一番でエルファルナへ入る。それが一番安全よ」


 ロッシは肩をすくめる。


「了解、サブマスターの命令なら従うさ」


 軽口を叩きながらも、その表情は真剣だった。

 私はそんな二人を見て、自然と笑みがこぼれる。

 一人だったら、不安ばかりだったかもしれない。

 でも今は違う。

 前を歩く頼れるサブマスターがいる。

 背中を任せられる冒険者がいる。

 そして私は、機工士として二人を支える。

 ジルならきっと笑って言うだろう。


 ——「ええ仲間を見つけたの」って。


 ▼△


 翌朝。

 街道を包んでいた靄がゆっくりと晴れ始める。

 山道を一つ越えた、その先だった。


「……あれ」


 思わず足を止める。

 谷間いっぱいに広がる街並みが視界へ飛び込んできた。

 巨大な岩山へ抱かれるように築かれた石造りの都市。山肌には幾筋もの坑道が口を開け、その間を鉄製の索道が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。籠いっぱいの鉱石を積んだ搬器が、ゆっくりと山を上り下りしていた。

 煙突から立ち昇る白い煙。

 絶えず鳴り響く金槌の音。

 風に混じる鉄と石炭の匂い。

 まるで街全体が、一つの巨大な工房だった。


「すごい……」


 自然と声が漏れる。

 工房育ちの私には、それだけで胸が高鳴った。


「気に入った?」


 アドネアが笑う。


「うん!街なのに……工房みたいで」


 ロッシが肩を竦める。


「機工士らしい感想だな。俺なんて、煙しか見えねぇ」


 三人は笑いながら坂道を下っていく。

 街へ近づくにつれ、人の声が少しずつ聞こえてきた。

 鉱夫たちが荷車を押している。

 職人が工房の扉を開ける。

 市場では朝から威勢のいい声が飛び交っていた。

 活気がある。

 それなのに。


「……」


 私はまた足を止めた。

 違う。

 何かがおかしい。

 ルミナムを起動する。

 景色が淡い蒼色へ染まる。

 街中へ張り巡らされた導力管。地下を流れる龍脈。機工設備を繋ぐ補助回路。すべてが見える。


 しかし——


「どうした?」


 ロッシが振り返る。


「音が……」


「音?」


 私は静かに頷いた。


「静かすぎる。」


 二人は顔を見合わせる。


「そんなこと分かるの?」


「……分かる」


 工房で育った。

 十一歳から毎日。朝から晩まで。機工音の音を聞いていた。

 油を差す音。

 旋盤が回る音。

 ボルトを締める音。

 金属が噛み合う音。

 私はそれを、毎日聞いてきたんだ、間違いない。

 

「この街——機械の音が足りないの」


 ロッシは耳を澄ませる。


「——普通に聞こえるけど?」


「うん。普通の人には」


 私はゆっくり街を見渡した。

 導力揚水機。昇降機。搬送用巻き上げ機。

 どれも動いている。

 だけど。


 無理をして動いている。

 人間で言えば、息を切らしながら笑っているような音だった。

 アドネアも真剣な表情になる。


「それが龍脈の影響?」


「まだ分からない——でも」


 私は義手を軽く握りながら。何かを確かめる様に続けた。


「誰かが修理した跡がある」


 街へ入ってすぐの水路設備。

 新しいボルト。交換された軸受け。応急補修された導力管。

 機工士の目には、それがすぐ分かった。


「かなり急いで直してるの」


「でも———追いついてない」


 アドネアは周囲を見回す。

 今まで見えていなかったものが、急に見えてきた。

 店先へ積まれた交換部品。

 工房の前へ置かれた壊れた歯車。

 荷車いっぱいに運ばれる導力管。

 この街では今も、どこかで修理が続いている。

 ロッシがぽつりと呟く。


 

「これ……街が病気みたいだな」


 

 私は静かに頷いた。


「うん——そんな感じ」


 その時だった。

 広場の向こうから、鐘の音が鳴り響く。


 カン——。


 カン——。


 二度だけ鳴る鐘。


 すると街中の職人たちが一斉に顔を上げた。


「またか!」

「今日は早いな——」

「西側か?」


 そんな声が飛び交う。


 次の瞬間。

 一人の若い職人が広場を駆け抜けていく。


「第三搬送機停止!」

「応援頼む!」


 その声を聞くなり、近くの工房から数人の機工士が工具を抱えて飛び出した。

 誰一人慌ててはいない。

 まるで日常のように。

 その光景を見て、私は息を呑んだ。


 

「……日常なんだ」


 

 毎日のように設備が止まり。

 毎日のように修理へ走る。

 街の人たちは、それに慣れてしまっている。


「ギル」


 アドネアが静かに言う。


「まずギルドへ行きましょう」


「え?」


「あなた、今すぐにでも飛び出して行きそうな顔してる」


 私は思わず苦笑した。

 図星だった。

 止まった設備がある。困っている人がいる。

 そう聞けば、体が勝手に動きそうになる。


「依頼を受ける前に勝手に修理したら、あとで怒られるわよ」


「……う」


「まずは正式な依頼——それから」


 アドネアは優しく笑う。


()()()として仕事をしましょう」


 私は大きく頷いた。


「うん」


 三人は歩き出す。

 その背中を追い越すように、工具を抱えた機工士たちが街の奥へ走っていく。

 その姿を見つめながら、私は胸の奥で小さく思う。

 ——あの人たちも、誰かの暮らしを守っている。

 ジルと一緒に歩いてきた道と同じだ。

 場所が違っても。

 街が違っても。

 機工士の仕事は、変わらない——だからこそ、この街で何が起きているのか。


 私は、自分の目で確かめたいと思った。


 

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