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機工技師 ─ルミナム・ストライド─  作者: ask


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14/20

幕間 ─もう一度前へ─

 葬儀の日は、よく晴れていた。あれほど荒れ果てていた空は嘘のように澄み渡り、街の煙突からは久しぶりに白い煙がゆっくりと立ち上っている。壊れた城壁はまだそのままなところが多い。崩れた建物も多い。


 それでも、人々は前を向いていた。

 瓦礫を運ぶ者。子どもたちを抱きしめる者。工房の前で折れた看板を掛け直す老人。誰もが、少しずつ日常を取り戻そうとしていた。

 その街の中央広場には、数え切れないほどの人が集まっていた。


 中央には、一つの棺。


 機工士ジル。


 この街を最後まで守り抜いた男。誰もが無言だった。泣き声さえ聞こえない。ただ風だけが、献花の白い花びらを揺らしている。私は棺の隣へ立ったまま風にただ静かに吹かれていた。


 実感なんてない。


 工房へ帰れば、いつもの椅子で昼寝をしている気がしてならなかった。


「……本当に寝てるみたい」


 思わず笑ってしまう。


「また起きて、『ギル、仕事じゃ』って言いそう」


 返事はない。

 それでも、その穏やかな顔はどこか満足そうだった。


「ギル。」


 優しい声がした。

 振り返ると、レナさんが立っていた。

 黒い喪服に身を包み、それでもいつもと変わらない穏やかな笑顔を浮かべている。


「レナさん……」


「ありがとうね」


 その一言だった。


「え……?」


「最後まで——あの人の隣にいてくれて」


 私は首を横へ振る。


「私……何もできなかった。」


「そんなことないわ。」


 レナさんは棺へ視線を向ける。


「あの人ね……ふふっ」


 少しだけ笑った。


「昔から、ギルの話ばかりしてたの。」


「え?」


「今日も失敗した、とか、歯車を削りすぎた、とか。機工具を隠したら泣いた、とか——」


 思わず吹き出してしまう。


「そんな話まで……」


「毎日よ」


 レナさんは小さく肩を竦めた。


「寝る前も。休みの日も。本当に、孫が可愛くて仕方なかったのね」


 私は目を伏せた。


「でも、一回も褒めてくれなかった」


 ぽつりと漏らす。


「もっとちゃんと褒めてほしかった。認めてほしかった。追いつきたかった」


 涙が滲む。

 するとレナさんは、少し驚いたような顔をした。


「え?——知らなかったの?」


「……何を?」


「あの人——」


 くすりと笑う。


「私には、毎日自慢してたわよ」


「……え?」


「『あいつは儂なんかより筋がええ。』って」


 私は固まった。


「『まだ言わん。まだ早い』って」


 その言葉を聞いた瞬間。

 胸の奥で、何かが崩れた。


「……もう」


 涙が溢れる。


「本人に言ってよ……」


 喉が震えて声にならなかった。

 レナさんは静かに私の頭を撫でる。


「案外不器用な人だったわ。機械は直せても、人の気持ちは上手に伝えられなかったのね」


 その手は、とても温かかった。

 母親の手みたいだった。


 △▼


 少し離れた場所では、アドネアが街の人たちと話していた。

 負傷者の確認。復旧作業の段取り。都市修復機構の残った機能の調査——と休む暇なんてない。


 それでも彼女は、一度だけこちらへ歩いてきた。


「……終わった?」


 私は頷く。


「うん」


「じゃあ」


 アドネアは一枚の紙を差し出した。


「これは?」


「依頼書」


 

「……え?」


 

 目を丸くする私へ、アドネアは少しだけ笑った。


「北地区の水路がまだ壊れてる。工房も屋根が抜けたまま。あぁそうだ、橋も一本、応急処置だけ」


 紙にはびっしりと修理箇所が書かれていた。


「街中から届いてる」


「全部、『ジルの工房』宛て」


 私は息を呑む。


「みんな、待ってるんだよ」


「……」


「ジルはいなくなった」


 アドネアは真っ直ぐ私を見る。


「でも、工房はまだ終わってない」


 その言葉に、私は依頼書を胸へ抱いた。

 何枚もある。

 どれも、人が生きていくために必要な仕事だった。

 水車。

 時計塔。

 昇降機。

 義手。

 古い機工人形。

 冒険者達の肉体機工補助(ルミナム)まで——。


 どれ一つとして、欠かせない、この都市の要。

 誰かの日常を守る、大切な仕事だった。


 工房の煙突が、小さく鳴った。

 

 カラン。

 

 思わず空を見上げる。


「……聞こえた?」


 私が笑うと。


 レナさんも。


 アドネアも。


 同じように笑った。


「ええ」


「聞こえたわ」


 二人は声を揃えて——

 


「『ほれ、次の仕事じゃ。』ってね」


 


 私は依頼書を抱え直す。

 涙はもう流れなかった。悲しみが消えたわけじゃない。

 きっと、一生消えない。


 でも。

 その悲しみを抱えたまま歩くことを、あの人は教えてくれた。

 私は工房へ向かって歩き出す。

 煙突から昇る白い煙が、青い空へゆっくりと溶けていく。


 その煙はまるで。


 一人の機工士が、最後まで守り抜いた街の未来を、静かに祝福しているようだった。


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