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機工技師 ─ルミナム・ストライド─  作者: ask


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「魂の声 ─ギルベルタ─」


「ここから先は——ジジイの仕事だ」


 その一言と同時だった。


 ジルは肩に担いでいた機工銃を、静かに地面へ突き立てた。反動が大きすぎるが故の杭の様に——いや、違う。あれは。石畳に鋭く機工の杭が銃身から、その重みを支えるように突き刺さると、同時に街中へ張り巡らされていた龍脈路が、一斉に蒼く輝き始めたのだ。石畳の下を流れる光が、公園を中心に放射状に加速度的に広がっていく。


「な……!」


 仮面の男が初めて目を見開いた。驚いている。事実を淡々と無感情に発していたはずの男が。


「まだ、()()()()……!」


 ジルは鼻で笑った。


「当たり前だ、わしをなんだと思っとるんじゃ。唯の老いぼれに見えてるのか?」


 ゆっくりと機工銃から手を離す。銃は銃身から台座の様にその姿勢を支えるものかと思った杭が地面に伸びて、地面を——肉体機工補助(ルミナム)の力で稼働させている——。


「この都市を誰が整備し続けてきたと思ってやがる。ぽっと出のお前さんみたいな若造にはくれてやらんさ」


 じいちゃんのの言葉に反応する様に、大地が唸る。倒れていた街灯が、自ら起き上がるように姿勢を戻し初めて——崩れかけた橋が軋みながら繋がり直し、折れた配管から溢れていた龍脈光が静かに収束していく。

 まるで街そのものが呼吸を取り戻したように、()()()()を始めているのだ。


「これっ……都市修復機構……!」


 私は思わず声を上げた。

 工房の蔵書でしか見たことのない、伝説級の機工。

 実在したなんて。じいちゃん聞いた時はずっとはぐらかして教えてくれなかったじゃん——。痛みが続く頭の中で私は一人。その時の光景に穏やかな気持ちを馳せた。


「——ギル」


 ジルは振り返らずに、私の名を呼んだ。


「よく見ろ」


「……え?」


「これが——機工士だ」


 その背中は炎に照らされて、修復途中の都市に広がるその擬音と異音に讃えられて。


「——壊す力じゃねぇ」


 もう一度、大地が震える。


「未来を——繋ぐ力なんだ」


「じい……ちゃん……」


 その瞬間。

 傷ついていた龍脈獣が、ゆっくりと立ち上がった。首輪はもうない。赤黒い光も消えている。蒼い瞳だけが静かにジルを見つめていた。


「行け」


 ジルが短く言う。


「お前が守りたいもんを守れ」


 龍脈獣は一度だけ頷くように頭を下げると、夜空へ向かって咆哮した。その声は、さっきまでの狂気に満ちたものではない。どこまでも澄み切った、生命の叫びだった。遠くで暴れていた改造龍脈獣たちが、その声に反応する。動きが——止まった。


 一斉に空を見上げて——苦しむように身体を震わせる個体もいる。


「……共鳴……してる……」


 私は思わず呟いた。


「そうだ」


 ジルが静かに答える。


「龍脈獣は本来、互いの龍脈を感じ合って生きる共生生物だ。苦しみから解放された一頭がいれば、その波は仲間にも届く。……だからこそ、あいつらは群れで生きるんだ。一人じゃ……人と同じよ。生きていけねえのよ」


「————」

 

 仮面の男が小さく笑った。


「……なるほど」


 彼は細剣を抜くと、シャリン、と月光を映した刀身が夜を裂く。その切っ先が真っ直ぐギルベルタを指した。


「——君で……()()()()()()()()


 その瞬間だった。

 彼の背後にいた四頭の改造龍脈獣の首輪が、一斉に赤黒く発光する。

 ギギギギギギッ!!急激な温度の上昇に伴う耳障りな駆動音。それに嫌というほど見覚えのある光。咄嗟に私はじいちゃんに叫んだ。


「あれは……自壊機構!じいちゃん……!!」


 だが違った。赤い光は止まらない。首輪だけではない、龍脈獣の全身を巡る回路が、無数の血管のように浮かび上がっていく。空気が震え、龍脈が唸り、その大きな体躯が激しく鈍く、黒く明滅する。


「これは爆発——などではない」


 彼は細剣を天へ掲げて言葉を続けた。


「——第二段階だ」


 ズンッと鈍い音が世界に広がった。世界が沈んだかと錯覚した次の瞬間。四頭の龍脈獣の身体が、まるで溶けるように崩れ始めた。肉でもない。機械でもない。龍脈そのものが液体となって流れ出し、互いを飲み込みながら、一つへ、一つへと集まっていく。


 アドネアが息を呑む。


「うそ……」


 ジルの表情から笑みが消えた。


「……」


 蒼い瞳で、その異形を睨みつける。

 夜空を覆う炎よりもなお巨大な影が、公園全体へ落ちる。

 それはもはや龍脈獣ではなかった。

 人が決して踏み込んではならない領域へ、機工と龍脈が融合して生み出した、新たな災厄。その異形が、ゆっくりとギルベルタへ顔を向ける。


 そして——その口から漏れたのは、獣の咆哮ではない。

 言葉を発したのだ。


「タ……ス……ケ……テ……」


 掠れた、人間の声だった。

 掠れたその声は、公園中へ、ゆっくりと染み渡っていった。炎が爆ぜる音。瓦礫の崩れる音。都市修復機工を流れる龍脈路を蒼い奔流の唸りと機工音がこだまする。そのすべてを押し退けるように、たった一つの声だけが耳の奥へと入り込んでくる。

 息をすることさえ忘れたように、その場の時間が止まっていた。


「……喋っ……た?」


 アドネアが呆然と呟く。だが、誰からの返事もない。異形はゆっくりと首を持ち上げる。ギリギリと骨とも、鋼ともつかない外殻が擦れ合い、耳障りな悲鳴を上げる。


 巨大な頭部が、ぎこちなく。

 壊れた人形のような不自然さで、こちらを向いた。

 その眼窩の奥で、赤黒い龍脈が脈打つのが見える。まるで何かが、内側から覗き返しているようだった。


「——タスケテ」


 今度は、はっきりと。

 紛れもない、人間の声。確かに聞こえた。


「そんな……」


 私は思わず半歩後ずさる。

 鼓動が嫌というほど速い。

 頭では理解できない。

 龍脈獣が、人の言葉を話すなんて。


「違う」


 静かな声だった。

 それでも、その一言だけで場の空気が張り詰める。

 ジルは異形から一瞬たりとも視線を逸らさない。


「ありゃ……龍脈獣じゃねぇ」


 拳を握る。

 革手袋が軋む音が、小さく響いた。


「……最初から」


 その呟きに、背筋を冷たいものが這い上がる。

 仮面の男が、小さく笑った。細剣を持つ腕が静かに持ち上がる。月光を受けた刀身が、異形を指し示した。


「ならば紹介しよう」


 誇るように。

 慈しむように。


「我が最高傑作」


 男の声に呼応するかのように、異形の全身を走る龍脈回路が赤黒く明滅する。

 ドクン。

 巨大な鼓動と共に、空気が震えた。


「龍脈獣を器に、人の魂を龍脈へ定着させる機工実験——魔導魂魄刻印アン・ルミナム・オブスキュラだよ」


 瞬間。

 異形の身体が、大きく跳ねた。

 バギィッ!!不快な擬音を大きく弾き、装甲が裂け、肉が軋む。

 骨とも歯車とも判別のつかない組織が、悲鳴のような音を立てながら組み替わっていく。右腕が裂けた。裂け目から、もう一本。いや、二本。黒い龍脈を滴らせながら腕が生え、地面へ叩きつけられる。石畳が砕け、衝撃波が足元を駆け抜けた。


「っ……!」


 思わず身体が揺れる。

 背後では「都市修復機工」の力によって修繕途中だった街灯が再び倒れ、ガラス片が雨のように鋭く早く——降り注いだ。


 ガラス片が舞い散るのが合図となり──龍脈獣の背中が、割れた。外殻を押し破るように、無数の龍脈回路が展開する。それは翼にも。肋骨にも。蜘蛛の脚にも見えた。完成へ向かう姿ではない。壊れながら、無理矢理「別の何か」へ変貌していく姿。


「……っ!」


 私は息を呑む。


 違う。

 あれは——暴走だ。あの身体は——それにあの機工輪も、装置の何もかもが機能を既に保てていない——そう思った。


「助ケテ——」


 異形が、もう一度呟く。


 その瞬間だった。

 仮面の男の眉が、ぴくりと震えた。


「……?」


 ほんの僅か一瞬の出来事──それでも見逃さなかった。あの男が常に何が起こるか全てを知っている様に、淡々と冷静さを欠かない男が。初めて予定外の出来事に直面した顔をした。


「助ケテ」

「助ケテ。」

「助ケテ。。」

 

 声が増える。


 一つ。

 二つ。

 四つ。

 八つ。


 まるで細胞が——分裂するように、人の声が異形の内側から溢れ始めた。


「苦しい」

「寒い」

「帰りたい」

「母さん」

「いやだ」

「助けて」


 老いた男。

 幼い少女。

 若い女。

 しゃがれた老人──。

 無数の声が重なり、絡まり、悲鳴となって夜空を震わせる。そのどれもが、本物で本当の訴えだった。

 咄嗟に私は耳を塞ぐ。塞いでも、聞こえてくる。頭の中へ直接流れ込んでくる様だ。まるで、閉じ込められた何百もの魂が、一斉に出口を求めて叫んでいるかのように。

 ジルの表情が変わる。怒りでも驚愕でもない。職人だけが理解できる、最悪の確信。


「制御じゃねぇ」


 低く呟く。


「……拒絶してやがる」


 仮面の男は答えない。

 黙ったまま、対象を見つめ続ける。その沈黙が何よりも雄弁だった。私は、その異形から目を離せすにいる。正直に言って怖い。逃げ出したい。

身体は震えているのに、足だけは地面に縫い付けられたように動かなかった。


「——助ケテ」


 また聞こえた。

 けれど今度は、少し違う。

 耳ではない。

 胸の奥へ、直接響いてくる。


「……え?」


 思わず胸を押さえる。

 鼓動が速い。

 いや──鼓動じゃない。

 私の中を流れる龍脈が、誰かの龍脈に呼応している。

 脈打つたびに苦しみが。悲しみが。

 どうしようもない孤独が流れ込んでくる。


「ぁ……っ!」


 頭が割れそうになって膝をつく。視界がまた揺れる。


「ギル!」


 じいちゃんの声が聞こえる。

 でも返事ができない。

 私の目に映る世界が、少しずつ変わっていく。赤黒い龍脈に覆われている身体の——その奥。まるで幾重にも重ねられた硝子越しのように。

 そこに確かに、誰かがいた。

 幼い女の子。

 片腕を失った兵士。

 白衣を着た研究者。

 泣いている母親。

 名前も知らない人たちが。

 何十人も。

 何百人も。


 あの中から私を見ていた。


『聞こえる……』


 誰の声?

 分からない。

 でも。

 確かに聞こえたんだ。


『あなたには……届いてる……よね』


「……私?」


『助けて……?』


 その一言で、胸がまたぎゅうっと締め付けられる。ダメ。ちゃんと向き合うんだ。これは化け物じゃない。この人たちは。この人たちは——。


「中に人がいる……閉じ込められて……」


 思わず漏れた私の言葉に、その場の空気が止まる。

 ジルが振り返る。


「……何だと?」

 

 震える指で指差す。


「あの人たち、まだ生きてる……!助けを呼んでる!みんな……帰りたがってる」


 仮面の男の瞳が、初めて大きく見開かれた。


「見えているのか」


 その声には驚愕が滲んでいた。


「魂の形が——」


 私は答えない。

 答えられない。

 涙が止まらなかった。

 苦しい。

 悲しい。

 寂しい。

 そのすべてが流れ込んできて、自分の感情との境界が分からなくなる。


 でも、一つだけ。


 はっきりと分かることがあった。

 彼等は——あの子達は——怪物じゃない。怪物にされてしまった……ただの人なんだ。私は震える指先で胸元を抑えながら、必死で目を逸らさずに注視し続けた。


 その瞬間。


 胸の奥で、何かが音を立てた。

 カチリ、と。

 まるで長い間閉じられていた機工の歯車が、ようやく噛み合ったように。足元を流れる蒼い龍脈が、私へ応えるように輝きを増していく。ジルはその光を見て、静かに笑った。


「……そうか」


 老人はゆっくりと機工銃を構える。


「やっぱり、お前にしか聞こえねぇんだな」


 私は涙を拭い真っ直ぐに()()を見つめた。


 恐怖は消えていない。

 それでも。

 あの「助けて」を聞いてしまった以上。

 私はもう、逃げることはできなかったんだ。

 だって——その為の——。

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