来訪者
【2章】
「エリクシール三本くれ」
「あいよ。3000ゴールド」
「え? 1500じゃないん?」
「サーセン。キャンペーン終了したんですわ」
酒場の隅っこスペースで、俺は両手をまごまごさせていた。
長弓を背負ったレンジャーが落胆した様子で。
「ちぇー。知り合いに破格の回復アイテムって自慢されたから寄ってみたのに」
「原材料費、人件費、輸送コストの上昇。こんなん、価格転嫁しないと赤字ですわ」
物価高騰のお決まりフレーズ。そのくせ、そこで働く人の給料は上がらない。
あれれ~、おかしいな?
「まあ、エリクサーに手が出せない駆け出しにはありがたい消耗品か」
「ブロンズランクの強い味方になるのが、商品のコンセプトなもんで」
「この後の討伐クエで試してみるよ。ブツが良ければ、また買いに来る」
「あざしたー」
狩人の出発を見送って、俺はふぅと息を吐いた。
想定より早く、ランチョンマットに並べていたビンが全て捌けてしまう。
「需要があれば、値上がり。来週から一本1500でおなしゃす」
実際問題、エリクシールは一人で手作りしている。
時間と魔力を対価に、生活費確保。
接客がストレスで、飲み会も増えちゃう。
これでは社畜時代と変わらない。君、働くことなかれ。
ふと、コンビニで店長をやっていた友人を思い出す。
彼は、投機目的で高額転売が横行するカードゲームをたくさん発注していた。
偶然仕入れタイミングに知人が現れ、たまたま箱買いし、うっかりレアカードをフリマサイトに流し、そのお詫びに黄金色のお菓子を頂戴するらしい。
――皆は奴を、下代の錬金術師と呼んだ。
「サクラ雇って、転売ヤーか。まだ足りないっ。好事家が熱狂するブランド力が」
冗談は半分さておき。
なんとなく酒場の入口へ視線を向ければ。
見覚えのあるバンダナ男が入ってきた。
彼は険しい表情で、きょろきょろと店内を見回している。
やべ。ギクシャクした別れだったので、バレたら気まずい。
戦略的撤退せよ。抜き足差し足忍び――
「久しぶりだな、ヤマト」
「お、おうっ。ソウケイじゃないか。こんな場所でどうした?」
俺の方へ一直線に歩いてきた、元パーティーのリーダー。
「ちょっと探し人がいてな」
「へー、捜索スキル持ちに頼んでみたら? じゃ、急用作ったからっ」
「もう見つけた。あいかわらず、おかしな奴で安心したぜ」
ソウケイに行く手を塞がれ、俺は多分顔をしかめていた。
デジャブ。
半年に一度の定時退社チャンスで、部長のプレゼン資料作成を押し付けられたあの日や。
「そんな顔すんな。同じ釜の飯を食った仲間だろ?」
「俺、潔癖だからさ、自分のご飯は別のプレートによそってたけど」
「あんなスキルでよく言うわ、ったく。まあ、なんだ……話がある。ちょっといいか?」
よくない。
しかし、存在が露見した以上、俺も大人ゆえ一度は交渉に応じよう。
本日、アポイントメントはございますでしょうか? 直接の営業は受け付けておりません。
は? 飛び込み? カァーッ、これだから冒険者って輩はマナーがなってねえ!
社会人失格っ。別の会社に行ったところで通用するわけ――
「ガサッツとの約束まで一時間。手短に頼む、元リーダー」
「座ろうぜ」
レモンソーダを注文がてら、ソウケイがイスを引いた。
「奢りだ」
「……まだ口付けてないからな」
「警戒すんなって。悪い話じゃねーんだ」
ソウケイは苦笑し、シュワシュワと弾けたコップを傾けていく。
ふうと一息吐いて、ようやく本題を切り出した。
「なあ、ヤマト。もう一度、パーティーに戻ってこないか?」
「ん? 悪い。言ってる意味がよく分からん」
「また俺たちと一緒に冒険しないか?」
相手のくたびれた表情に、まず浮かんだのが疑問。ホワイ。なぜ。
「お前がいなくなった後、シルバーランクのヒーラーが加入したんだ。新進気鋭の回復量自慢の奴がさ」
「へー、才能あふれる若者が羨ましい」
「一週間持たなかったな」
「なにゆえ?」
プリーストや薬師とか、真っ当な回復術師をご所望だったじゃん。
「確かに、ヒーラーとして腕に問題なし。けど、自慢の回復量が原因ですぐガス欠になるもんで、遠征や中規模ダンジョンに全く対応できなくてなあ……」
確かに、俺はヒーラーとして手に問題あり。にゅるにゅる!
「魔力枯渇なんて、どのスキル使ってもそうじゃん。ハイヒールの連発は即空っぽだ」
「いや、俺も同じこと言ったぜ。前任者はいつも、この三倍はこなしていたって」
「その人、現場未経験エリート? 流石に同一労働同一賃金の原則からはみ出しすぎ」
「こう言い返されたよ――そんなにこき使われたら、体が持たないパワハラだと」
俺はそのヒーラーの味方や! ブラック労働許すまじっ。
「――過重労働、責任搾取が過ぎる。酷使されたとギルドへ報告する。ボクは奴隷じゃない、隷属した馬車ウマ扱いは断固拒否する! 捨て台詞をぶつけられ、脱退されちまったね」
疲労感の滲んだ表情で、明後日の方向を眺めたソウケイ。
「ようやく気付いたんだ、どうやらヤマトが凄かったらしい。パーティーの持久力、探索の継続力を引き上げていたのはお前。その事実に全く気付かなかった。シルバーランクの討伐クエが難易度上がって苦戦中。ハハ、リーダー失格だ」
「いいよ、地味な役目って会社で全く評価されない。よく知ってる」
どれだけ目立つか。手柄自慢。やったもん勝ち。所詮、人事評価そんなもん。
「あの時――感情的にお前を追い出すような形を作って、すまなかった。申し訳ない」
元リーダーがペコリと、頭を下げた。
一応上司だった奴が自分の非を認める光景は、なぜかとても新鮮な気分。フシギダー。
「追放された時、理不尽だと憤慨した。しかし、意外と三日で怒りは収まるもんさ。ソロ活動は大変だったものの、楽しいことがなきにしもあらず的な?」
働くとは会社勤め。冒険者とはパーティーを組む。
うんうん、そんな固定概念があったよねぇ~。
「あんたらに恨みつらみナッシング。円満脱退、と名簿に記入してくれ」
「なら、改めてもう一度」
「――こちらのメンバーに何か用でしょうか?」
金髪の美人が朗らかな笑顔を携え、話に割り込んできた。
「今日は友達と演劇見に行ったんじゃないの?」
「機材トラブルで初公演延期。ランチだけで解散したわ。わたし、楽しみだったのに」
「最近のブロンズ冒険者は、プライベートが充実していて何よりです」
新人は本来、その日暮らしのフリーターくらい財布が軽いぞ。
やはり、クリスの<実家が太い>スキルが最強か。
俺さ、芸術鑑賞みたいな高尚な趣味を嗜める道楽冒険者になりたいぜ。
「そちらの方はもしかして、以前の所属先の人かしら?」
「ソウケイ。シルバーランクのモンクだ」
「よろしく」
「クリスです。ヤマトさんは、わたしたちのパーティーで活躍してもらいます。勝手な引き抜き行為はご遠慮願います。ギルド規定に執拗なスカウトを禁ずると載っていましたよ」
クリスが淡々と根拠を提示する。
「そんな怖い顔すんなって。美人が台無しじゃん。出戻りの打診だろ」
「不愛想でごめんなさい。わたしもリーダーなので、仲間のピンチは見逃せない性質よ」
「ほーん、ちなみにヤマトのスキル知ってんのか? お嬢ちゃんにはかなり刺激的だぜ」
「ええ。正直、かなり個性的だわ。けれど、わたしたちは見た目だけで判断しない」
二人が向かい合えば、ギギギと一触即発の雰囲気。
よせよせ、柄を握るな拳を合わせるな。
冒険者は元々、荒くれ者をまとめようとしたのが発祥。
血の気が多く、喧嘩っ早い連中と揶揄されるのも納得だ。
面倒この上ないけれど、俺が原因っぽいので仲裁へ。
「もうやめて! 俺のために争わないでっ」
「あなたは黙っていてっ!」
「お前は出しゃばんなっ!」
――入れなかった。
近頃の若者は当事者意識に欠けるとボヤかれた昨今、主体性を持って行動した結果がこれである。
悪ぃ、やっぱつれーわ。
「分かったわ。お互い、戦闘職みたいね。揉めた時は、デュエル。異存ある?」
「ああん? く、クク……それ本気で言ってんのか?」
ソウケイは一瞬呆気に取られ、腹を抱えだした。
「何かおかしかったかしら?」
「いや、おかしくねえ。バトって、決着つける。前衛アタッカーほど単純な理屈を好むさ」
「もしあなたが勝てば、好きに交渉していいわ。どんな結果になっても受け入れます」
クリスが提示した条件に、ソウケイはやれやれと肩をすくめる。
「あんた、ブロンズだろ? そのくせ、ずいぶん背伸びした剣をぶら下げてるな。お父様にプレゼントしてもらったかい?」
「……っ」
「俺はシルバーランク。理解できるか、この実力差が! 身体を鍛え、スキルレベルを上げ、努力が実った階級だ。見せてもらおうか、宝の持ち腐れの武器の性能とやらを」
そして、ドヤ顔である。
あいかわらず、元リーダーはすぐ調子に乗るなあ。
自信に満ちたバンダナ男に対し、落ち着かない様子の現リーダー。
「ソウケイ。悪い知らせと悪い知らせ。どっちから聞きたい?」
「同じじゃねーか!」
「クリスさんのスキル、聖騎士だぞ」
「――は!?」
シンプルに強いと有名なレアスキルに絶句。
必殺技発動後の硬直時間かな?
「ちなみに彼女、単独でハニーベアを討伐済みである」
「――ふぁ!?」
開いた口が塞がらないとはまさにこの瞬間。アホ面の永久保存やめて。
俺たちは昔、ハニーベアを倒してシルバーランクへ昇格した。
もちろん、パーティー戦で。
今のソウケイならば間違いなくソロ撃破可能。
否、それこそ武器とスキルレベルが背伸びしたから。
「クリスさんの本気試合。ぜひ観戦したいね」
「……ふふ、構わないわ。目を離さないようにね。ケアの準備を忘れないでよ」
女騎士の青い瞳が煌めき、やる気満々だった。ヤル気にあらずと信じよう。
シルバーランクなんて、自慢できるほど大したことじゃない。
なんせ、触手レベル1な俺でさえ等級が上がったのだから。




