勧誘
「クエスト完了報告するから。さよならバイバイ」
ギルドに到着早々、俺は批判の眼差しから逃れようと駆け出した。
「待ちなさい」
しかし、女騎士に回り込まれた。
満面の笑みで。
「せっかく助けてもらったわけだし、たっぷりお礼させてもらうから」
「全然大丈夫っ。この後、一杯やる約束が」
「わたし、男性を誘うなんて初めてなの。喜んでいいわよ」
「わ~い」
俺は観念して、人気のないテーブルへ連行された。
「そういえば、まだ自己紹介してないじゃない。クリスよ。ただのクリス」
「蒲生や……ヤマトです」
思わず懐から名刺を取り出そうとした。元社会人三年目の習慣が染みついている。
社員証だって、自由へのキップたる冒険者カードに更新したはずだろ。
「がもう?」
「ファミリーネーム。ここでは必要ないから忘れてくれ」
「ふーん、わたしと一緒みたい」
長い金糸を揺らしながら、青い瞳を真っ直ぐ向けたクリス。
「い、如何に?」
「あなたのアレ、やっぱりおかしい」
「どうせ見た目が悪いですよ。もう慣れたし、否定も面倒だ」
気持ち悪い。セクハラ。コンプラ違反。
パーティーを追放されるくらい、ルッキズムの弊害は受けたさ。
「形状は確かに驚いた……けど、そんな小さな話じゃないわ。あなたは理不尽な扱いを受けると予想できたのに手を差し出した。褒めていい善性よ」
「触手が疼いただけ、勝手に」
「そのスキルがおかしいの。すごいって意味で」
クリスが朗らかな笑みをこぼした。
今までで一番愉快そうに。
「魔力回復なんて能力、王都の一流冒険者が喉から手が出るほど欲しい希少性。昔、エリクサー飲んだけど苦いわりに効果は薄い。少量でも高値。それらを全部クリアしたヤマトさん、自分がすごい価値を持っていると自覚するべきじゃない?」
――お前は認められていい。
そんな言葉がスッと胸中染み渡る。
追放された時、魔力分与はまだ使えなかった。
触手スキルは俺に苦難を与え、ぬるっと幸運を招く存在かもしれない。
「ありがとう。元気出た」
「そう? 全部事実じゃない」
「前のパーティー、クビになったからな。気楽になった分、活動資金がカッツカツ」
手をヒラヒラさせて、俺は立ち上がった。
「報酬貰いに行ってくる。じゃあまたどこかで会ったらおなしゃす」
腕を掴まれた。乱暴はよしてっ。大人呼んで~。あ、成人男性でした。
「あなた、ソロ? じゃあ、うちのパーティーに入りなさいよ」
「あ~、何ゆえ? 貴重な魔力回復持ちだから?」
「それもある。偶然、あと一人増員すれば、四人でバランス良くなるし。あと、これはオマケ程度の理由だけどね……」
クリスは、急に乙女みたいなモジモジ加減で。
「……マッサージ、悪くなかったから。また施術されても、いいわよ」
頬を紅潮させるや、俯いてしまう。
なるほど。
腰痛でクリニック通いとか、結構面倒なり。
俺もデスクワークで腰をやっちまった頃、一週間湿布を張りまくりで耐え忍んだなあ。
心中お察し共感したところで。
「――だが断るッ!」
「どうしてよ! この出会いが何かの縁って握手する場面でしょ!」
ぬるぬる!
そうだそうだと触手も非難した。勝手に出てくんな。
「一応、理由を」
「だって、俺、働きたくない」
「は?」
「かつて三カ月連続、残業80時間を強いられた! お勤めはもうこりごりだって」
そして、あっさり死んだ。
そして、うっかり転生した。
「ヤマトさん、今の姿は結構みっともないわ」
「全然恥ずかしくないね。俺TUEEEやチーレム無双は他の転生者たちに任せる。願いはちょっとだけ冒険心とスローライフ。我、想うゆえに不労所得ッ」
「声かけた人、間違えたかしら」
がっくしうなだれた、クリス。
俺はチャンスとばかりに逃走を図ったものの、最近自我が強いスキルの独断専行。
触手の一本がクリスへしがみついた。
腰に触手を回すとはこのことか。セクハラです。
「おいやめろ、離れろ! 訴えられたら、負けるぞっ」
「ふーん、あなたのスキルはわたしを気に入ったのかしら?」
「こいつ、強情な。俺は普通のスキルでいい。変更する方法、絶対に探してやる!」
決別を心に誓うや、手掛かりがすぐ見つかった。
「スキルを変えるなんてよくあるじゃない」
「え?」
「知らないの? リクルーターやスキルエージェント。他には抽選アイテムとか」
「や、やめてくれ、その横文字は俺に効く……転職計画が上司にバレて叱責されたトラウマが蘇えって、うわぁぁあああーーっっ」
そんな根性なしが他で通用すると思うな!
お前の代わりなんていくらでもいる! 使ってやることをありがたく思え!
ヤマトの目の前が真っ暗になった。
残念ながら、あなたの冒険の書は消え――
「別スキルが欲しいなら結局、レベルを上げたり、お金を貯めないと叶わないでしょ」
「はい、はい。すいませんでした、はい、この度は申し訳ございません」
「ちょっと聞いてる?」
「……」
返事がない、ただの屍のようだ。
触手にぺチンぺチンと頬を叩かれた。
状態異常・混乱に反応したらしい。サスガダー。
「じゃあ、一旦ゲスト参加でいいわ。お試しでパーティーを組んでみて、お互いに合意できたら本加入の流れよ」
「まるでインターンだな」
「それはよく知らないけど、今度仲間に紹介するからね。もし、逃げたらどうなるか楽しみにしておいて」
逃げるな卑怯者! ってフレーズが流行ってた。
ブラック企業からは卑怯でも逃げろ。でなきゃ、本当に死んじゃうぜ。
「そいや、クリスさんのパーティーはトレニーで有名らしいな。なんで今日、ソロでクマ退治してたん?」
この町は新参ゆえ、存じ上げなかった。
まあ、美少女パーティーは目立つし時間の問題だったけど。
「ハニーベアを倒せるなら、駆け出し卒業って聞いたのよ。次は燃費の悪さを克服してみせるわ」
聖騎士なら、そりゃ苦戦する相手じゃない。調子に乗って必殺技連発しなければ。
MP管理で難易度調整。令和キッズが投げ出すようなレトロRPGっぽい。
「あと、今日は活動日じゃないの。オフはそれぞれ、自由行動よ」
「へ?」
「わたしたち、完全週休二日制だから。プライベートはあまり干渉しないわ」
クリスはさも当然と首を傾げた。
とんだホワイトパーティーである。
お、おい……うせ、やろ?
俺は戦慄せざるを得なかった。驚愕することこの上なし。
有休ねぇ、祝日ねぇ、冠婚葬祭関係ねぇっ!
それがフリーター、せめてフリーランス……もとい、冒険者やろ!
パーティー組もうが所詮個人事業主。自己責任の連鎖――
ブロンズランクの冒険者など、儲かってもバイトの報酬だ。
モンスターと戦って怪我しようが、危険手当などありはしない。
それなりの生活資金を得るには、休んでなんかいられない。
パストロール広しと言えど最も働きたくない意気込みな俺でさえ、駆け出し期間は週七シフトで辛酸と苦汁をペロリズム。
「三カ月くらい収入なしでも活動できる貯金、初めに用意するでしょ普通」
「俺、無一文から始めたのに……トホホ」
刹那、俺は全てを悟った。
実家の太さ。
それこそ、最強スキルなり。




