聖騎士
ソロプレイで日銭を稼ぐ帰路。
日課の銭湯と晩酌は欠かせないので、渋々汗を流す。
……いや、汗をかかなきゃ銭湯行かなくていいのでは?
にゅるっと、鍾乳洞で錬金素材のキノコ採取。どぅぴっと、沼地の浄化作業。
俺の触手は、一度触った物体のニオイや感触を覚える。
いわば、学習型AI。
しかも、本人より賢い。クソっ。
「レベルアーップ!」
スキルレベル2へ上がった。
異世界転生して幾星霜(半年)。
酸いも苦いもかみ分けて、日々の努力が形となる。もっと甘やかせ。
スキルは使いこんだり、モンスターを倒すと熟練度が蓄積していく。一定ラインを越えれば、新しい特技や能力に目覚めるわけ。
ステータス画面は表示できないが、スキル詳細を冒険者カードで確認できる。魔法の力ってすげー。
<触手>レベル2。
・二腕の心得――左右同時に触手を操れる。
・魔力分与――マナをイドへ変換し、対象(使用者不可)に与える。
俺は、説明文をじっとり解読した。
「二刀流とMPパサーね。回復の手数が増えて、探索がより安定する感じか」
触手ヒーラー、理解しちゃった。
「まあ、俺はヒールがセクハラ扱いで解雇されたんですけどね」
異世界転生したら、パーティーをクビになった件。ぼっちはつらいよ編。
こちとら、別にやましい気持ちで後方支援しておらん。
なぜか触手は女子に絡みつく時だけ効果が高まるものの、仕様ゆえ仕方なし。
「魔力を分け与える仲間がいない寂しさは癒せるか?」
ついぞ触手に愚痴り始めた一般男性冒険者(25歳)。
合計十指の触手と言えど、状態異常ノイローゼまでは治療できなかった。
――異世界医療、敗北の瞬間である。
冗談は半分さておき、俺はトレニーの町へ急ぐため近道を通った。
薬草が豊富に生えた森林の浅い場所は舗装されていて、子供たちの遊び場となっていた。
しかし、緑が深く繁茂した辺りはモンスターたちの縄張り。
駆け出し冒険者が苦戦する厄介な連中も出没するのだ。バトルに関して俺は素人の域を脱しないゆえ、危険スポットを避けるように進んだ。
「触手センサー、オン!」
ダウジングよろしく、触手の先端が一斉に右へ傾いた。
探索済みの地形をなんとなく記憶して、入口や必要なものを探し出す。
マップを描かずともダンジョンに潜りやすく、斥候もこなせます。
マントでも羽織って、触手スカウトに転職を検討するべきか協議するために一旦持ち帰らせてもらおうとしたタイミング。
「これならどうかしらっ」
ガキンッ!
開けた草原に足を踏み入れるや、鈍い音が響いた。
触手がビクッと反応した。
足手まといは下がってろと、後方の大木まで伸びて俺の身体を木陰へ押し込んだ。
「くぅ~、そのツボ硬いわね。手が痺れそう」
金髪をポニーテールに結んだ白い騎士服姿が苦笑い。
「プゥァァアアアッ!」
相対するは、ハチミツがこぼれ落ちたツボを大事そうに抱えた黄色い熊。
三度の飯よりハチミツ好きが有名な、ハニーベア。
上半身の毛皮が赤いTシャツを着ているように生えており、ぬいぐるみ人気が高い。
あの子、クリスだっけ?
無関係の相手だろうが、美人の名前って忘れないの不思議だね。
確か、ブロンズだからクエスト受けられないと騒いでいた。
「少しくらいハチミツ取っても構わないでしょ。アフターヌーンティーで必要なのよ」
「プゥァァアアアッッ!」
ハニーベア。基本温厚。愛くるしい見た目。
否、己のハチミツが奪われん時、彼奴は森のボスを殴り倒す勢いで豹変する。
「大体、蜂の巣を一つだけ回収しようとしただけじゃない。そこまで怒って、追いかけ回すのは違くない?」
森で蜂の巣を発見したら、安易に手を出さない。ギルドの講習本にも載ってた。
助けに行くか? パーティー戦なら回復役の出番。
しかし、討伐の横やりはマナー違反でもあった。
そもそも、新人冒険者一人でクマさんを討伐できるとは――
「いいわ。独占したいほどあなたの好物なのよね。それは知ってる。けれど、わたしだってスコーンにハチミツをたっぷりかけないとイライラする性質よ!」
女騎士が銀色に輝く剣を中段に構えた。
互いの食欲が今、ぶつかる。
「<セイント・クロス>ッ!」
<聖騎士>スキル。十字の衝撃波を飛ばす技。
昔、シルバーランクの聖騎士がデュエルで披露していた。
それと遜色ない……もしくは上回るような攻撃に驚くばかり。
「プゥァァアアアッ!」
直撃を受けたハニーベアが弾き飛ばされる。
勢い余ってツボを落としそうになったものの、地面ギリギリ飛び込んだ。執着がすごい。
結果として、生死を分けた致命的な隙を生じさせていく。
「ここよ、<アーク・ブレイド>ッ!」
女騎士が迷いなく突進。
剣の刀身から光を迸らせた斬撃が、敵よりも欲を優先したモンスターへ終幕を叩き込む。
「――ぷ」
モンスターが魔物と呼ばれる所以、体内の弱点たる魔石核を貫かれ。
ハニーベアの生涯は呆気なく、灰塵と帰した。
持ち主を失ったツボが地面を転がって、金色の軌跡を描いていく。
「これは戦利品として、わたしが頂くわね」
剣を横に払って鞘に納める姿が随分様になっていた。
女騎士は考えるような仕草で。
「やっぱり全然大したことないじゃない! シルバーランクじゃなきゃ受注不可? わたし、冒険者始めて一カ月のブロンズよ? ふふん、これが才能ってやつかしら」
完全に聖騎士スキルを自分のものにしていた。
いわゆるレアスキルだと、俺でも知っている。未来の英雄候補だ。
ハミングを奏でながらスキップする微笑ましい美人の姿を眺めれば。
――バタンッ!
突然、顔面一直線コース。
「う、うそ……? もう魔力切れなの?」
異世界パストロールはテンプレ準拠だけど、数少ない特徴があった。
それは、魔力の燃費が恐ろしく悪い点。
個人の魔力イドは世界の魔力マナに気化されやすく、強いスキル強い技を連発すれば一瞬でガス欠を引き起こす。
ファンタジーに感動してスキルを使いまくったら、貧血で倒れたのが懐かしい。
それでも、触手のパッシブ能力のコスパ面は優れているのだが。
だから、上級魔法を扱えるウィザードが最強とは言い難い。魔力をたくさん持ってるけど、それ以上に消費量が半端ないからさ。一発撃ってお仕事終わりとか、ざらである。
体力回復する手段は多いが、魔力に関しては存外少ない。
エリクサーは貴重で、駆け出し冒険者じゃ入手難易度高し。
「はぁはぁ……」
女騎士が苦しそうに悶えている。
これは新人あるあるだし、探索におけるリソース管理を怠り調子に乗ったツケ。
勉強代だね、いい薬になったかい?
などとウザったい先輩面を正直抱いていた。
元社会人三年目、実はZ世代の新人にSNSで悪口書かれてショックだったぜ……
異世界でも過干渉は嫌われる。それ、セクハラですから。
あまつさえ、俺は回復がコンプラ違反で追放されたもん。
同じ過ちは繰り返すまいと、足を森の入口へ向け――
触手に背中をバチンッと押し出され、俺は倒れた美人の元へ急発進。
……分かったよ。やりゃいんだろやりますとも。
ったく、意思疎通できないくせにこちらの感情だけ読み解きやがってこの触手野郎!
「あの、大丈夫ですか? 俺、ヒーラーだけど、手を貸そうか?」
「体力、じゃない……魔力の方よ」
「そっちをどうにかできる手段があるって意味さ」
どろり。
指先から粘液が垂れた。
もちろん、張り切っていたのは無駄に洗練された無駄に蠢く触手である。
一旦、引っ込んどいてもろて。




